見出し画像

実家を売ると決めた日、仏壇の前で泣いた——豊田市・岡崎市


売ると決めたのは、夏の終わりだった。

母が施設に移ってから二年が経ち、私は月に二回、実家の換気と草刈りに通っていた。片道四十分。日曜の朝に家を出て、昼過ぎに戻る。それが二年間のルーティンだった。

夫も子どもたちも、何も言わなかった。けれど日曜日の朝、私が車の鍵を取り上げるたびに、リビングの空気がほんの少しだけ冷える気がしていた。次女の運動会の練習を見に行けなかったのは、去年の秋だった。

実家に着くと、いつもまず仏壇に線香を上げる。父の遺影に「来たよ」と声をかける。返事はない。それでも、毎回言った。

その日も同じだった。線香を上げて、窓を開けて、庭を見回った。隣の家のブロック塀に蔦が伸びてきていた。前回来たときに草刈りをしたはずの庭は、もう膝丈まで伸びている。雨樋から落ちた水が、基礎のコンクリートに黒い筋を描いていた。

二階に上がると、私の部屋がそのまま残っていた。学習机の上に、高校時代のノートが積んであった。父が毎晩、晩酌のあとにここに来て、「勉強してるか」と覗いていたのを思い出した。

私はそのまま床に座り込んで、しばらく動けなくなった。

この家を売るということは、この部屋がなくなるということだ。父が覗いた廊下も、母が台所でお弁当を詰めていたあの時間も、全部、他人の手に渡る。いや、他人の手に渡るだけならまだいい。壊されるかもしれない。更地になって、新しい家が建って、私の記憶の中にしか残らない風景になるかもしれない。

分かっている。建物はただの箱だ。記憶は自分の中にある。それは理屈としては正しい。でも、理屈で割り切れるなら、二年も通い続けていない。

夏の終わりの日差しが窓から差し込んでいて、埃がきらきら光っていた。静かだった。この静けさが、怖かった。人が住まなくなった家の静けさは、安らぎではなく不在の証明だ。

台所に降りて、水道の蛇口をひねった。最初は茶色い水が出て、しばらくすると透明になる。二週間放置するだけで、水道管の中に錆が溜まる。冷蔵庫はもうずっと電源を切っている。母が施設に移るとき、中身を全部処分した。最後に残ったのは、母が漬けた梅干しの瓶だった。捨てられなくて、そのまま棚に置いてある。

浴室を覗くと、タイルの目地に黒いカビが広がっていた。前回来たときにカビ取り剤を撒いたのに、もう戻っている。換気扇を回しても、人が住んでいなければ湿気は逃げない。天井の隅には、うっすらとシミが出始めていた。雨漏りの兆候かもしれない。

居間に戻ると、壁掛け時計が止まっていた。電池が切れたのだろう。前回来たとき、まだ動いていた気がする。時計が止まった家。それがこの家の今の姿だった。

帰り際に、もう一度仏壇の前に座った。

「お父さん、ごめんね」

声に出したら、涙が止まらなくなった。何に謝っているのか、自分でもよく分からなかった。父がこの家を建てたのは私が三歳のときだ。当時の父の年収で三十年ローンを組んだと聞いている。夏は暑いと文句を言いながら、冬は窓の結露を拭きながら、それでもこの家を守り続けた。

その家を、私が手放す。

父に申し訳ない。でも、申し訳ないと言いながら維持費を払い続けて、自分の家族の時間を削り続けるのは、それはそれで違う気がした。

「申し訳ない」と「もう限界だ」が同時に存在していた。どちらかが嘘ならまだ楽だった。両方本当だから、苦しかった。

翌週、母の面会に行った。施設の食堂で、二人でお茶を飲みながら、私は「家のことなんだけど」と切り出した。母は湯飲みを置いて、少し考えてから言った。

「あなた、ずっと通ってくれてたでしょう。知ってたよ。ありがとうね」

それだけだった。売っていいとも、売るなとも言わなかった。ただ、「ありがとう」と言った。

帰りの車の中で、また泣いた。でも、行きの涙とは少し違った。母は分かっていた。私が二年間、何を抱えながら通っていたかを。そして、その負担を「ありがとう」と受け止めてくれた。

信号で止まったとき、ふと思った。母は、あの家のことをどう思っているのだろう。帰りたいと思っているのだろうか。施設の窓から外を眺めるとき、あの庭のことを思い出しているのだろうか。それとも、もうとっくに気持ちの整理がついているのだろうか。聞けなかった。聞いたら、答えによっては、もっと動けなくなりそうだった。

罪悪感は消えなかった。今も消えていない。でも、「罪悪感があるまま進んでいい」と、あの日思った。仏壇の前で泣いた自分を、否定しなくていいと思えた。泣いたということは、それだけ大切にしてきたということだ。それで十分じゃないかと、初めて思えた。

仏壇の写真の父は、笑っていた。いつもと同じ顔で。


この記事は、過去にご相談いただいたお客様の実体験をもとに、物語調に編集したものです。同じような気持ちを抱えている方に、「悩んでいるのは自分だけじゃない」と感じていただけたら、それだけで書いた甲斐があります。


罪悪感を抱えたまま前に進むとき、全体の流れを知っておくと気持ちが少し楽になります。豊田市で相続した不動産を売却する全手順岡崎市で相続した不動産を売却する全手順もあわせてご覧ください。

いいなと思ったら応援しよう!