滑った 転んだ
この1年、怪我が多かった。
ドンキの玄関マットに躓いて滑り、酷く転倒する。
身動き出来ずに暫くじっとする。
なんだか、殺虫剤吹き付けられたゴキちゃんみたいに思えた。
沢山の人だかり。
片方の手術した足を護った。
すると、反対の足がやられた。
つまり、私は両足をやられたことになった。
泣くに泣けないとは
この事…
救急車を呼ばないと〜!と
誰がが声を張り上げた。
私は
意外にも冷静で、
いや、あのーいいです!!
暫くじっとさせて下さい。
なぜなら、手術した足を直ぐに動かしたら不味いと思ったからだ。
それから、
申し訳ないですが、椅子に座らせてもらえますか?とお願いした。
高齢の私、かなり図太い神経になったとふと感じた。
店先で横たわっている訳にはいかず、そう、お願いする。
何人かの男性に抱きかかえられ、椅子に座らせて頂く事になる。
重たくて参ったのではないかと。
申し訳ない🙏
痛がりながらお礼を述べる。
時間置いて私は、なんとか、5分程歩きマンションへ帰る。
冷やさなければ!!
徐々に痛みが増して来た。
深夜、益々、痛みが増し、大変な事になったと自覚する。
私はその日、油断した。
いつもの杖は要らないと。
なぜ術後1年足らずのまだ、不完全な足を労る気持ちが薄れていたのか。
しかも夜の出来事だった。
これが自分だと思った。
注意散漫。
先のことが読めない。
近眼の私、めがねをかけ忘れたようなもの。
めがねをかけると
世の中が嫌になる癖がある。
いつもぼんやりした中で暮らしてきた。
慣れとは恐ろしい。
見えなければ見えないで
それは、現実離れして
私には心地が良い。
多分、周りには気づかれずに来ていると思う。
都内の路線は複雑で覚えようにも覚えられない。
それでも強引に嫌なのだから。
世の中の現実を見たくない。
ボケていることが美しい。
シルエットは逆にはっきり掴める。
感覚が良くなる ( しかし、マットにつまづいたよ〜なぜ〜?)
想像力が逞しくなる。
人の奥に触れる事が出来る。
しかし、今回の転倒は
思いもよらず、
自分のした事に呆れ返る。
油断大敵。
なぜ、あの時、杖を持って出かけなかったのか。
後悔だけがひたすら残る。
お陰で私は両足に痛みを感じ、外出が怖くなる。
だが、誰かに付き添ってもらう気はないらしい。
というか、誰もいない。
毎日、苦戦しながら、悔やみながら暮らしている。
そんな私、以前から動物園に行きたかった。
細やかな夢さえ、今は難しい。
なぜなら
動物園はどこも平坦ではない。
カバ、ライオン、ワニ、キリン、ペンギン、クマ、ゴリラなどなど、みんなに会いたい。
そして描きまくりたい。
それが高齢になってからの
細やかな夢。
今はリハビリに通いながら、この小さな可愛い街で大人しくしている。
これ以上、身体をお粗末にしない様、大切な二本足を労ってあげることに専念する日々。
平坦な動物園を探してみたい。
そして、みんなに会いたい。
その時には、メガネ必須。
なぜなら、遠過ぎてみんなが見えない(笑)
それより、そろそろ、老眼鏡でしょう😱
かも知れない。
