赤ちゃんをお迎えに行ったの?
私にはふたりの子どもがいます。
先に息子が、5つ離れて娘が産まれました。
実は私は息子を産んだ後しばらくの間、次の子どもを望めませんでした。
息子は生まれたその日から、ぎゃあぎゃあ泣き喚くきかんぼうで、抱きあげていないと眠ってくれない赤ちゃんでした。産後から数か月間、私は横になって眠ることができませんでした。くる日もくる日も夜泣きで何度も起こされて、まともな睡眠がとれないことが続きました。1歳を迎えてもなお寝かしつけるのはひと苦労、1歳半にはお昼寝もしなくなりました。
故郷を遠く離れて身内もおらず、知らない土地で始まった結婚生活。
さらに出張がちな夫のため、ワンオペ育児は新米ママの私にとってほんとうに過酷でした。
ですから「次の子」と思うだけで吐き気をもよおしてしまうほどになり、育児というものがこんなに大変なら私には二人目なんて「無理だ」と思っていたのです。
けれども、息子は3歳になったころからだんだん朝まで眠ってくれるようになり、生活リズムも徐々に落ち着き始めました。それに伴って私も自然と心身が回復してきました。
それでも次の子どもを持つことにはまったく自信がありませんでした。まだまだ手のかかる息子に、さらに赤ちゃんが加わる生活など私にはとうてい乗り越えられる気がしなかったのです。
ところがそんな折、息子には「妹がやってくる」ことがもう分かっていたのかと思わされる出来事がありました。
それは4歳になってしばらくのこと。
私が出かけようとして車を降りたあと、ふいに息子が夫に聞いたそうです。
「おかあさんは、赤ちゃんをお迎えに行ったの?」と。
そのとき私が妊娠していたことがわかったのは、もう少し先のことです。
なぜ息子が唐突にあんなことを言ったのかと、今でも不思議に思います。
***
お腹も少し膨らんできたころ、まだ性別がわからなかったときに、ふと息子に聞いてみました。
「男の子だとおもう?女の子だとおもう?」
すると
「女の子!」
と間髪入れずに答えました。
それから
「ぼくが名前つけていい?」と。
いいよ、と言うと即座に
「くるみちゃん!」
「この子はくるみちゃんだよ!」
それはなにかのキャラクター名でもなく、身近にそんな名前の子もいませんでした。
なんとも愛らしい名前をよく思いついたものです。
息子は私より先に赤ちゃんの名付け親になりました。
その日から産まれるまで、おなかの赤ちゃんの名前は「くるみちゃん」になり、息子はお腹をなでたりお口をくっつけて喋りかけたりしてとても可愛がりました。
やがて産まれたのは、息子の宣言通り「女の子」でした。
知らせを受けた息子は、夫と産院に向かうとき「赤ちゃんに読んであげるんだ!」と自分の絵本をかき集めて持ってきてくれました。
妹と会えるのが楽しみで待ち遠しくて仕方が無かったのでしょう。
しかし、遊び盛りの息子を赤ちゃんのペースに合わせさせることは、さまざまなことを我慢させることにもなりました。幼稚園のお迎えのあとに友達と一緒に園庭で遊ばせることもできなかったり、外に遊びに行けなかったりとなにかと辛抱させてしまうことを申し訳ない気がしていました。
けれども駄々をこねることもなく「いいお兄ちゃんぶり」をいつも発揮してくれましたから、ほんとうにあの頃息子にはずいぶん助けられました。
息子は妹が生まれてからというもの、まるで私のもう一つの目になって、いつも妹を見守ってくれているかのようでした。
そのおかげで、母親としての自信がまるでなかった私でも、なんとかもう一人の子どもを育てることができたと思っています。
***
ふたりきりの兄妹。
これまで一度の喧嘩もせずに育ちました。もう互いに社会人になり、息子の方はすでに家を出て会うことも少なくなっていますが、帰ってくればふたりでお出かけするような仲の良い兄妹です。
ふたりを見ていると、この子たちは生まれる前のお空の上でおかあさんのもとにくる約束をしあってきたような気がしてしまうのです。
兄は妹に「きみは僕のあとに来るんだよ。だけどおかあさんがたいへんだからすぐに来ちゃだめだよ。いいね、わかった?」とよーく言い聞かせているような微笑ましい姿が、私にはつい目に浮かんでくるようなのです。
だから妹は今でも不思議なくらい、兄の言うことだけは素直に聞くのではないか、そんなふうにも思えるのです。
本当のことはわかりません。
けれど、今、私が確かに言えることがあります。
私は二人の子どもに、母親へと育ててもらった。
それだけは本当なのです。

