ショックやストレスを力に変える新しい考え方!ナシーム・ニコラス・タレブ『反脆弱性』
私たちの周りの世界は、ものすごい速さで変わっていて、予想もしなかった出来事が次々と起こっています。
金融危機やパンデミック、国際的な揉め事や環境問題など、以前は「まさか」と思っていたことが現実になっています。
こんな時代には、これまでのやり方でリスクに備えたり、未来を予測したりするだけではうまくいきません。新しい考え方が必要です。
そんな中、ナシーム・ニコラス・タレブは、不安定なことをただ避けるのではなく、むしろ力に変える新しい考え方を提案しています。
彼の本『反脆弱性――不確実な世界を生き延びる唯一の考え方』は、この新しい考え方を広め、多くの人に影響を与えました。
この本の中心にあるのは、「ショックや変化、予期せぬこと、ストレスなどがあると、かえって強くなるものがある」ということ。
これが「反脆弱性(はんぜいじゃくせい)」という考え方です。
この記事では、『反脆弱性』とは何か、提唱者タレブはどんな人でどんな考えを持っているのか、そしてこの考え方が今の複雑な世の中を生き抜くためにどうして大切なのかを、分かりやすく説明します。
「反脆弱性」を考えた人:ナシーム・ニコラス・タレブってどんな人?
ナシーム・ニコラス・タレブは、ちょっと変わった経歴を持つ思想家です。普通の学者とは違います。
彼は長い間、金融の世界(ウォール街)でトレーダーとして働き、その後、投資会社を経営し、最終的には研究者兼作家になりました。
つまり、お金の世界で実際にリスクと向き合い、その後、確率や物事の起こりやすさについて深く考えるようになった人です。
彼自身も21年間「リスクを取る仕事(トレーダー)」をしてきたと言っています。
でも、それだけではありません。アメリカの有名なビジネススクールで経営学修士(MBA)を、フランスのパリ大学で博士号も取っています。
実際に現場で経験を積んだことと、大学でしっかり学んだこと、この二つが合わさって、タレブ独自の考え方が生まれました。
今はニューヨーク大学で、リスクについて教える教授をしています。
彼の考えができる上で、生まれ育ちや経験はとても重要でした。
タレブはレバノンの名家(昔から政治的に重要な役割を果たしてきたギリシャ正教の家系)に生まれましたが、1975年に始まったレバノン内戦で、家族の地位や財産が失われるのを目の当たりにしました。
この経験が、世の中の仕組みのもろさや、予測できない大きな変化に対する彼の問題意識の原点になったと言える。
子供の頃は少し反抗的でしたが、本を読むのが好きで、昔の文学や哲学の本をたくさん読みました。
ギリシャ語やラテン語など、古い言葉で書かれた本も読めたそうです。
これは、歴史を深く考えたり、色々なものの見方に関心があったことを示しています。
また、彼の考えには、カール・ポパーという哲学者の影響も見られます。
これは、過去の経験だけで未来を決めつけることや、大げさな理論をあまり信じないタレブの姿勢、そして知識には限界があるという考え方と関係しています。
タレブが有名になったのは、本を書いたからだけではありません。
1987年のブラックマンデー(株価大暴落)、2000年のITバブル崩壊、そして2007年から2008年の金融危機で、トレーダーとして大成功したことでも知られています。
これらの成功はただ運が良かったからではなく、「テール・リスク」(めったに起こらないけど、起こるとものすごく大きな影響があるリスク)を深く理解し、市場が大きく揺れ動くことから利益を得る(または身を守る)ための戦略を持っていたからです。
これが後の「反脆弱性」の考え方の元になったとも言えます。
金融危機やパンデミックが起こることを事前に警告してきた実績も、彼をリスクについて先見の明がある思想家として有名にしました。
『反脆弱性』は、タレブが書いた不確実性に関する5冊シリーズ「インセルト」の中の一冊です。『まぐれ』、『ブラック・スワン』、『プロクルーステスのベッド』、『身銭を切る』といった本と一緒に、彼の考え方の重要な部分を作っています。
タレブが知的な権威として認められているのは、現実の世界で成功したリスクを取る人としての顔と、学術的な研究者としての顔の両方を持っているという、珍しい組み合わせのおかげが大きいです。
この組み合わせは、ただの学者の理論にはない、実際の社会で厳しい試練を乗り越えた経験に裏打ちされた重みを、彼の哲学的な主張に与えています。
リスクについて理論を作る学者は多く、リスクを管理するトレーダーも多いですが、両方を高いレベルで実践し、そこから哲学をはっきりと言葉にできる人はほとんどいません。
彼が後にフルタイムの研究と執筆活動に移ったのは、これらの苦労して得た実践的な知識を、より広い哲学的な枠組みへと一般化したいという願いの表れと見ることができます。
さらに、タレブの幅広い知識(金融、哲学、数学、古い言葉、古典など)は、単に色々なことに興味があるというだけでなく、彼の考え方の強みになっています。
これにより、彼は様々な分野から似たような例や原則を見つけ出し、それ自体が多面的な現象である不確実性について、よりしっかりとした理解を築くことができます。
リスクや不確実性といった複雑な現象を理解するには、色々な角度からの視点が不可欠です。
タレブが古い文献を読む能力は、崩壊と再生の長期的な歴史のパターンに関する彼の理解を深めているかもしれません。
「反脆弱性」って何?
タレブが現れるまで、何かがストレスを受けたときにどうなるかを表す言葉は、あまり多くありませんでした。
「もろい(脆弱)」というのは、ショックですぐに壊れてしまうもののことです。
その反対は、「丈夫(頑健)」とか「立ち直りが早い(強靭)」と考えられていました。
これらは、ショックに耐えたり、元に戻ったりするもののことです。
でもタレブは、これだけでは足りないと言います。
「マイナスの反対はゼロじゃなくてプラスだよね」という考え方で、ストレスから逆に良い影響を受けるもののための言葉がないことに気づきました。
そこで、「反脆弱(はんぜいじゃく)」という新しい言葉を作ったのです。
タレブは、物事の反応を次の3つのグループに分けました。
もろさ(脆弱性)
変化、予期せぬこと、ゴチャゴチャした状態、間違い、ストレスなどで傷ついたり壊れたりするもの。
静かで予測できることを好みます。
例:陶器のカップ、何の備えもない大きな賭けのような金融取引、過保護な仕組み。
丈夫さ/立ち直りの早さ(頑健性/強靭性)
ショックに耐え、変わらないか、元の状態に戻るもの。ある程度の変化には影響されません。
例:鉄の棒、頑丈な橋、軽い病気から回復する体。
反脆弱性
変化、予期せぬこと、ゴチャゴチャした状態、間違い、ストレスなどから利益を得るもの。(致命的でない範囲の害という限界まで)これらにさらされると、より良く、強くなります。
衝撃を利益に変えるものがある、ジャマされたり圧力をかけられたりすることで、かえってパフォーマンスが上がる性質とも言われます。
例:病原体に触れた後に強くなる人間の免疫、運動後に強くなる筋肉、進化のプロセス、特定の種類の金融オプション。
タレブは、この考え方を「風はろうそくの火を消すが、大きな炎は燃え上がらせる」という例えで説明しています。
ろうそくは風(ストレス)に対してもろいです。
一方、焚き火は風に対して反脆弱で、風によってさらに勢いを増します。
私たちは、予期せぬことや不確実性という「風」を歓迎する炎になることを目指すべきだとタレブは言っているのです。
反脆弱性の主な特徴は
ただ生き残るだけでなく、より良くなることを意味する
反脆弱なものは、予期せぬことや不確実性、さらにはある種の間違いさえも好む
この性質があれば、世界を完全に理解していなくても行動可能、完全に理解することは多くの場合不可能
タレブはこれらの言葉をはっきりと定義していますが、実際のものはこれらの性質を色々な度合いで持っていて、その度合いも変わることがあると理解することが大切です。
「反脆さと脆さは同じ線上にある」とタレブ自身も言っています。
あるストレスにはもろくても、別のストレスには反脆いかもしれません。
また、その反脆さの度合いは時間や規模によって変わることもあります。
このことを知っておくことは、実際に役立てる上で重要です。
目標は、完璧で変わらない「反脆い」状態になることではなく、物事を反脆さの方向へ少しでも動かすことかもしれません。
さらに、タレブが「反脆弱性」という言葉を作ったことは、単に何かを説明しただけでなく、それ自体が何かを変える行動だったと言えます。
これまでハッキリと言葉にされていなかった考えに名前をつけることで、彼はそれを目に見えるようにし、話し合えるようにし、目指せるものにしました。
これは、ゴチャゴチャしたことから「プラス」の反応が生まれることを見過ごしがちだった、これまでの言葉や考え方に挑戦するものです。
言葉は考え方を作ります。
「ゴチャゴチャしたことから利益を得るもの」を表す言葉がなければ、そのような仕組みを意識して作ったり育てたりすることは難しくなります。
「ブラック・スワン」にどう対応するかとしての反脆弱性
タレブの考えを理解するために大切なのが、彼が前に書いた本で紹介した「ブラック・スワン」という考え方です。
ブラック・スワンとは、次の3つの特徴を持つ出来事のことです
(1) めったに起こらない、予想外のこと
(2) 起こるとものすごく大きな影響があること
(3) 後から考えると「ああ、あれが原因だったのか」と説明できて、まるで予測できたかのように思えること
大事なのは、これらの出来事は起こる前には基本的に予測できないということです。
過去に一度も起きたことがない場合が多いので、過去のデータはあまり役に立たないのです。
この予測できなさは、18世紀の哲学者デイヴィッド・ヒュームが考えた「帰納の問題」と深く関係しています。
私たちは過去の経験から物事を判断し、それを使って世の中がどう動くかを考えますが、その結論は私たちが経験した過去の出来事の範囲を超えてしまうという問題です。
1000日間エサをもらった七面鳥は、1001日目もエサをもらえると思いますが、実際には感謝祭のごちそうにされてしまうかもしれません。
タレブは、ブラック・スワンを予測しようとする私たちの試みはしばしば無駄であり、後になってから「ああすればよかった」と考える(後知恵バイアス)ことで、まるで予測できたかのように錯覚してしまうと論じています。
単純ではない世界では予測は不可能なのです。
もしブラック・スワンが避けられず、予測もできないなら、大切な問いはどうやって予測するか?ではなく、マイナスのブラック・スワンで壊滅的な被害を受けず、プラスのブラック・スワンからはうまくすれば利益を得られるような仕組みを、どうやって作るか?ということになります。
反脆弱性こそが、タレブのこの問いに対する答えです。
それは、不確実なことの良い面から利益を得て、悪い面の影響を小さくするように、私たち自身、私たちの仕組み、そして私たちのお金のことを組み立てることです。
「『ブラック・スワン問題』を解決する唯一の方法とは? 反脆弱性だ」とタレブは言っています。
ブラック・スワンのような出来事は、リスクとリターンが釣り合わないことが多いですが、反脆弱な戦略は、損は小さく、得はものすごく大きくなる可能性があるという、良い意味で釣り合わない状態を目指します。
ブラック・スワンの考え方は、私たちの知識と予測能力には限界があることをはっきりさせます。
だからこそ、反脆弱性は、より良い予測のために多くの知識を得ることではなく、未来について私たちが無知であっても機能する戦略を取ることに焦点を移します。
「反脆さがあれば、私たちは未知のことに対処し、物事を理解しなくても行動することができる。しかも適切に」とタレブは述べています。
伝統的なリスク管理は、しばしばモデルを改善したり、予測の精度を上げるためにデータを集めたりすることに力を入れます。
しかし、タレブの考え方、特にブラック・スワンから反脆弱性への流れは、物事の捉え方の転換を示しています。
それは、確実性を求める考え方から、不確実な状況でどう行動するかの考え方への移行です。
重点は「私たちは何を知っているか?」から「私たちは全てを知っているわけではないということを前提として、どのように行動すべきか?」へと変わるのです。
さらに、ブラック・スワンという考え方は、恐怖心を引き起こし、不確実なことから逃げたいという気持ちを生じさせるかもしれません。
壊滅的で予測不可能な出来事(ブラック・スワン)が起こり得るという認識は、人を動けなくさせるかもしれません。
世界が重要な面で根本的に予測不可能であるならば、極度に慎重になったり運命論的になったりする誘惑に駆られるかもしれません。
反脆弱性は、特定の仕組みや心構えを持つことで、この混沌とした世界と関わり、単に生き残るだけでなく繁栄することができようにする考え方。
これは、守りの姿勢からチャンスをうかがう姿勢への重要な心理的転換と言える。
5. 反脆弱性の主な原則と現れ方
タレブは『反脆弱性』の中で、この考え方を具体的にするためのいくつかの重要な原則やヒントを示しています。
バーベル戦略
これは中心的なヒントの一つで、持っているものの大部分(例えば90%)を非常に安全で丈夫な投資や分野に置き、ごく一部(例えば10%)を非常に投機的で、大きなリスクもあるが大きなリターンも期待できる事業に振り分けるというものです。
この戦略の考え方は、損をする可能性は限定される(失うのは10%だけ)一方で、投機的な部分からの利益は莫大になる可能性がある(次のグーグルのようなプラスのブラック・スワンに出会う可能性)という点にあります。
これにより、良い意味で釣り合わない状態、つまり非対称性が生まれます。
この戦略は、全体が中程度のリスクにさらされ、マイナスのショックが壊滅的になり得る「もろさ」を避けます。
医原性
医原性とは、治療者や医療・政策的な介入によって引き起こされる害のことです。
タレブの議論は、危機的でない状況では、介入がもろさを生み出す可能性があるというものです。
つまり、良い結果は限定的(患者は自然に回復するかもしれない)であるのに対し、悪い結果は大きい(予期せぬ副作用や合併症)場合があります。
私たちを助けようとしている人々が、しばしば私たちを最も傷つけているのです。
逆に、命に関わる状況では、介入は反脆的になり得ます。
悪い結果は限定的(患者はすでに死にかけている)であるのに対し、良い結果は莫大(介入が彼らを救うかもしれない)からです。
より広い意味では、特に仕組みが自分で回復する力を持っている場合、大きな純粋な利益の強い証拠がない限り、複雑な仕組みへの不介入(「何もしない方が良い」)を優先するという考え方を持つべきであるということです。
他にもたくさんありますが、それは本を読んでチェックしてみてください。
とにかく、これらの原則の多くは、失敗が限定され、学習がより直接的である分散型の仕組みを暗に支持しています。
中央集権的で一枚岩の仕組みは、一つのショックが全体に伝わりやすいため、しばしばより脆いです。大きな地震と同じ。
バーベル戦略は、多くの小さな独立した賭けを含みます。
あと書かれている問題で面白いなと思ったのが、力を持つ人が、しばしば他者のために仕組みを脆くし、自分自身は利益を得る(あるいは害から隔離されたままでいる)という問題です。
自分や自分の組織のために反脆弱性を創造することが、他者に脆さを転嫁することによって達成されるべきではありません。
例えば、銀行が巨額のリスクを取り、それが税金で救済されることを知っている場合、良い面から利益を得る一方で、他者が悪い面を負担することになります。
これはタレブが頻繁に批判するモラルハザードです。
変化を受け入れ、より反脆い未来を築こう
『反脆弱性』が私たちに示しているのは、単に生き残るための戦略ではなく、先が見えない世界で成功するための新しい考え方です。
結構長い本ですが、書いてあるのは基本的に、反脆弱性とは単に強いということではなく、ゴチャゴチャした状態、ストレス、不確実性から利益を得ることであるという点に集約されます。
タレブが使ったろうそくと炎の例えを思い出せば、私たちの目標は、風によって消えるろうそくではなく、風を力に変えて燃え盛る炎となることです。
反脆弱性を受け入れることは、根本的な発想の転換を求めます。
それは、変化を恐れるのではなく、それを強さと情報の源泉として捉え直すことです。
これは無謀にリスクを取ることを勧めるものではなく、バーベル戦略のような、よく考えられた設計と準備を通じて、私たち自身の生活、組織、そして社会の仕組みにおけるもろさを見つけ出し、反脆弱性の要素をどのように取り入れられるかを考えることを促すものです。
『反脆弱性』は、本質的に予測不可能な世界を進むための重要な本として、たぶん百年後の人も読んでいると思います。
それは、私たちを単なる生存者ではなく、変化の風を捉えて飛躍する者へと変える可能性を秘めているのです。
この本がすごいのは、しばしば圧倒的に感じられる不確実性に直面した際の力づけです。
反脆弱性の原則を理解することで、個人も組織も、ランダム性の犠牲者という受け身の立場から、それを活用する能動的な立場へと移行することができます。
この受け身から攻めへ、もろさから反脆さへの転換こそが、この本を読んだ人にしかできないスキルとなると思います。必読です!
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これからも毎日、本を紹介したいのですが、このnote、ずっと赤字状態です。もし本好きの方がいらしたら、チップを送っていただけると嬉しいです。