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【衝撃】偉大な思想家アーレントの致命的盲点『アーレントと黒人問題』が暴く知性の罠とは?

20世紀を代表する政治思想家ハンナ・アーレントは、全体主義の恐怖を告発した人。

市民が共に語り合う公共性が超大事なんだ!っていうことを発信した「自由の擁護者」として知られています。

しかし、彼女には長く語られることのなかった「暗部」がありました。

それは、アメリカの黒人差別に対する驚くほど冷淡で、時に差別的な視線です。

なんで、そんなことになっちゃったのか。

これが全然単純なことじゃなく、とても興味深いので、それについて書かれた本を、今日は紹介しますね。

キャスリン・T・ガインズという人の著書『アーレントと黒人問題』です。
※いまは改名してキャスリン・ソフィア・ベルという名前なので注意

この本、天才の失態を単なるケアレスミス?みたいなものとして片付けるのではなく、アーレントの哲学体系そのものに深く根ざした「構造的な欠陥」として徹底的に解剖しています。


黒人の問題ではなく白人の問題

なんで、この本がすごいのかというと、この「人種差別的な問題」のベクトルを今までと正反対くらいに変えたことなんです。

どういうことかというと、アーレントは人種問題を語る際、それを「黒人がいることで生じている社会問題」として扱っていました 。

これに対し著者のガインズは、リチャード・ライトやジェイムズ・ボールドウィンの議論を引き、真の問題は「白人の問題」であると断じます。

つまり、差別は黒人の存在が生んでいるのではなく、白人至上主義というシステムや、白人側のアイデンティティが生み出している暴力的な構造である、という指摘です。

アーレントはこの視点を欠いていたため、差別の責任を問うべき対象を見誤ったとガインズは分析します。

 理論という名の「カモフラージュ」

アーレントは、人間の生を「政治的」「社会的」「私的」という3つの領域に厳格に分けました。

みんな、それぞれこの三つがあるってこと。

  政治的領域っていうのは、法律上の平等は守られるべきみたいなこと。

 社会的領域は、誰と付き合い、誰を排斥するかは個人の自由(差別の権利)であるという感じのことです。

彼女はこの理屈に基づき、学校の統合や近隣住区の隔離、さらには異人種間結婚の禁止についても、社会的な事柄として国家の介入に批判的でした。

ガインズは、こうした理論的な区分が、現実の黒人たちが受けている身体的・経済的抑圧を「社会的な自由」という名の下に正当化し、不可視化する「理論的なカモフラージュ」として機能してしまったことを暴いています。

「リトルロック事件」への冷酷な眼差し

この本が具体例として重く扱うのが、1957年の「リトルロック事件」をめぐるアーレントの論考です。

それまで行なわれていた公立学校における白人と黒人の分離教育が違憲となり、各地で白人と黒人が同じ学校に通う融合教育化が進められるようになった事件。

これで人種差別もなくなる!万々歳!

と思ったら、そう簡単にいかなくて、なんと、白人の暴徒に囲まれながら黒人少女が登校しなくちゃいけなくなった。

この姿を見たアーレントは、黒人の親たちを「自分の子供を政治的な野心のために利用している」と非難しました。

しかし、ガインズはアーレントの記述に多くの事実誤認があることを見つけたんです。

アーレントは少女に付き添った黒人博士を「父の白人の友人」と見間違えたんです。

 そして、これ、白人たちが、州兵を派遣して意地でも黒人生徒の登校を阻止しにかかります。

それでも黒人たちは自ら戦って、登校できるようになりました。

ラルフ・エリソンが批判したように、アーレントは「黒人の親の心に何があるのかを全く理解していなかった」のです。

ちょっと難しかったかもですが、ようは、人種差別問題って、そんな簡単じゃないから、こういう本を読んだ方がいいってことを言いたかったです。

ちょっと著者について

著者のキャスリン・ソフィア・ベル(旧名ガインズ)は、黒人女性哲学者会議を創設するなど、学界における多様性の確保に尽力してきた人物です。

トランプさんが大統領になったので、たぶん今頃めっちゃ大変な思いをしていると思われます。

ちなみに改名した理由ですが、父系的な伝統から離れ、母方の系譜を尊重するという哲学的な決意の表れだそう。

あと!
アーレントですが、レイシストとして切り捨てるためのものではなく、なぜ私たちは彼女の差別にこれほど長く鈍感だったのかという鏡を突きつけていると思って読んでくださいね。

不透明な時代に「思考」を止めないために

アーレントと黒人問題ですけど、単なる過去の思想家の批判みたいな本ではないです!もっともっと奥深い。

ようは、どれほど優れた知性であっても、自らの特権的な視点に無自覚であれば、他者の痛みに対して致命的なまでに盲目になり得るということなんです。

もちろん、アーレントは、他の部分では、素晴らしい思想家であることは間違いないし、積極的に差別していたとも思えない。

オスカーワイルドは、紳士とは、気付かぬうちに人を傷つけない人のことをいうと言ったけれど、アーレントはそれに気付かなかったってだけの話だと思う。

何にせよ、人種問題ってめちゃくちゃ一筋縄では行かないので、こういう本、ぜひ、読んでみてほしい。

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