戯志才の早世を惜しむ【三国志】
三国志にはたくさんの魅力的なキャラクターがいますが、好きかどうかとはまた別に、私がとても気になる人物がいます。
それが戯志才という人物です。
戯志才は活躍期間も短く、事績もほとんど残っていません。
正史では荀彧伝や郭嘉伝に名前が見え、荀彧の推挙で曹操に仕え重用されていたものの早世。そこで曹操が、荀彧に彼に代わる人材がいないか尋ねたところ、郭嘉を推薦された……という程度。※1
つまり、荀彧や郭嘉らと同じく潁川の出身で、荀彧を介して曹操政権に参画していくことになる潁川人士の一員だったものの、大きな活躍をする前に死んでしまった、という以上のことは何もわからない人です。
荀彧伝で「負俗(世俗に背くこと)の譏りあり」として郭嘉と並び称されていることから、同じような素行不良タイプだったのかな?というくらい(だからこそ荀彧は、似たようなタイプの郭嘉を推挙したのでしょうか)。
何にせよこれだけしか記録がないので、当然三国演義にも出てきませんし、それを元にした各種三国志創作物にもほとんど出てきません。※2
しかしどうにも気になる人物です。
まず注目すべきはその名前。戯志才。何やねんこのネーミングセンス。かっこよすぎる。
何よりも燦然と輝くのが「戯」という姓です。張や李などと違う、オンリーワンの魅力※3。しかもただ珍しいだけではなく、文字が良いですよね。「戯れ」て。素行不良タイプ?という内面ともマッチしているし。
姓だけでも特別感がすごいのに、名前も「志」に「才」と、これまたいかにも能力ありそうで、姓によく合っています。※4
本当に、創作キャラのようなネーミングセンスです。只者じゃない感がすごい。
そして決して名前だけの人ではなく、曹操がその才能を評価していたこと、荀彧に推挙されたことなどを思えば、才知を発揮する機会にこそ恵まれなかったものの、かなりの切れ者だったことは間違いありません。
彼に代わる人材として推挙されたのが郭嘉だったわけですから、戯志才が長生きしていれば、郭嘉くらいの活躍はしたはずです。たぶん。
そうすればあとは、そのネーミングの良さも相まって、後世の人、特に1800年後の東夷の野蛮人どもが、勝手に膨らませて美味しいキャラに仕立て上げたに違いありません。
正直、曹操軍には優秀な参謀が多すぎて、ニワカ目線だと、逆にお互いに食い合って個性を消している印象があります。
例えば三國無双シリーズで、曹操の参謀グループの無双武将化が遅れたのも、そのあたりの影響でしょう(郭嘉と賈詡が「6」、荀彧が「7Empires」、荀攸が「8」からやっと参戦)。
最初期から曹操を支えながらも最後は決裂した荀彧、早世して曹操にその才を惜しまれた郭嘉、最初は敵として曹操を苦しめた賈詡など、立ち位置などに印象的な要素がある人は良いのですが。
荀攸や程昱あたりになってくると、イマイチどんな人だったか微妙になってきません? ましてや劉曄とか鐘繇あたりになってくるともう???って感じ。
(ただ陳羣は、素行の悪い郭嘉を弾劾しまくっていたエピソードから、一昔前のネットの三国志創作界隈では「風紀委員長」キャラが確立され、お姉様方が好んで「不良」郭嘉と絡ませていた印象がありますけど)
しかし戯志才が長生きしていればその名前力で、存在感はそこらの参謀連中をごぼう抜きし、史実でもフィクションでも活躍したに違いないのです。
諸葛亮や司馬懿と一緒にビーム撃ってましたよ。きっと。
あるいは郭嘉と共に、不良軍師の双璧をなしていたかも。
幻の名参謀・戯志才。
その早世が非常に惜しまれます。※5

※1:戯志才の事績について詳しくは、
Wikipedia:戯志才
風篁楼:三国志修正計画:郭嘉伝、荀彧伝
Kazimayaa:戯志才特集①、戯志才特集②
あたりを参照のこと。
なお「戯志才特集①」の記事でも、 戯志才という名前の字面の良さについて言及されており、やっぱりみんな思いますよねーとなりました。
※2:『少女廻戦』なる中華産(?)ソシャゲにて、美少女化している戯志才を確認しました(というかこのゲームは例によってみんな美少女化しているようですが)。
「#戯志才UR」
— 【公式】少女廻戦 (@shoujokaisen) March 22, 2022
命あるもの、全ては手のひらの花のようにゆっくりと枯れていく...。 軍師「戯志才UR」(CV. #小清水亜美) 登場
開催期間
2022年3月22日(火)11:10:00~2022年3月29日(火)09:59:59#戯志才 #少女廻戦 pic.twitter.com/pKQl4B4PyH
※3:中国語版Wikipediaの「戯姓」のカテゴリーを見ると、戯志才の名前しか挙がっていません。この「◯姓」のページは、個別記事のないような人物の名前でも記載されていることが多いので、三国時代どころか中国史を通しても、相当レアな姓と言って良いのだと思います。
というかここまでレアだと、本当に「戯」なんすか? 誤記なのでは?(邪馬台国/邪馬壱国の例もあるし) そもそも本当にそんな姓あるの?とか疑いたくなるのですが、出身地こそ違えど、同時代に戯子然という人物がいたようです。
参考:三国与太噺 season3:戯姓? 【戯子然】
また百度百科のほうの「戯姓」の記事」は、もう少し姓のルーツなどについて詳細な説明があり、歴史上に名を残した人は少なくとも、ちゃんと実在する姓のようで、失礼しました。
※4:Wikipediaでは「字と思われ」る、としていますが、どうなんでしょう。たしかに2文字の名前が多くなるのって、西晋末〜東晋くらいからの印象があるので、字のほうが自然な感じはしますが……。
と思っていた矢先、以下の記事がありました。ウィキペディアンが勝手に言ってたわけじゃないのですね。これまた重ねて失礼しました。
Kazimayaa:戯志才特集③
それにしても、戯志才って史書の片隅に名前が残るだけのマイナー人物かと思いきや、上の記事などで紹介されているように、後世の人からの言及が(そのマイナーさの割には)多いというのは意外でした。
やはり現代日本人だけでなく、かつての中国人にとっても、「戯志才」という名前は、何か放っておけなくなるような輝きがあるのでしょうか……笑
※5:曹操軍の「幻の〜」系で言うと、夭折した天才児、曹沖もいるなと思ったのですが、コーエーの『三國志14』の仮想シナリオ「英雄乱舞」では、戯志才が曹沖軍の軍師を務めているらしくちょっと笑いました(参考)。幻の名参謀に幻の名君(実際に長生きしていたら、曹植と似たような立場になっただけでしょうけど)を補佐させる……コーエーさんも粋ですね。
