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屍人の夜②


缶詰め工場の社員・伊藤隼平/男26歳


隼平は社員として8年間勤めた缶詰め工場を辞め、退職金で遊びほうけていた。独身、独り暮らしの無職の男はプー太郎と呼ばれ、はたから見たら自堕落な生活だが、本人は至って平常心を保っていた。高校卒業後、缶詰め工場で文字通り缶詰めになって必死に働いてきたのだから、これは自分に対してのご褒美なんだと思っており、毎日を遊びにふけっていた。今しか出来ない事なんだ、むしろ楽しむべきだ、と…。隼平にとって、その貴重な時間の使い方と言えば、朝起きてジョギングに出掛け、アパートに戻るとテレビゲーム、DVD鑑賞などで大抵一日が終わる。あまりお金を使わないで済む方法だが、たまに街へ繰り出しては、パチンコ、風俗、居酒屋、などへ行っており、まさに飲む、打つ、買うの三道楽だ。
そして今日、スーパーフレアのニュースが流れる中、隼平は風俗へ行っていた。
通信障害が起こり、熱波で熱中症患者が続出していたが、隼平の性欲は留まる事を知らなかった。街中では救急搬送される人々や警察や自衛隊員が入り込んでいた。

そんな状況下でも隼平は、この日もソープランドに通い詰めていた。入浴料8.000円を先払いし、隼平ご指名の風俗嬢が挨拶と共に出迎えられた。花柄のブラウスに長い髪は綺麗に結われていた。「いつもご指名ありがとうございます…」嬢は床に手をついて丁寧に挨拶する。軽く手を挙げる隼平は部屋へと入っていった…。

エルナという風俗嬢は、隼平が指名するのは3回目だった。前回行ったときサービスがよく、隼平好みのタイプの女だった。
22歳の嬢は訳ありだ、借金を返すため風俗で働いているに違いない。
親思いの娘で、派手な感じがなく、懸命に尽くすタイプの女性で、隼平は密かに恋心を抱いていた。
隼平は奥の部屋へと入っていき、ホテルの温泉のような廊下を通り、部屋へと通された。
今回で3度目だが、いつもこの瞬間というものは緊張する隼平だったが、彼の本当の目的というのは性欲を満たす事よりも、むしろエルナという一人の女と過ごす時間が、隼平にとって至福の瞬間でもあった。
2人が会うことの出来る時間はこの時だけだ。隼平にとって貴重な60分だった。一方の風俗嬢のエルナも、このお客の目的はただ性欲を満たしたいのか、プレイを楽しみたいのか、それともこの隼平のように恋を抱かれてしまったのか、なんてのはすぐに分かる事で、当然エルナも感づいていた。
隼平はプレゼントの季節モノのフルーツをエルナに渡した。
「わあ、嬉しい、ありがとうございます。なんか夏らしくて、可愛くていいですね〜」
エルナは隼平が持ってきた小玉のスイカを受け取った。

「外は熱いですね、熱中症アラートが出てるみたいで大変みたいで。ここまで無事に来れました?」エルナは言った。
「うん、何とか。緊急車両や警察、それに自衛隊まで出動してて街は大変だった。何か情報あるの?」隼平は尋ねた。
「それが、街で暴動騒ぎがあったらしいの、それで襲われた人たちが病院に担ぎ込まれて大変だったみたい」エルナは深妙な表情で話し始めた。
「暴動?つまり喧嘩とか、暴力団の抗争でもあったのかな、確かに救急車が出動してたけど…」
「いや、違うみたい。店長が言ってたけど出血が酷かったみたいで警察も暴動を阻止するため動いていたって」
「それは大変だ、何とか収まるといいけど…」





それから1時間が過ぎた頃だった…。


17:00頃…。

暑い時に熱い時間を過した隼平は、エルナにお礼を渡すと店をあとにし、今度は居酒屋へと向かった。

街中は大変な騒ぎだ。さっきよりも警察や自衛隊が多く出動していた。

街の喧騒から逃げるように隼平は居酒屋で一杯飲むため入る事にした。
引き戸の扉を開け入店。

居酒屋「しゅうちやん」だ。

「いらっしゃいませ~!」マスターが元気よく出迎える。「お一人様ですか?どうぞこちらへ」
隼平はカウンター席へ座り、メニューを一通り眺めると、若い女性店員が注文を取りにきた。
あや「いらっしゃいませ…ご注文お決まりですか?」
隼平「生ビールと焼き鳥の盛り合わせ…、あとモツ煮込みで…とりあえずお願いします」
あや「はい、ありがとうございます」

「あっ、すいません、あとモロキューもお願いします…」

風俗へ行ったあと居酒屋で一杯やる、という生活。隼平は人生においてこうした時間も必要だと感じながらも、次の就職先や今後どうするのか、なども考えていた。いつまで遊んでいる訳ではないし、遊ぶ時は遊んで、仕事する時は仕事をする。あたり前の事だが、人と言うのは、色んな事をしながら生きていくのだから…。

「お待たせしました、生ビールとモツ煮込み、モロキューお持ちしました。焼き鳥の方もう少々お持ち下さい。」

隼平は無言で、一人乾杯をしてジョッキ生ビールをゴクゴクと飲んだ。「あ〜っ!うまい!」小声で呟いた。

「いらっしゃいませ~!」客も次々と入ってきた。

しばらくすると焼き鳥の盛り合わせが来て、それを食べながら、ビールとモツ煮込み、モロキューで一杯やるのが隼平の飲み方だった。

そんなひと時だったが、店の入口のドアを叩く客がいる事に気づく隼平だった。

酔っぱらいかと思ったが、まだ時間は17時を過ぎたばかりで出来上がるのには早い時間だ。

店のマスターが、様子を見にいった。

すると店内に突然悲鳴が上がる。

その瞬間、隼平はその店のマスターが血を流して倒れているのを目撃する。

店はパニックに陥り、どうやらマスターは入ってきた男に体の一部、肩あたりを咬まれたらしい。

出血を止めようと女性店員らが、治療しているようだが、咬みついた男が再度ドアを叩いているが、今度は3人に増えていた。

隼平はドアを叩く奴らの顔を見ると、普通じゃない事を悟る、何か危険な薬物乱用者か、もしかしたら危険なテロ集団かもしれないと…。

「お客様、今日のお代は結構ですので、ここは危険です、裏の勝手口から避難するようお願いします!」

店の女性店員は裏の勝手口から避難するように促され、隼平は一旦店を出る事にした。

奴らの正体は一体何だったのか?隼平は謎を抱えたまま、店の外へ避難するのだったが、この後隼平は、想像を絶する世界へ引きずり込まれてしまうとは、この時点ではまだ知る由もなかったのだった。

外に出た隼平がしばらく歩き、表通りに出ると、そこで目撃したのは、店で見たようなあの猟奇的な異常者が何人もいる不気味な世界だった。人の姿をした化け物達が、人を次々に襲っていたのだ。人々は化け物から体を咬みちぎられ、血を流し倒れ込んでいる。

隼平も襲われそうになったが、素早くかわしダッシュ出その場をあとにした。

隼平は逃げた、とにかく走って逃げた。

毎朝日課にしてきたジョギングがここで役に立ったようだが、そんな余裕に浸る暇などあろう筈がない。逃げろ!隼平は只管自分にいい聞かせ、郊外へと走って逃げたのである。