【讃岐秘話】摂津守護代・長塩(永塩)家の主要人物一覧(活動時期、主君、根拠資料): 細川京兆家の重臣
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トリリンガル讃岐PRオフィサーの森啓成 (モリヨシナリ)です。
今回は、室町時代、細川京兆家に仕え摂津守護代を歴任した長塩家主要人物の活動時期、主君、活動内容と根拠資料についてです。
ぜひご参考ください。
【参考資料】
🔸尼崎市公式サイト: 歴代の摂津守護代
https://www.archives.city.amagasaki.hyogo.jp/apedia/index.php?key=守護・守護代

🔸細川氏家臣一覧
https://rangaran.jp/history/list-vassal-hosokawa/#toc3

🔸大友家文書
長塩備前入道の過所についての記述
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/201293

🔸天文日記 (本願寺法主・証如)
長塩又四郎の記述
https://www.takamatsu-u.ac.jp/wp-content/uploads/2024/10/82_UG001_001-033_MIZOBUCHI.pdf
天文12年 1543年 10月1日
細川氏綱・藤賢兄弟、長塩又四郎、赤沢又三郎が9月23日の本願寺証如に対する返事を出す。
出典:『天文日記』同年月日条

🔸引田町史、全讃史、三代物語、角川日本地名大辞典など
永塩因幡守氏継 (黒羽城主、黒羽神社創建)に関する記述

・全讃史

・三代物語

・引田町史

🔸国宝 東寺百合文書
長塩宗永の手書き書状
長塩元親(長塩備前守又四郎元親)の手書きの書状

🔸『大乗院日記目録』
1493年、上原元秀と長塩弥六の喧嘩の記述。両者とも亡くなった。


🔸『引田町人物史』(香川県東かがわ市)
永峰家の家系図を掲載
永塩因幡守氏継→→長塩備前守又四郎元親元親→→(長塩又四郎)→永峰宅本(1553-1631) → 永峰五郎右衛門(東家 地主)→永峰五良三郎 (西家 庄屋)


永峰宅本、永峰五郎三郎の子孫 永峰杢左衛門家


・第6代永峰杢左衛門家当主 永峰市次郎の長女 永峰チヨ

摂津守護代・長塩(永塩)家 主要人物一覧
長塩弥次郎
時期: 1415年(応永22年)頃
主君: 細川満元
資料: 細川家家臣一覧(応永22年8月11日の条)

長塩備前入道
役職: 摂津守護代
時期: 1431年〜1461年(永享〜長禄年間)
主君: 細川持之、細川勝元
活動: 兵庫津の管理や大物城周辺の統治を統括。『大友家文書』で過所を発行した「備前入道」その人。
資料: 『大友家文書
・細川持之

永塩因幡守氏継
時期: 1400年代半ば 〜 1467年(応仁元年)
主君: 細川勝元
活動: 細川勝元の命により讃岐国黒羽へ派遣。寒川氏など有力国人武士団の監視と阿波讃岐の国境警備を目的として派遣された。黒羽城築城、1467年8月に黒羽神社創建。黒羽観音堂に観音像を奉納。1467年10月、応仁の乱にて京都御所北側の相国寺で安富元綱らと共に討死。
資料: 引田町史、全讃史、三代物語、角川日本地名大辞典など
・永塩因幡守氏継が黒羽観音堂に奉納した観音像

・永塩因幡守氏継が創建した黒羽神社

・京都 相国寺

・細川勝元

長塩之家(左京亮)
時期: 1455年 〜 1480年頃(享徳〜文明年間)
主君: 細川勝元、細川政元
資料: 細川家家臣一覧
長塩宗永
役職: 摂津守護代
『国宝 東寺百合文書』、尼崎市公式サイト

長塩弥五郎
役職: 摂津守護代級(組織幹部)
時期: 1480年代後半 〜 1501年(延徳・明応年間)
主君: 細川政元
活動: 細川政元の最側近・薬師寺元長と連名で文書を発給。明応の政変後、中央政権の枢機に参画。
資料: 細川家家臣一覧、尼崎市史
長塩弥六
時期: 1493年(明応2年)
主君: 細川政元
活動: 上原元秀との喧嘩により死亡。
資料: 『大乗院日記目録』
・細川政元

長塩元親(=長塩備前守元親、長塩元詮、長塩又四郎元詮)
役職: 摂津守護代
時期: 1490年代末 〜 1540年頃(明応・永正・享禄・天文初期)
主君: 細川政元、細川高国
活動: 長塩家歴代の中で最も長く、かつ戦国最盛期を支えた当主。
同一性の根拠: 永正12年(1515年)に「長塩元詮(又四郎)」として高国に仕え、その後「備前守」を受領し「元親」と名乗った、あるいは同一人物の表記揺れ(元詮≒元親)と考えられます。尼崎・大物城を拠点に摂津支配を盤石にしました。
資料: 『国宝 東寺百合文書』、細川家家臣一覧(永正12年5月28日の条)
・細川高国

長塩太郎次郎
役職: 摂津守護代
時期: 1500年代初頭
主君: 細川政元、細川高国
活動: 元親(元詮)の一族、あるいは共同守護代として実務を分担。
資料: 『Web版尼崎地域史事典 apedia』
長塩又四郎(=長塩太郎次郎の子、あるいは元親の後継者)
時期: 1540年代 〜 1549年(天文年間)
主君: 細川氏綱
活動: 『天文日記』に頻出。証如との外交を担う。1549年の江口の戦い後、政情不安の中で先祖・氏継の地である讃岐黒羽へ移住。
資料: 本願寺証如『天文日記』
1549年に三好長慶の下克上により細川京兆家が崩壊した後、長塩又四郎は摂津での役職と拠点を完全に失いました。
その後、長塩又四郎は一族の存亡を懸けて、讃岐黒羽へ渡りました。
1553年には、讃岐黒羽 永峰家の元祖となる永峰宅本が生まれました。宅本は帰農し、長塩から永峰へと改姓しました。
江戸時代、永峰家は名字帯刀を許された地主、庄屋として黒羽村から南野村、安戸村へと勢力を広げていきました。
現在も東かがわ市には永峰姓が多く住んでいます。
永峰姓の多くは東かがわ市に居住


・菩提寺 海蔵院 東海寺
1583年の引田の戦いで長宗我部元親軍により焼失し、江戸時代に建て直された。

【まとめ】長塩家から永峰家への変遷
1. 摂津守護代としての繁栄(1400年代〜1549年)
長塩家は、室町幕府の管領・細川家の重臣として、摂津国(現在の兵庫県南東部〜大阪府北部)の守護代(実務トップ)を代々務めました。
主要拠点: 尼崎・大物城
主な人物: 長塩宗永(備前入道)、長塩元親(備前守)、長塩又四郎など
活動: 兵庫津の港湾管理や、東寺・本願寺などの有力勢力との外交を担う名門でした。
2. 先祖による讃岐「黒羽」の開拓(1400年代半ば)
1549年の没落より約100年前、細川勝元の命を受けた永塩因幡守氏継が讃岐国(香川県東かがわ市)へ派遣されました。
活動: 黒羽城と黒羽神社を建立し、一族の「避難先」ともなる拠点を讃岐に築きました。氏は応仁の乱で討死しますが、この地縁が後の逃亡ルートを支えることになります。
3. 1549年の政変と没落(江口の戦い)
三好長慶が主君・細川晴元を破った「江口の戦い」により、細川体制が崩壊します。
状況: 細川氏綱に仕えていた長塩又四郎も、政治体制の変化の中で守護代としての地位を喪失しました。これにより、畿内の名門「長塩家」は解体されます。
4. 淡路島経由での讃岐移住と「永峰」への改姓
地位を失った長塩又四郎は、先祖・氏継のゆかりがあり、縁者が住む讃岐国黒羽へ向かいます。
移住ルート: 摂津から淡路島を経由する海路を使い、容易に讃岐へ到達しました。
改姓: 戦国の動乱を生き抜くため、武士の「長塩(永塩)」姓から、その土地に根ざした「永峰」姓へと改めました。

5. 地元の名家「永峰家」としての存続(1553年〜現在)
讃岐へ移った又四郎の子、永峰宅本(1553-1631)が黒羽永峰家の元祖となりました。
その後: 武士から帰農し、地元の有力者(庄屋・地主層)として存続。
現在: 現在も東かがわ市周辺に永峰姓が多いのは、守護代の血筋がこの地で途絶えることなく現代まで受け継がれた証です。
変遷のまとめ(家系図の流れ)
永塩因幡守氏継(讃岐の土台を築く)
長塩元親(摂津守護代・全盛期)
長塩又四郎(1549年、摂津から讃岐黒羽へ移住)
永峰宅本(永峰家の元祖として定着)
守護代としての権力を失っても、100年前の先祖が築いた地縁を頼りに「永峰」として生き抜いた、非常に戦略的で逞しい一族の歴史と言えます。
長塩(永塩)家推定家系図

長塩家の子孫たち
🔸著者プロフィール
森 啓成(Yoshinari Mori)
Bizconsul Office 代表。海外ビジネスコンサルタント|ビジネス英語講師|全国通訳案内士(英語・中国語)
“讃岐と世界を繋ぐトリリンガル讃岐PRオフィサー”
■ 経歴
兵庫県神戸市生まれ、香川県育ち。米国大学経営学部マーケティング専攻。 大手エレクトロニクス企業にて20年間にわたり海外営業に従事し、北京オフィス所長などを歴任。その後、香港・中国にて外資系商社の設立に参画し、副社長を経て顧問に就任。
アメリカ、シンガポール、中国、ベルギーなど、海外滞在歴は計16年以上。
現在はBizconsul Office代表として、グローバルビジネスの知見を活かしたコンサルティング、ビジネス英語指導、通訳案内士として活動中。特に地元・香川を中心としたインバウンド振興と、次世代のグローバル人材育成に心血を注いでいる。
座右の銘:
「雨垂れ石を穿つ」
ミッション:
讃岐と世界を繋ぐ架け橋となる
■ 独自のルーツと活動の原動力
阿波(徳島)と讃岐(香川)の国境を守り、歴史を紡いできた家系をルーツに持つ。
父方の高祖父は、阿波水軍の流れを汲む高松藩士・森 喜平。高祖母は、徳島藩 碁浦御番所(現・鳴門市)の役人を230年にわたり世襲した八田家当主の長女・八田 キヨ。また、曾祖母は細川京兆家に仕え摂津守護代を歴任した長塩氏(永塩氏)の末裔である讃岐黒羽の永峰 チヨ。
先祖・八田 孫兵衛が阿波・讃岐の国境策定会議で果たした役割や、代々受け継がれてきた郷土への想いが、現在の「地域通訳案内士」や「観光庁インバウンド研修認定講師」として、地域の魅力を世界へ繋ぐ活動の原動力となっている。
■ 専門領域・主な活動
コンサルティング: 地方自治体・宿泊施設向けインバウンド戦略、海外販路開拓支援
教育・研修: ビジネス英語指導、インバウンド対応研修(観光庁認定講師)
ガイド・振興: 瀬戸内国際芸術祭オフィシャルツアー公式ガイド、四国遍路通訳ガイド
■ 保有資格・実績
【語学・実務】
英語: 全国通訳案内士、英検1級、TOEIC L&R 965点(L満点)、TESOL(英語教授法)、国連英検A級
中国語: 全国通訳案内士、香川せとうち地域通訳案内士、HSK 6級
観光・実務: 総合/国内旅行業務取扱管理者、国内旅程管理主任者、せとうち島旅ガイド
【メディア出演・外部実績】
行政: 香川県広報誌「THEかがわ」インタビュー掲載
放送: 瀬戸内海放送(KSB)、岡山放送(OHK)のニュース番組のコメント
研修: 地方自治体や宿泊施設を対象としたインバウンド研修に多数登壇
■ 外部リンク
香川県登録通訳案内士サイト
香川県観光協会主催インバウンド対応スキルアップ研修講師

・全国通訳案内士登録証 英語

・全国通訳案内士登録証 中国語

・香川せとうち地域通訳案内士登録証 中国語

・四国遍路通訳ガイド協会会員証

・観光庁インバウンド研修認定講師

・せとうちスルーガイド研修修了証

・安藤忠雄さんにお会いした際に書いて頂いたサインと光の教会

以上
