カロニア群島神話録『パックルルルカス神話』5章3節「ルペモスと老人」謎の老人の提案で2人は勝負をする事に
私の父のお祖父さんのそのお祖父さんのお祖父さんがこんな話を聞いたんだ。
…
前触れなく、突然現れた老人に驚きつつもルペモスは答えた。
「私は私の大切なもの、愛するもの、私が私たらしめている人を連れ戻しに行くのです」
老人は温和な声と、それに反して鋭さのある目で言った。
「若者よ。一つ勝負をしよう。儂は昔から勝負事が好きでね。私との弓勝負と問答をして少し賭けをしないか?」
ルペモスは急いでいると伝えたが、老人は遮るように言葉を重ねた。
「儂は勿論自分の勝ちに賭けよう。そうだな、この弓を賭けるとしよう」
そう言って、黒く立派な弓を掲げた。
ルペモスは観念し、大切なハルムトゥを膝の上に置いた。
「ならば私は、私が負けない方にこのハルムトゥを賭けます」
老人は嬉しそうに微笑み、弓勝負を始めた。
「ここから大きな木を三本越えた先に金の果実が生っている。それを射抜けるかな?」
聞き終えるや、ルペモスは矢を継ぎ、弦を引き、矢を放った。
放たれた矢は大きな弧を描き、
見事に金色の果実の真ん中を射抜いた。
老人は同じように弦を引き、金色の実のヘタの上、枝と果実をつなぐ軸を射抜いた。
ルペモスは舌を巻いた。
「真ん中を射抜いては実が食べられないからな」
と老人は如何にも愉快と言ったように笑った。
そして老人はルペモスの方へ振り向きドカリとすわり、小さな太鼓を叩きながらルペモスへ問い始めた。
「ルペモスよ。お前はなぜ影の谷へ向かう?」
名乗ってもいないのになぜ自分の名を知っているのか疑問に思いつつも、ルペモスは返す「私が生きるのに必要なものを連れ戻すだけです」
「ルペモスよ。谷の闇は深く、己の影をも隠し、後ろめたさをさらけ出させる」
「私は後ろめたい事は何もないですが、かの娘と並ぶとその美しさと聡明さにきっと怯むでしょう。
しかし私は今までしてきたように愉快に踊り、音を鳴らし、野山を駆け、矢を射ます。
それが私自身であり、かの娘が望む姿だと思います」
老人はフフと笑い、太鼓を止めた。
「問答はもういい、気が変わった」
そう言うと老人は弓をルペモスに渡そうとした。
ルペモスはそれを拒み、「今の問答は引き分けとしても、弓勝負では負けています」と言った。
老人は再びニヤリと笑い、「儂は果実を射抜けと言ったのだ、儂は 果実を射抜いてはおらんぞ」
と言うや堪えきれず笑い出した。
「儂が撃ち落としたあの果実も持っていけ。お前の助けになるだろう」
そう言い、改めて弓を渡しこう続けた。
「この弓はボリボリが選んだ「島で最も硬い木」と「島で最も靭やかな木」を幾重にも重ねて鍛え、トハンブリーが連れてきた「屈強なクジラのヒゲ」で弦を張った、戦の神トーブの玄弓だ。放たれる矢は遥かまで飛び、その弦鳴りは多くの邪悪を払うだろう」
ルペモスは驚きと感謝に深々と頭を下げた。
再び頭を上げた時、老人の姿は忽然と消えていた。ただ豪快で愉快そうな笑い声だけが響いていた。ルペモスは再び歩き出した。
5章3節 了
カロニア群島神話録:解説
突如として現れた謎の老人との勝負を経て、ルペモスはトーブの玄弓(くろゆみ)と呼ばれる強力な武器を手に入れます。老人に宣言した「心の赴くままに、愉快に踊り、音を鳴らし、野山を駆け、矢を射る」という言葉は、一見気楽に聞こえますが、実は現代のカロニア群島の人々が大切にする生き方の指針——「心音に従って生きよ」というポリシーのようなものとして、今も息づいています。ところで、あの謎の老人の正体は何者なのでしょうか。
この神話の中で明言されてはいませんが、幾つかの説が存在します。その詳細は「カロニア群島神話録雑考:謎の老人の正体」の項に譲ろうと思います。
根津曽大学
プセポリネシア研究室
教授 畑里増郁
