屍人の夜④
高橋アタル/浅丘あや/佐藤恵理子
午後6時過ぎ頃…。
居酒屋の勝手口を出た3人は、車で逃走するため駐車場へ向かった。
居酒屋の勝手口を出ると店の表通りの路地へと繋がる。外は屍人たちが溢れていたが、何としてでも車に乗り込まねばならなかった。
道端には屍人の群が徘徊していた。
進学塾から出てきた生徒の塾ゾンビ、ポニーテイルの女子高校生ゾンビ、ポロシャツ姿でAmazonの箱を持った宅配ゾンビ、スーツ姿でバックとスマホを持った営業ゾンビ、デリバリー配達員のウーバーゾンビ、繁華街の呼び込み男の黒服ゾンビ、パンツスーツでタブレットを持った保険屋ゾンビ…などが見受けられた。
奴らに見つからないように身を伏せながら、車へ向う3人。「あや、大丈夫か?」「うん…」
「電信柱に隠れろ!」小声で言うアタル。
車の傍には屍人がたむろっていた。「早くどこかへゆけ…このままじゃ乗れやしない」
「どうするの?このまじゃ見つかっちゃう」
「よし、わざと見つかり、その隙に2人は車に乗ってくれ、俺が囮になるから…」「大丈夫なの?」「やるしかない…」
アタルは道路に出向いた。「おいっ!俺はここだ」屍人たちはうめき声を上げアタルに向かってきた。「今だ!早く!」あやと恵理子は車に乗り込んだ。あやはエンジンをかけると勢いよく発進し、逃げるアタルの前に車をつけた。アタルは素早く車の助手席に乗り込んだ。
「上手くいったろ?」
「もう、危ないんだから」
「何処へ逃げるの?」
「人口密集地は避けて、人がいない所だな、何としてでも生き延びるんだ…」
道路が雑然と散乱している。「あっという間に感染が広がってしまった」
「皆、家の中に避難しているようだ」
「窓とか塞がないと危険だ」
「あれを見ろ、コンビニにまで奴らがいる」
「生前の習慣で集まってくるんだ、きっと…」
「佐藤さんはどうしますか、僕らと一緒に避難しますか?」
「…ええ、そうさせてもらうわ…」
「そうですか…」
アタルとあやは一瞬顔を見合わせる。
「お邪魔かしらね、私がいると…」恵理子は言った。
「いいえっ…ただ、ご家族とか心配なんじゃないかと思いまして…」アタルは尋ねるように訊く。
「私色々あって家族いないの…、夫とも離婚して今は一人…」恵理子は堂々と言った。
「すみません、立ち入った事訊いてしまって…」
「いいの、気にしないわ」
「お二人は恋人同士なんですか?」
「はい、交際中です」
「仲良さそうでいいですね」
「ええ、まあ…実は結婚を考えていましたが、世の中がこんな風になってしまって…」あやは答えた。
「さっきのお父さん、無事だといいけど…」
「コロナ禍が収まったと思ったらこれだものね、世の中どうかしちゃったのかしら…」
「まったくですね、これからどうすればいいのか…」
あやは涙が止まらなかった。
「ラジオつけよう」アタルはカーラジオのスイッチを押した。
「…太陽風の影響により磁気嵐が発生しております。このため地球の磁場が乱されており、通信障害により携帯電話、インターネットやテレビなど人工衛星を必要とする電子機器に影響が出ております。停電が発生する可能性もありますので…さらには…」
電波が乱されノイズが入りラジオが聞こえにくい。テレビに切り替える。
「外出はしないように政府は警戒レベルを4から5に引き上げました。緊急事態宣言が各市町村に出されており、学校、コミュニティ施設などへの避難場所へ逃げて下さい。家にいる方は外出は避け、必ず施錠し安全な場所へ隠れて下さい。繰り出します…」
チャンネルを切り替える。
「…絶対に近づかないように、距離をとって下さい。彼らは人肉を求めて生きた人間を襲っています。ただ動きが遅いため見かけたら直ちに逃げて下さい。接触は避け逃げて下さい…」テレビからは途切れ途切れの映りの悪い画面から情報収集するもはっきりした事が分からなかった。
「つまり咬まれたら最後、奴らと同じようになってしまう。咬まれないように逃げるしかない。きっと政府は策を練っているはずだから、とにかく今は逃げろって事だ…。」アタルは持論を展開する。
「山の中はどうかな、高楼山にうちの父さんが経営する貸し別荘があって、そこの山荘なら隠れるのにはいいかもしれない。」あやは言った。
「今、空いてるの?分からない、でも鍵は持ってるから」
「とりあえずそこへ行ってみるか、確かに山奥なら奴らに見つからないかもしれない」
「あや、高楼山へ行こう。幹線道路は渋滞だ、郊外からの抜け道がある、そこを通って行こう。」
「その前にトイレ寄っていこう、この先に公衆トイレがあるから」
「奴らがいない事を祈る…」
3人の乗った車は高楼山に通じる峠道の途中にある公衆トイレまでたどり着いた。トイレの他に自販機などもあり、飲み物も調達できる場所だった。
「さあ、着いたよ。ここでトイレして飲み物を仕入れよう。」
3人はトイレを済ませた後、近くのベンチで休んでいた。
「そこの貸し別荘にお客がいたらどうしようか」
「その時はどこか、安ホテルでも探すさ」
「やめてよ…」
「その時は、何とか一緒に入れてもらうか、もし駄目ならまたこの場所に戻ろう」
逃げてきた時はまだ明るかったが、今はもう辺りはもう真っ暗だった。
「ここからどのくらい?」アタルはあやに訊いた。
「そうね、車で30分くらいかな」
「ようやくここまで来ましたね、ここまで来ればもう安心でしょう…」恵理子は言った。
一堂は休息という時間がここに来て訪れたのであった。
恵理子はベンチから今登って来た道を見ると、100mくらい先に街灯が見えた。
街灯は真っ暗の峠道を明るく照らしていた。
しばらく見ていると、街灯の先のカーブから人影がこっちへ向かって来るのが見えた。
「あれ…、」
「どうしました?」
「あれはもしかして…」
恵理子は指を差したその先には、ゆらゆらと不安定な歩き方の数人がこちらへ向かってきたのだった。
「まさか!…あれは奴らだ!なんでここまで来たんだ!」
「私たちを追けて来たんだわ!」
そう、奴らは屍人だった。アタルたちを追いかけてきたのだった。
「ヤバい!早く車に乗って!」
3人は車に乗り込んだ。
「あれ、エンジンが掛からないわ」あやはエンジンキーを回すがエンジンが掛からない。
「どうして、こんな時に…!」
「これもフレアの影響か、電子機器にも影響するって言ってたからな…」
「だめか?早くっ!」
「早くって言ったって掛からないんだもん!」
屍人はすぐそばまで来ていた!歩くスピードが上がっている、まるで見つけたぞと言わんばかりの屍人に意思があるかのように…。
屍人の群は徐々に近づいてくる…。
ジワリじわりと…。
「このまま車を乗り捨てて走って逃げるか?」
「こんな夜道を走って逃げるの?山荘まで何時間もかかるよ」
「じゃどうするんだ、もうすぐそこまで来てるんだぞ!」
「ヤバい来るぞ、あと10メートル…」
「早く!あと5メートル…」
「もう逃げよう!」
「だめだ!この距離だと逃げるのは無理だ!」
「あと2メートル、すぐそこだ!」
屍人は2〜30人以上の群れをなしていて、車を取り囲んだ。
うめき声を上げながらバタバタと車の窓やボディを叩く屍人たち。
「ヤバい!早くかかれ!」
「このままだと窓ガラスが割れる」
その時だった、奇跡的にエンジンが掛かったのだった。
「やった!エンジンが掛かったよ!」
「ん!?おいっ…あやのお父さん、修一さんだ!」
「本当に?!」
「でも奴らと同じ姿に…」
動揺するあやだったが…。
あやはオートマチックのレバーをドライブレンジに入れて発進させた。
3人は貸し切り可能な山荘へと車を走らせた。
「…やっぱりあの後、怪物に変身したんだ…」
3人は不穏な思いをしながらも何とか屍人の群から逃げ、山奥の山荘へと向かった。
