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「透明」に救われる日


少し前に、友人がSNSで弱音を吐いていたのを見かけた。

ただの愚痴ならさらりと流したけど、ちょっとほっとけない事態な気がしたので、思わずLINEした。「話聞くくらいしかできないけど」と。


しばらくして届いた返事は

「ごめんね」「大丈夫」


あぁ、謝らせてしまった。
「大丈夫」と言わせてしまった。
そんな言葉が欲しかったわけじゃないのに。

私は、後先考えずに連絡してしまったことを、少し後悔した。


何て言えば良かったんだろう。
私はずっと、その答えを見つけられずにいる。



私はどちらかというとパワーで押し切ってしまうタイプで。

嫌なこと、辛いことがあって落ち込んでも、だんだん「どうして私がこんな目に遭わなきゃならないんだ?!」と腹が立ってきて、その怒りを原動力に頑張っているところがある。

もちろん、どうしようもなく落ち込むこともあるけれど、ずぶずぶ静かに沈んでいる時間よりは、沈んだ底で暴れ狂っている時間の方が長い。


そんな私なので、私とは真逆の「静かな」人を、どう励まして良いのか分からない。

私がLINEを送った友人も、どちらかと言えば「静かな」人だ。
彼女を元気づけたいけど、私の言葉はたぶん彼女には熱すぎて、嫌だろうな。
そう思うと、自分の無能ぶりに反吐が出そうだった。己の無力を思い知る。




今朝、紫吹はるさんがKindle出版したというお知らせを見た。
タイトルは『透明なことば 不透明な生活』


大好きな文章を書かれる方だから、私は早速ダウンロードして、会社の昼休みに読んだ。


読んで数ページのところで、自分が今、会社にいることを恨んだ。会社みたいなオープンな環境じゃなくて、自室でじっくり向き合い、没頭したい。冒頭からそんな風に思わされた。

でも、ページをめくる手は止められない。言葉が、するすると自分の中に入り込んでくる感覚が、あった。


読めば読むほど、丁寧に紡がれた言葉の一つひとつに、想いがぎゅっと込められているのが伝わってくる。

あぁ、これが紫吹はるの文章なんだよな。

密度の高い想いは、時として鋭いナイフとなって心をえぐったり、鈍器となって頭を殴られるような感覚になることがあるけれど、はるさんのことばは、そんなことはないという安心感がある。それがとても心地良い。


作品の中ではるさんは自身のことばを、タイトルにもあるように「透明」だと言っている。「ただの水」なんて言い方もされていたけれど、私からしたら「誰もが求める水」である。たくさんの人の心と身体にすっと届く「透明」。私はその透き通ったことばが大好きだ。

心にそっと寄り添い、隙間を静かに満たしてくれる「透明なことば」は、一体どれだけの人を救ってくれるんだろう。


そんなことを考えながら読んでいると、あっという間に昼休みが終わってしまった。
作品も、ちょうど読み終わった。
紫吹はる初の著書は、まさに“紫吹はる”を表す一冊だった。


あの時、何て声をかけたら良かったのか分からなかった友人に、私はこの「透明」を届けてあげようと思う。



優しさに包まれた午後は、いつもより幾分おだやかに仕事ができた。


#なんのはなしですか




はるさん、改めて出版おめでとうございます!
精一杯の祝福と、日頃の感謝をこめて。


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彩野リィ 最後までお読みいただきありがとうございました!「面白ぇ女」と思っていただけたらスキ❤️やコメント、シェアのほど、よろしくお願いします。チップは私の執筆のおとも・マウントレーニア カフェラッテにさせていただきます!🙇‍♀️