育休明け解雇。「正社員=安定」の幻想を捨てて見つけたもの
正社員=安定の時代じゃない。
終身雇用はもう終わり。
よく見聞きする言葉です。
でも、心のどこかで他人事でした。
「そうはいっても、正社員って簡単には解雇できないし。」
「なんやかんやいっても、正社員が最強でしょ。」
私自身、そう思ってたんです。
33歳の4月。
第一子の育休復帰を前に、始まった慣らし保育。
午前中のたった数時間ですが、一人の時間が戻ってきました。

娘を慣らし保育のために保育園に送っていき、久しぶりにカフェでモーニング。
お迎えまで夢中になって本を読み、
SNSで業界の最新情報を追いながら。
「また仕事ができる。」
育児モードだった頭の中に、少しずつ仕事人としての私が戻っていく感覚。
新卒から約10年、なんやかんやありつつも動画ディレクターとしてキャリアを続けられることへの感謝。
そして、仕事も育児もこなしてやるという覚悟。
そんな思いを胸に、GW明けの復帰が本当に楽しみだったんです。
まさか2週間後に、自分のキャリアへの自信が音を立てて崩れるような出来事が起こるなんて、想像もしていませんでした。
復帰して二週間。
ようやく仕事の勘を取り戻し始めた頃でした。
社長から全社員へ話がある、
と呼ばれました。
そこで告げられたのは
「業績悪化により、人員整理を行います。」
「早い人は、明日付けで解雇になります。」
という言葉でした。

頭が真っ白になりました。
私がクビ?復帰したばかりなのに?
今?
というか明日解雇って法律的に大丈夫なの?
何が起きているのか、理解できませんでした。
今なら分かります。
社長の中でも、無念や申し訳なさ、いろんな気持ちがあったこと。
社長なりに最善を尽くしてくださったであろうこと。
でも当時の私には、それを冷静に理解して納得することは難しかった。
なんでこんなことになるまで黙ってたんだろう?
育休復帰の際、「これからまた全力で頑張ります」と意気揚々と語る私をどんな気持ちでみていたのだろう?
解雇されたら、私達の生活はどうなる?
何より、なんで社長はそんなに淡々とクビ宣言できるの?
それともこんなに怒りの気持ちになる私が、おかしいのか?

気持ちの整理もつかないまま、涙を必死にこらえて娘のお迎えへ。
夜、子供を寝かしつけた後、夫に打ち明けました。
「私、多分解雇になる。」
「早ければ今月。遅くても秋頃までには。」
夫はびっくりしながらも、話を真剣に聞いてくれました。
そして、すごく怒ってくれました。
「従業員を何だと思ってるんだ」
と。
よかった。
私の感覚はおかしいわけじゃないんだ。
そこでようやく、少し冷静になれました。

同時に、
「正社員でもこんなことあるんだな…」
と、頭と心が空っぽになってしまった感覚でした。
翌日から、一人、また一人と解雇が決まっていきました。
昨日まで一緒に働いていた人が、
「今日が最終出社日です。」
と、会社を去っていく。
会社が壊れていく音が聞こえるようでした。
私が所属していたディレクターチームでは、私が最後まで残ることになりました。
理由は
「ディレクターとして一番仕事が回せるから。」
ありがたい評価でした。
でも、それ以上に苦しかった。
育休中に私の仕事を支えてくれた人から仕事を引き継ぐことが、本当に苦しかった。
本来なら、その人が最後まで担当するはずの仕事だったから。
私の退職日は9月末と決まりました。
残された期間で、私自身もこれからどうするか決めなければなりません。
転職か。
フリーランスか。
パートか。
専業主婦か。
そもそも、育休復帰したばかり。
0歳児を育てながら、
正社員で雇ってくれる会社なんて
あるんだろうか。
答えはすぐには出ませんでした。
私は、ディレクターとして誰かの想いを形にする仕事が好きだった。
自分が企画したコンテンツで、ありがとうと言われる仕事がしたかった。
そんな思いで積み上げてきた仕事も、
会社の経営が揺らげば、続けることすらできない。
自分の努力だけではどう頑張っても守れないものがある。
その現実を初めて突きつけられました。
現実は待ってくれません。
娘を保育園へ送り届けたあと、
リモートでバーチャルオフィスへ出社。
仕事をしながら引き継ぎを進め、
夕方には家を飛び出してお迎えへ。
そして
寝かしつけが終わる頃には夜の10時。

そこからようやく、私自身のこれからを考える時間が始まりました。
求人サイトを開く。
転職エージェントと面談する。
職務経歴書を書き直す。
ポートフォリオを整理する。
フリーランスという選択肢を調べる。
気になったオンラインスクールにも飛びつきました。
「何か一つでも武器を増やさなきゃ。」
そんな焦りが私を突き動かしました。
とにかく動いて動いて、現実逃避したい気持ちもあったのかもしれません。
そんな中で受けた、とある会社の面接。
そこで言われた一言は、今でも忘れられません。

「クリエイティブスキルがないのに、ディレクターを名乗るのはクライアントへの誠意に欠けるよね。」
胸をえぐられた瞬間でした。
ディレクターとして企画や全体の統括、進行管理をメインにキャリアを積んできた一方、クリエイターとしてのスキルはあえて捨ててきたのです。
「やっぱり私は、中途半端だったのかな。」
「もっとクリエイターとして制作を頑張るべきだったのかな。」
10年以上積み重ねてきたキャリアが、一瞬で色あせたような気がしました。

でも、その日の夜。
面接の振り返りをノートに書きながら
ふと冷静に頭に浮かんだことがあったのです。
私は、本当に「動画ディレクター」としてしか価値を出せない人間なんだろうか。
立ち止まって今までの仕事を振り返ってみました。
動画をディレクションする、ということばをさらに深く、考えてみました。
ヒアリングで相手の話を聞いて。
課題を整理して。
企画を考えて、提案して。
社内外の人を巻き込みながら形にする。
その結果生み出されるものが、たまたま動画だっただけ。
そうだ。
動画の編集ソフトを触っている時間よりも。
クライアントの悩みを整理し、
「どうすれば伝わるだろう。」
と考えている時間のほうが
私はずっと好きだった。
その瞬間、ようやく腑に落ちました。
私が積み上げてきたものは、「動画ディレクター」という職種ではないんじゃないか。
解雇になって、今の立場や仕事は失うかもしれない。
けど、仕事を通して培ってきた経験と力は、誰にも奪えない。
そのことにようやく気づけたのです。
そこからは、求人をみる視点が変わりました。
動画ディレクターとしてではなく
「情報を精査し、周りを巻き込みながら伝わりやすい形にまとめる仕事」
として幅を広げて、転職活動を再開しました。
ライター、マーケター、教育コンテンツ制作など、選考を受けた企業は様々。
そして出会ったのが、求人ライターという仕事でした。

動画ではなく、求人広告という"言葉"で人の人生を後押しする仕事。
扱うものは変わっても、
「クライアントの想いを聞き、整理し、誰かに伝わる形にする」
という本質は、ディレクター時代と何も変わりませんでした。
解雇で、私の肩書きは変わった。
でも、仕事を通して積み上げてきた力は、
そのまま次の仕事へつながっていたのです。
あの頃の私は、
「動画ディレクターを辞めたら、自分には何も残らない。」
そう思っていました。
でも、失ったのは肩書きだけ。
経験も、強みも、自分自身も、ちゃんと残っていました。
「正社員になれば安心」だと思っていました。
でも実際には、正社員でも会社は傾くし、
昨日まで隣で笑っていた人が、自分が、
今日には職を失うこともあります。
私が「安定」だと思い込んでいたものは、
会社から与えられた仮初めのものに過ぎませんでした。
本当の意味で自分を支えてくれるのは、
会社の名前でも、正社員という肩書きでもありません。
どんな環境に置かれても、自分の中にある「種」を見つけ、育てていける力。
それこそが、何ものにも代えがたい本当の安定なのだと、今の私は確信しています。
