「裏切り者」と、自分を責め続けた半年間——相続売却、豊田市
父が亡くなって、半年が経った。
豊田市にある実家は、父が30代のときに買った一軒家だ。ローンを払い終えたとき、父は珍しく酒を飲みながら「これでやっと俺の家になった」と笑っていた。私は中学生だった。あの笑顔が、今も浮かぶ。
母はすでに施設に入っていた。父が一人で暮らし、一人で老いた。訪ねるたびに少しずつ小さくなっていく父の背中を、私は見ていた。それでも、何もできなかった。
その父も逝った。残ったのは、誰も住まなくなった家だけだった。
妹から「売ろうか」と言われたのは、四十九日が過ぎた翌週のことだ。私は「もう少し待って」と言った。
理由を聞かれても、答えられなかった。ただ、心のどこかで「売る」と決めた瞬間に、自分が裏切り者になるような気がしていた。親の家を処分する人間。父が30年かけて手に入れた場所を、金に変える人間。そういう言葉が、頭の中でぐるぐると回っていた。
ある日の夜、一人で実家へ行った。妹には言わなかった。
玄関を開けると、父の残したものが、片付けられないままあった。脱いだ靴が揃えて置いてあって、思わず笑った。几帳面な人だった。
父の部屋に入った。読みかけの本、処方薬の袋、引き出しには私と妹が子どもの頃に撮った写真。
床に座って、しばらく動けなかった。
ふと、机の上の手帳が目についた。日々の記録がびっしり書かれていた。体温と血圧、天気、庭の手入れの記録。几帳面な父らしかった。
最後のほうのページを開いたとき、一行だけ他と違う文字が目に入った。
「子どもたちには、自分のことを考えて生きてほしい」
それを読んだとき、胸の何かがゆっくりと解けていくのを感じた。
裏切り者じゃなかった。父は、私が苦しんでいることを、望んでいない。罪悪感を抱えながら家を守ることが、親孝行でも何でもないと、その一行が教えてくれた気がした。
私はしばらく手帳を持ったまま、部屋の真ん中に座っていた。父の字を、何度も何度も読み返しながら。
この記事は、過去にご相談いただいたお客様の実体験をもとに、物語調に編集したものです。同じような気持ちを抱えている方に、「悩んでいるのは自分だけじゃない」と感じていただけたら、それだけで書いた甲斐があります。
動き出そうと思ったとき、豊田市での相続不動産売却の手順を一度確認しておくと全体像が見えやすくなります。豊田市で相続した不動産を売却する全手順はこちらです。
