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【書評】『わたしがナチスに首をはねられるまで』あらすじと感想!歴史から消された女性の真実

この物語は、2020年のコロナ禍、ロックダウン中のブリュッセルから始まります。

外出が制限される中、作家のミリアム・ルロワは、数少ない開かれた場所であった墓地を散歩していました。

そこで彼女は、第二次世界大戦で亡くなった兵士たちの墓が並ぶ一角で、一つの墓石に目を留めます。

それは、ほとんどが男性兵士の名前で埋め尽くされた中で見つけた、マリーナ・シャフロフ゠マルターエフという女性の墓でした。

彼女の心を捉えたのは、墓石に刻まれた「斬首(décapitée)」という衝撃的な一言でした。

なぜ、一人の女性がナチスによって斬首されなければならなかったのか?

この素朴な疑問が、ルロワを歴史の闇に葬られた真実を探す旅へと駆り立てます。

世界が静まり返ったからこそ聞こえてきた、過去からの声。この偶然の出会いが、本の出発点となったのです。


英雄か、それとも…?複雑なマリーナの人物像

「斬首された女性」マリーナとは、一体どんな人物だったのでしょうか。

ルロワは、彼女を単純な英雄として描くのではなく、一人の複雑な人間としてその姿を浮かび上がらせます。

マリーナは1908年、ロシア帝国の裕福な家庭に生まれましたが、ロシア革命で全てを失い、ベルギーへ亡命しました。

ブリュッセルでの生活は貧しく、同じ亡命ロシア人のユーリと情熱的な恋に落ちて結婚し、二人の息子をもうけます。

しかし、夫は家庭を顧みず、彼女は孤独と貧困、そして退屈な家事に苦しむ日々を送っていました。

ナチスがベルギーを占領すると、彼女の人生は大きく変わります。

彼女を過激な行動に走らせたのは、一つの理由だけではありませんでした。

最初はビラを貼るなどのささやかな抵抗でしたが、1941年、ついに台所のナイフでドイツ軍関係者を襲撃します。

ナチスが報復として人質60人の処刑を発表すると、彼女は自ら出頭し、1942年に斬首刑に処されました。

ルロワは、マリーナの英雄的でない部分も隠さずに描きます。

そのため、Amazonのレビューとかを見ても、二人の子供を遺してまで行動した彼女に「共感できなかった」と感じる人もいるみたいです。

しかし、この複雑さこそが、彼女を理想化された英雄ではなく、悩み、間違いも犯す一人の生身の人間として描き出すことに成功しているのです。

歴史の空白を埋める物語の力

この小説の最もユニークな点は、作者であるルロワが、自分自身のことを「あなた」と呼ぶ二人称で物語を進めることです。

これは単なる面白い試みではなく、この物語にとって非常に重要な意味を持っています。

なぜ「あなた」という書き方を選んだのでしょうか。

それはマリーナに関する記録は非常に乏しく、事実だけでは彼女の人生を語ることはできなかったから。

だからこそルロワは、ノンフィクションではなく「小説」という形で、想像力を駆使して歴史の空白を埋めようとしたのです。

書くという行為を通して、忘れられたマリーナの人生を蘇らせようとしたこの試みは、まるで時を超えて二人の女性が手を取り合って戦うかのようです。

この手法により、半分ノンフィクション、半分小説みたいに、単に物語を読むだけでなく、作者と共に歴史の謎を解き明かしていくような体験をすることになります。

歴史の中の女性差別

この小説が鋭く問いかけるのは、「なぜマリーナの勇敢な行動は歴史から消されてしまったのか?」という問題です。

その答えは、彼女が「女性だったから」だと本書は告発します。

戦後、彼女の夫ユーリはレジスタンスの英雄として称賛されましたが、抵抗運動の先駆けであったはずのマリーナの存在は、ほとんど忘れ去られてしまいました。

これは、歴史が主に男性の視点で語られ、女性の貢献が見過ごされてきたことの表れです。

このテーマは、作者ルロワ自身の経験とも深く結びついています。

彼女はジャーナリストとして活動する中で、女性であるという理由で激しいネット上の嫌がらせ(サイバーハラスメント)を受け、自分の意見を言うことの困難さを味わってきました。

過去に存在を消されたマリーナと、現代で声を消されそうになった自分。

ルロワは二人の間に時代を超えた女性としての連帯感(シスターフッド)を見出し、マリーナの物語を語ることを、社会の不公平に対する「告発」と位置づけているのです。

この本は、歴史上の偉人や大きな戦いだけでなく、名もなき人々の人生にも光を当てる文学の力を示しています。

マリーナの物語は、過去だけの話ではなく、現代社会に根強く残る女性差別の問題を考えるきっかけを与えてくれるのです。

一つの真実などない?

この小説は、単に「忘れられた英雄」の物語を美しく語るのではありません。むしろ、歴史の「真実」がいかに不確かで、見る角度によって変わるものであるかを明らかにします。

物語を揺るがす最大の謎は、マリーナの夫、ユーリの存在です。

実はナチス関係者を襲ったのはユーリで、マリーナは彼をかばって罪を被ったのではないか、という疑惑が浮上します。

戦後、彼が自己中心的な行動をとっていたことも、この説を補強します。

さらに、作者がマリーナの息子ニキータにインタビューすると、彼の証言によって、これまで信じてきた「聖なるマリーナ像」が揺らぎ始めます。

読者は「本当に英雄的な行動をとったのは誰だったのか?」という迷宮に迷い込みます。

しかし、ルロワは安易な答えを出しません。むしろ、この「分からなさ」そのものを書いている。

事実に裏付けられた姿と、私たちが信じたいと願う英雄像との間で、物語は揺れ動くのです。

歴史を語ることは、時に一つの見方を選び、他の可能性を消してしまう暴力的な側面も持ちます。

作者は、調査の過程でぶつかった壁や疑問を隠さず見せることで、読者に「真実とは何か」を共に考えさせます。

この小説がたどり着くのは、歴史にはたった一つの絶対的な真実などなく、常に様々な解釈があるっていうことだと思います。

 戦った女性たち

マリーナ・シャフロフの物語を理解するためには、彼女が特別な存在だっただけでなく、当時、他にも多くの女性たちがナチスに抵抗していたことを知る必要があります。

第二次世界大戦中、レジスタンスの約30%は女性だったとも言われています。彼女たちの活動は様々でした。

しかし、彼女たちの多くは公式な軍隊ではなく、非公式なネットワークで活動していたため、戦後、その功績が記録に残らず、忘れられてしまいました。

マリーナの行動は、他の多くの女性たちの活動と比べても非常に過激なものでした。

しかし、彼女もまた歴史から忘れ去られました。

この事実は、女性の抵抗がどのような形であれ、その功績が「女性である」という理由だけで過小評価され、消されてしまうという、歴史の不公平さを示しています。

マリーナの物語は、声なき多くの女性たちの抵抗の象徴でもあるのです。

80年の時を超えて響く声

この本は、歴史の謎を追うミステリーであり、一人の女性の複雑な内面を描く物語であり、そして「歴史は誰によって語られるのか」を問う、力強い告発の書です。

この小説が心を打つのは、マリーナが殺されたという悲劇以上に、彼女の人生が「こんなに早々と忘れられてしまったこと」の残酷さを描き出しているからです。

忘れることは、二度目の死を与えることかもしれません。

この本は、その「忘却」という暴力に、文学の力で抵抗する試み。

ルロワの筆によって、マリーナ・シャフロフという女性の声は、80年の時を超えて現代の私たちに届けられました。

この本は、歴史とは単なる事実の記録ではなく、今を生きる私たちに深く関わる、生々しい物語であることを教えてくれます。

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