僕の好きな両国|相撲教習所に、相撲甚句の声が戻ってきた
相撲教習所で、相撲甚句の授業が9年ぶりに復活したという。
新弟子たちが通う場所で、相撲甚句を学ぶ。
講師は春日山親方。元関脇・勢関である。
このニュースを見て、少し嬉しくなった。
相撲というと、どうしても勝敗や番付、優勝争い、横綱・大関の話題が中心になる。
もちろん、それは相撲の大きな魅力だ。
けれど、相撲には土俵の上の取組だけではない世界がある。
呼出しの声。
拍子木の音。
櫓太鼓。
土俵入り。
弓取り式。
幟。
巡業。
断髪式。
そして、相撲甚句。
勝った負けたの向こう側に、相撲が長い時間をかけて背負ってきた文化の層がある。
相撲甚句は、七七七五の四句で構成される民謡の一種だという。
幕末から明治にかけて流行した甚句を、力士たちが余興として唄ったことが始まりとされている。
いまでは、地方巡業や引退相撲の土俵上で披露されることが多い。つまり相撲甚句は、取組そのものではない。けれど、相撲の外側にあるものでもない。
土俵の周りに漂う、もうひとつの相撲なのである。
春日山親方は、まず相撲甚句について説明し、定番の「枕唄」と「当地興行」を教えたという。
最初は戸惑っていた教習所生たちも、何度も歌ううちに声が出るようになっていったらしい。
この場面を想像すると、なんだかいい。
若い力士たちが、まだ慣れない顔で声を出す。
節回しもわからない。
照れもある。
でも、何度も繰り返すうちに、だんだん声が太くなる。
土俵の稽古とは違う。
ぶつかり稽古でも、四股でも、すり足でもない。
けれどこれも、相撲の稽古なのだと思う。
相撲は体だけで継がれるものではない。
声でも継がれる。
節でも継がれる。
場の空気でも継がれる。
春日山親方は「伝統文化は大事で、残していかないといけないし、伝えていかないといけない」と語っていた。
この言葉は、とてもまっすぐだ。
伝統文化というものは、博物館のガラスケースに入れた瞬間に、少しずつ遠くなる。
もちろん保存は大事だ。記録も大事だ。
けれど、それだけでは足りない。
誰かが声に出す。
誰かが間違えながら覚える。
誰かが照れながら唄う。
そして、いつか自分のものにする。
そうやって初めて、伝統は「保存物」ではなく「生き物」になる。
相撲甚句の授業は、今後、偶数月に月2回のペースで行われる予定だという。
これは小さなニュースに見えるかもしれない。
けれど、相撲文化にとっては、かなり大きな一歩ではないかと思う。
強い力士を育てること。
礼儀を教えること。
歴史を知ること。
声を出して甚句を唄うこと。
どれも別々のようでいて、実は全部つながっている。
両国にいると、ときどき相撲が日常の中に染み込んでいることを感じる。
国技館の幟。
部屋の前を歩く力士。
場所中の空気。
引退相撲の朝。
そして、どこかから聞こえてきそうな甚句の声。
相撲教習所に、9年ぶりに相撲甚句の授業が戻ってきた。それは単に授業がひとつ復活したという話ではない。
相撲が、自分の声をもう一度思い出そうとしている話なのかもしれない。
土俵の上では、力士が体で語る。
土俵の周りでは、声が歴史を運ぶ。
両国の空気に、またひとつ、昔からの節が戻ってきた。
そんな気がした。
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