短編シリーズ〜行政書士の拳〜
第二話 「闇の紹介人」
ハイが電話を切ると、部屋の空気が少しだけ軽くなった。
外国人たちは何事もなかったように夕食の支度を始める。
湯気の立つ鍋。
母国の歌。
笑い声。
だが、四郎次はその笑顔を見ていなかった。
見ていたのは、壁だった。
同じ求人票が何枚も貼られている。
会社名だけが違う。
連絡先は、すべて同じ携帯番号だった。
「……。」
ミノコが小声で聞く。
「所長?」
四郎次は答えない。
台所へ歩いていく。
流しの横には、何十枚もの銀行の振込明細。
名義はバラバラ。
だが振込先は、一つだった。
「これ……。」
ミノコが息をのむ。
「みんな同じ口座……。」
四郎次は静かに言った。
「仕事の紹介料。」
ハイが笑う。
「よく見てますね、先生。」
「生活を助けてるんですよ。」
「部屋も貸して、仕事も紹介して。」
「悪いことですか?」
四郎次は振り返る。
「家賃はいくらだ。」
「一人四万円です。」
「十人で。」
「四十万円。」
「仕事の紹介料は。」
「秘密です。」
「行政書士への紹介料は。」
ハイの笑顔が止まる。
「先生。」
「その話は関係ないでしょう。」
四郎次は静かに首を振った。
「関係ある。」
「依頼人の金だからだ。」
外へ出る。
ミノコが歩きながら言う。
「所長。」
「ハイさん、悪い人なんですか?」
四郎次は少し考えた。
「分からない。」
「え?」
「悪人なら簡単だ。」
「本当に厄介なのは、自分を善人だと思っている人間だ。」
事務所へ戻る。
夜十時。
机の上には書類が積み上がる。
グエンの在留カード。
給与明細。
通帳。
雇用契約書。
四郎次は無言で並べる。
ミノコはコーヒーを置いた。
「徹夜ですね。」
「介護の夜勤より眠れる。」
「またそれですか。」
四郎次は一枚の給与明細を取り上げる。
「ここ。」
ミノコが覗き込む。
「社会保険料?」
「違う。」
「振込日。」
「……あ。」
「勤務日より前に給料が振り込まれてる。」
四郎次は頷く。
「この会社では働いていない。」
「でも勤務証明は出てます。」
「偽装だ。」
ミノコの背中に寒気が走る。
「じゃあ……。」
「在留資格のためだけに会社を作った?」
四郎次は静かに答えた。
「その可能性がある。」
その瞬間。
電話が鳴った。
「はい、四郎次行政書士事務所です。」
受話器の向こうから、低い男の声。
「余計なことはするな。」
「外国人は商品だ。」
「先生。」
「商品に情は要らない。」
ツーッ。
電話は切れた。
ミノコの顔が青ざめる。
「所長……。」
四郎次は受話器を置き、静かに立ち上がった。
「ミノコ。」
「はい。」
「明日は入管だ。」
「え?」
「その前に。」
机の引き出しを開ける。
そこには、真っ白なクリアファイルが何十冊も並んでいた。
四郎次は一冊だけ取り出す。
表紙に、黒いペンで書く。
《グエン・ヴァン・アン》
「始める。」
ミノコが笑う。
「来ましたね。」
四郎次は小さく頷く。
「百裂書類。」
部屋の静寂を破るように、プリンターが動き始めた。
一方、その頃。
高級ホテルのラウンジ。
スーツ姿の男がワイングラスを傾けていた。
テーブルには、高級時計。
最新のスマートフォン。
ブランド物の鞄。
ハイが頭を下げる。
「先生。」
男は笑う。
「四郎次か。」
「まだそんな古いやり方をしているのか。」
ハイが尋ねる。
「どうします?」
男は静かに笑った。
「行政書士は、法律で稼ぐ時代じゃない。」
「情報で稼ぐ時代だ。」
名刺がテーブルに置かれる。
行政書士 神崎 玲司
SNS登録者数十五万人。
著書多数。
テレビ出演。
その裏の顔を知る者は、ほとんどいなかった。
男はワインを飲み干し、静かに笑った。
「四郎次。」
「君の正義が、どこまで通用するか見せてもらおう。」
