余白ノート|史上最悪のアルバム・ジャケット展|笑ってしまった時点で、もう負けている
英国のマンスフィールド美術館・アートギャラリーで、「史上最悪のアルバム・ジャケット展」が開催されているらしい。
正式には、
The Worst Record Covers In The World。
このタイトルだけで、もう勝っている。いや、「最悪」なのだから、勝っていると言っていいのかどうかは微妙だけれど、少なくとも気になってしまった時点で、こちらの負けである。
きっかけになったアルバムがまたすごい。
1970年代のアメリカのロック・バンド、ピーター・ラビットの『Roadstar』。ジャケットには、ウサギの体にバンドメンバーの顔が合成されている。
しかも一匹はシルクハットから顔を出している。
これは、かわいいのか。
不気味なのか。
ロックなのか。
なぜウサギなのか。
答えを探す前に、もう笑ってしまう。
記事によれば、元リードシンガーのJT・トンプソン本人も、当時このジャケットについて知らされていなかったらしい。しかもアルバムはバンド解散後に発売されたという。つまり、本人たちの意思とは別のところで、ジャケットだけが勝手に走り出してしまった。
音楽の入口であるはずのカバーが、音楽より先に事件を起こしている。普通なら、これは失敗作だと思う。けれど、ここがレコードの面白いところだ。
失敗作は、ときどき忘れられない。
きれいに整ったジャケットよりも、「なんでこうなった?」というジャケットのほうが、妙に記憶に残る。レコード店で棚を見ていると、そういうジャケットに出会うことがある。
名盤らしい顔をしているもの。
妙に真面目すぎるもの。
時代の空気を吸い込みすぎて、今見ると別の味が出ているもの。
本人写真の角度がなぜか不安なもの。
タイトルと絵柄が、まったく同じ方向を向いていないもの。
そして、買うつもりがなかったのに手に取ってしまう。
「これは一体、何を聴かせる気なのか」
そう思わせた時点で、ジャケットとしてはある意味で成功しているのかもしれない。
今回の展示のキュレーターであるスティーヴ・ゴールドマン氏も、『Roadstar』のジャケットがあまりにもひどかったから買ったという。
ひどいから買う。
笑ってしまったから集める。
その気持ちは、少しわかる。
レコードというものは、音だけで存在しているわけではない。ジャケットがあり、帯があり、ライナーノーツがあり、盤の匂いがあり、棚に差し込まれた背表紙がある。その全部が、音楽を聴く前の助走になる。だからこそ、ジャケットの失敗もまた、レコード文化の一部なのだと思う。もちろん、作った側にとっては不本意なものもあるだろう。
本人が知らないうちに変なジャケットにされた、という話なら、笑って済ませていいのか少し考えてしまう。でも、その一方で、何十年も経ってから「最悪」と呼ばれながら展示され、人々が集まり、投票し、あれこれ語る。これは、ただの失敗ではない。
失敗が時間をかけて、別の価値に化けた例なのだと思う。
展示作品の中には、プリンスの『Lovesexy』も含まれているらしい。あのジャケットを「ひどい」と見るか、「天才的」と見るか。
ここは意見が割れそうだ。
たしかに、ジャケットの評価は難しい。
ダサいのか。
攻めているのか。
時代遅れなのか。
時代を突き抜けているのか。
その境目は、かなり曖昧だ。
ひどいジャケットと名ジャケットは、案外、紙一重なのかもしれない。
僕は英国の展示会には行けない。
ただ、UKには知人がいる。
もし場所やタイミングが合うなら、「こんな展示があるらしいよ」と伝えてみてもいいかもしれない。
自分では行けない展覧会でも、誰かが見に行ってくれたら、少しだけ棚の向こう側が開く。
レコードの旅は、そういう形でも続いていく。
それにしても、自分のレコード棚にも、探せば何枚かありそうな気がしてきた。
「これは名盤だけど、ジャケットはどうなんだろう」
「この邦題と帯の勢いは、今見るとすごい」
「この写真、なぜ採用されたのか」
そういう一枚を探すだけでも、棚の見え方が変わる。
最悪のジャケット。
でも、忘れられないジャケット。
笑ってしまった時点で、もう負けている。
そして、負けたこちらは、もう一度そのジャケットを見に戻ってしまう。
レコードの世界は、音楽だけでは終わらない。
時々、ジャケットのほうから、変な顔をしてこちらを見てくる。
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