形容されて死ぬ
はじめに
昨今の人気ロックバンドを否定するつもりはない。
むしろ、フェスで肩を組み、みんなで歌い、笑っている光景は美しいと思う。
それでも、どこかでずっと違和感が消えない。
昔、自分が信じていたロックとは、別の生き物になってしまった。
それを「変わった」と言えば簡単だけど、
本当はもっと静かで、もっと深いところの話だ。
⸻
危険だったロック
昔のロックは、危険だった。
• マイノリティであること
• 理解されないこと
• うまく説明できないこと
• どこにも属さないこと
それ自体が価値だった。
ロックは音楽ジャンルというより、
生き方の歪みが音になったものだった。
社会の外側に立ち、
一人で立ち、
その孤高の姿勢そのものが音を鳴らしていた。
⸻
グルーヴは五線譜に書けなかった
あの頃、重要だったのは演奏能力ではなくグルーヴだった。
グルーヴは、
ズレであり、呼吸であり、
その人がどこで生きてきたかの痕跡だった。
だから五線譜に収まらない。
再現性も低い。
でも、確かに生きていた。
⸻
形容されていくロック
今のロックは、とても上手だ。
• 演奏が正確で
• 構造が美しく
• 共有しやすく
• フェスで強い
音楽として洗練されているし、
多くの人を幸せにしている。
ただ、そこではロックはもう危険じゃない。
説明できるものになった。
形容できる。
ジャンル分けできる。
安心して楽しめる。
その瞬間、
昔のロックは静かに死んだ。
⸻
死んだのは音楽じゃない
死んだのは音楽じゃない。
死んだのは、定義される前の生き方だ。
ラベルを貼られ、
説明され、
共有され、
「わかりやすくなった」瞬間に、
あのロックは役目を終えた。
だからこれは批判じゃない。
時代が変わっただけ。
ただ、もしあなたが
言葉にできない違和感を抱いているなら、
それは間違っていない。
あなたが愛していたロックは、
形容される前にしか存在しなかったから。
⸻
おわりに
ロックは今も生きている。
ただ、違う姿で。
そしてたぶん、
またどこかで、
名前を拒む音が生まれる。
そのときは、きっとまた
少数派で、孤高で、危険で、
誰にも説明できないまま鳴っている。
形容される前に、
静かに、確かに、生きている。
