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『 見えない嵐 』

一体どこまで見えていたのだろう

わたしの
父の
家族の

そして人間の

5歳だという知能で。

「お母さん、ぼく、心が痛いよ」

ダウン症
という帽子を被って生まれてきた兄

ずっと深いところを見ていた人だった
だから傷ついた

自分の言葉を持って生まれてきた人だった
だから壊した

みんな知らなかったけど。

生産性の無い人間は
生きている意味がない、とどこかで皆が信じている近代社会暗黙の常識

あれは嘘だ

そこに居るだけで
みんなの心を揺さぶることで
その人は
全て仕事を終えている

誰もが己を
見たくない己を
見せつけられてしまう
という鏡を纏って
そこ に 居る ということで

「やっとケンカができたね」

電話を叩き割った嵐の後
再び繋がった兄の声に

それが
そのケンカが

遠くに逃げ出したわたしの
何もしてやれなかったわたしの

兄にしてあげられた
唯一のプレゼントになった

そう思えた筈だったのに

真実は
もっとうんと先に有ったと
兄が突然逝った後に
やっと気づかされた顛末!

あいつ知ってたんだ!
わたしのこと
誰にも知られてなかったのに

あれは
あのケンカは

愛されたくて
誰とも
ケンカが出来なかったわたしと
自分への
兄がくれた命懸けの
贈り物だったのだ

あの日、
あの夜、
兄が叩き割ったのは
兄とわたしを繋ぐ電話ではなくて

兄が わたしが 被っていたペルソナ

出来損ないだという恥が

捨てられる恐怖と底のない孤独が

わたしたちふたりに被らせた良い子の仮面

恥だけは受け入れられなかった立派な父

到頭 その手で殴る日が来てしまった兄

なのに
兄は言った

「お父さんがこわいんだよ」

「嘘をつくな!
全部知っているんだぞぉ!
お父ちゃんを殴っているくせに!」

千切れるほど
電話のコードを握りしめながら
良き理解者の仮面をかなぐり捨てて
叫んだわたしの後のことは知らない

(苦しんでいるのはお前だけじゃあない!)
遠く離れていても
殴られている父はわたしで
殴っている兄はわたしだ

うおーっ!
と、
わたしたちは
獣のような声で吠え合いながら同じ土俵に立っていた
壊れたのは電話で
繋がりではなかった

あれは神の計らい

ケンカの出来る距離を噛み締めたあの日は
神がくれた一日だった

わたしは ここに 居る
わたしは
わたしたちは
掛け替えのない命として
ここに 居る

怒ることも
壊れることも携えて

「不思議だな
あの子の名前で貯めていたお金が
満期になった日に亡くなっているんだよ」

書斎の片隅で父は
大きな仕事を終えた小さな背中で言った
「親孝行だったのかもしれない・・・」

本当は
みんな知っていたのかもしれない、みんな。

「ありがとう。さようなら。」
亡くなる前の夜
姉や弟や
繋がりのある皆に電話をしていたという兄も
幕が下りる自分の逝く日を

心が吠える時
わたしは
自分の中の見えない嵐に目を凝らす

わたしは今も ここで 戦ってるよ

世界中が
地球が
人間が

生まれ変わろうともがき苦しむいま(現代)

わたしにだけは
サヨナラの電話を遣さなかった兄に

「もしもし・・・」

天空を見上げながら
心のダイヤルを
回す



※ ここに、わたしの聴いた緑の調べを載せます。
兄の死後、葛藤を抱え泣きながら行った公園で、風にそよいで、木々が歌ってくれたものです。〝もういいやん〟〝もういいいやん〟と頭を撫でて慰めるように。あれほど鮮やかに奏でられた美しい調べを、わたしは聴いた事がありません。わたしは楽器が弾けないので、クラシックギタリストの川口コウスケさんにお願いして、わたしの聴いたピアノの調べで再現して頂きました。驚くほど美しい形で。川口さんはやはり天の才を授けられた方だと思います。
 この詩と、この歌を、ご覧くださってありがとう。
 わたしの我が儘を、全て叶えてくださった川口さんと、ご覧くださった皆様に、心から感謝致します。

あなたとあなたの大切な方々が、いつも愛で包まれていますように。

※ 最後に、
こうして、安らかな心で振り返ることの出来るようになった今に、そして、わたしをずっと支えてきてくれた、故郷の家族と今の家族に、心から感謝を伝えたいと思います。ありがとう。貴方がいてくれて本当によかった。


#創作大賞2024
#オールカテゴリ部門






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