エッセイ:父と私とドラゴンクエスト
幼いころ、父がドラゴンクエストをプレイしているのをずっと眺めていたのを妙に憶えている。
当時父がプレイしていたのは「ドラゴンクエストⅦ~エデンの戦士たち~」。石板集めで多くのプレイヤーが苦しんだアレだ。
寒い季節に、こたつに入ってアイスを食べるという贅沢を極めながら、父がスライムやらゴーレムやらを倒すのを眺めていた。
あの頃の私はまだゲームのシステムやら何やらがよく分からなくて、フィールドから出てくるモンスターの造形ばかりに目がいっていた。分からないなりに、サイクロプスの“かいしんのいちげき”はヤバいってことは分かった。
こたつの温もりと美しいBGMにうとうとする父と、「起きて〜!」と背中を叩く私。そして「そんなに眠いならちゃんと寝ればいいのに」という母。ごもっとも。だけど、「面白いんだもん!」と、この時ばかりは父の味方だった。
ドラクエⅦには改名システムというものがあって、旅をともにする仲間の名前を好きに変えることができた。今プレイしても、私ならわざわざ改名しない。ガボはガボだし、メルビンはメルビンだ。
けれど父は違って、搭載されているゲームシステムは何でも試したがった。父がパーティメンバーにつけたのは家族の名前。私の名前はマリベルにつけられた。おかげで「私」は、ドラクエ世界でベギラゴンを打ちまくり大活躍だった。
「私」は度々「しんでしまった!」となっていたけれど、それはHPが少ないせいで、決して愛がないわけではない。と、信じたい。
子どもの頃、父が平日家にいる姿はほとんど見たことがなかった。私が起きる前に出勤し、私が布団に入ってから帰ってくる父。思えば、子どもの頃の父とのコミュニケーションは、毎週土曜日に通っていたピアノの稽古への送り迎えと、ゲームをプレイしている時間くらいだったような気がする。私がつい仕事ばかりしてしまうのは、完全に父譲りだ。
あの頃は、どうしてこんなにも楽しいゲームをプレイしているのにうとうとしてしまうんだろうと疑問だったけれど、大人になって「ドラゴンクエストⅪ~過ぎ去りし時を求めて」をプレイした時に初めて寝落ちを経験した。まさか、父の気持ちが分かるようになるだなんて。
子どもの頃笑っていた父とまったく同じことをしてしまった。そのことを話した時「だろぉ?!」と言ってきた父は、心なしか得意げな顔をしていた。
いや、だろ?じゃないんだよ。娘が働きすぎてるの労って?
ドラクエ40周年おめでとうございます!激アツ!
