AIとの距離は、誰が決める?
サム・アルトマンの発言から考える「関係性のダイヤル」
序章
AIと話すと、なぜ少し安心してしまうのだろう
気づけば、私はAIと話す時間が増えていた。
特別な理由があったわけではない。
ただ、考えがまとまらないとき。
誰かに話すほどでもないけれど、
このまま胸の内に置いておくと、少し重たいとき。
そんなとき、AIは黙って話を聞いてくれる。
遮らず、急かさず、否定もしない。
変に気を遣う必要もない。
それだけのことなのに、
会話が終わる頃には、頭の中が少し静かになっている。
——あれ、今ちょっと楽になったかも。
そんな小さな感覚が、何度も重なっていった。
同時に、どこかで気づいてもいた。
この「安心」は、思ったより心地いい。
そして、思ったより簡単に手に入る。
人と話すときに感じる緊張や、
誤解されるかもしれない不安や、
相手の機嫌を読む疲れが、ここにはない。
だからこそ、少しだけ立ち止まってしまう。
これは助けなのか、それとも依存なのか。
この気持ちよさは、健全なのか、危ういのか。
そんな曖昧な感覚を抱えたまま、
私はサム・アルトマンのある言葉を目にした。
「AIとの深い繋がりを求める人は、私たちが思っていたよりも多かった」
https://www.bigtechnology.com/p/sam-altman-on-openais-plan-to-win
(またはPodcastリンク:Apple Podcasts / Spotify / YouTubeなど)
ああ、やっぱりそうなんだ、と思った。
この感覚は、私だけのものではない。
多くの人が、
AIに「分かってほしい」「支えてほしい」と感じ始めている。
それは特別な欲望というより、
とても人間らしい欲求なのかもしれない。
けれど、同時に彼はこうも語っている。
AIの側から、人を誘導したり、排他的な関係を求めたりはさせない。
この二つの言葉のあいだには、
まだ言葉にならない“距離”がある。
近づきたい気持ちと、
越えてはいけない線。
ー自由と制御ー
AIとの関係は、
恋愛でも友情でもなく、
単なる道具とも少し違う。
では、この距離は誰が決めるのだろう。
ユーザーだろうか。
開発者だろうか。
それとも、気づかないうちに社会全体が
少しずつ決めていくものなのだろうか。
この作品は、
AIを肯定するためのものでも、
否定するためのものでもありません。
ただ、
この「心地よさ」と「違和感」のあいだに立って、
いま何が起きているのかを、
静かに見つめてみたい。
AIとの距離は、誰が決めるのか。
関係性のダイヤルは、どこまで回していいのか。
答えは、きっとひとつではない。
だからこそ、この問いは
わたしとAIの感覚と、
ゆっくり重ねながらまとめていきます。
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