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「人生の残り時間」理学療法士34歳、退職してW杯へ

今年で34歳になります。
安定した仕事もあります。
大きな不満があるわけでもありません。

それでも私は、退職してワールドカップに行くことにしました。

第1章|もう戻れないところまで来た日

2025年5月31日。
私は職場のリハ室の隅で、直属の上司であるリハ部長にこう伝えました。

「5月末で退職します」

私が今勤めているのはクリニックです。
理学療法士としてリハビリ業務を行っています。

この職場には約10年勤めていました。
しかも「辞めるときは1年前に言ってほしい」と以前から言われていたため、この言葉を口にするまでに、かなりの覚悟が必要でした。

正直、かなり緊張していました。
言った瞬間に、「あ、もう後戻りできないな」と思いました。

それと同時に、不思議と安堵感もありました。
ずっと前から辞めたい気持ちはあった。
でも、それを言葉にできずにいた。
だからこそ、「やっと言えた」という感覚のほうが、強く残っています。

上司の反応は、少し意外なものでした。

「もう一度考え直してほしい」
「働き方や給料など、不満や条件があれば改善するから」
「1週間後までに、希望があれば教えてほしい」

引き止められるとは思っていなかったわけではありません。
それでも、実際にそう言われると、10年という時間の重さを改めて感じました。

ただ、その言葉を聞いても、気持ちは揺れませんでした。
なぜなら、この退職は衝動的な決断ではなかったからです。

退職が確定し、「7月中旬までは有給消化になる」と分かった瞬間、
真っ先に頭に浮かんだのは――ワールドカップでした。

そもそも、私が退職時期を2026年5月末にした理由は、
2026年北中米ワールドカップを現地で観るためです。

この決断は、4年前から決めていました。
「W杯に行く。そのために、このタイミングで辞める」
ずっと心の中で決めていたことでした。

だから、有給が確定したときの感覚は、
「不安」よりも
「いよいよ来たか」という実感に近かったです。

W杯の航空券とホテルを取ったのは、退職を伝えた後でした。

2025年5月の時点では、
まだ組み合わせも、開催地も決まっていませんでした。

2025年12月6日。
この日は仕事がありましたが、朝4時に起きて組み合わせ抽選会を確認しました。

抽選結果を見た直後、
私はすぐにダラス行きの航空券をマイルで取りました。

マイルで行く以上、迷っている余裕はありませんでした。
「取れるうちに取る」
それだけでした。

実際、ANAの予約サイトは混雑のため、
アクセスできませんでした。

そのためANAに直接電話し、
マイルで航空券を発行してもらいました。

翌12月7日には開催都市が確定し、
グループリーグ3試合分のホテル、
メキシコまでの航空券も押さえました。

その瞬間、はっきりと思いました。

「これは、もう行くやつだな」と。

退職も、ワールドカップも、
もう「計画」ではなく、確定事項になった瞬間でした。

第2章|この決断を「現実的」にしたもの

正直に言うと、
副業をしていなかったら、
今回の「退職」と「W杯現地観戦」という2つの決断は、かなり難しかったと思います。

行くか、行かないか。
辞めるか、辞めないか。

その二択以前に、
「選べる状態」になれていなかったはずです。

私にとって、副業で得た月5万円は、
生活を劇的に変える金額ではありませんでした。

でも、この5万円には
2つの意味がありました。

ひとつは、最低ライン
これだけあれば、最悪どうにかなる。
生活が一気に崩れることはない、という感覚です。

もうひとつは、可能性の数字
「このやり方で、もう少し増やせるかもしれない」
そう思わせてくれる金額でした。

この2つが重なったことで、
未来を想像できるようになりました。

副業収入が出始めてから、
お金に対する不安は、確実に減りました。

理由は単純で、
「会社の給料だけが、自分の収入じゃない」
と実感できたからです。

会社に縛られなくても、
自分の手でお金を生み出せる。

この感覚は、
数字以上に大きな意味を持っていました。

退職を伝えたとき、
「条件を改善するから考え直してほしい」
と言われました。

それでも気持ちが揺れなかったのは、
この職場で働き続ける未来が、
自分にはどうしても想像できなかったからです。

ノルマ。
自分では変えられない評価基準。
そして、65歳まで馬車馬のように働く未来。

条件が少し良くなったとしても、
根本は変わらない。

そう思ったとき、
「ここに留まる理由」が見つかりませんでした。

副業を始める前の自分に、
今の自分から声をかけるなら、
きれいな言葉は選びません。

「このままじゃ、衰退するぞ」

たぶん、当時の自分には
それくらい強い言葉が必要だったと思います。

この章で伝えたかったのは、
「退職しろ」ということではありません。

副業をやることで、
人生の選択肢が増えること。

そして、
選択肢が増えると、
精神的な余裕が生まれること。

この2つです。

辞めるかどうかは、人それぞれ。
夢を追うかどうかも、人それぞれ。

ただ、
「選べる状態」を作っておくことだけは、
どんな人にとっても、無駄にはならない。

私はそう思っています。

第3章|なぜ、W杯だったのか

私がサッカーを
「ただの趣味」以上に好きだと自覚したのは、かなり早い時期でした。

地元にJリーグのチームがあり、
自分自身もサッカーをしていました。
気づけば、小学生の頃からサッカーは生活の一部でした。

そして、サッカーに初めて本気で熱狂した瞬間が、
2002年の日韓ワールドカップです。

あのときの日本中の空気感、
スタジアムの熱、
テレビ越しでも伝わってきた異常な高揚感。

「あ、これは特別なものなんだ」

そう感じた体験が、今もずっと残っています。

その後も、
南アフリカ、ロシア、カタール。
ワールドカップは毎回テレビで見ていました。

どの大会も、本当に勇気をもらいました。
試合そのものだけでなく、
4年間の想い、
国を背負って戦う姿、
スタンドの熱狂、
一瞬で人生が変わるようなドラマ。

見るたびに、
「この熱狂を、現地で体感してみたい」
そう思うようになりました。

現地で見たら、
自分の価値観が大きく変わるんじゃないか。
人生の見え方そのものが変わるきっかけになるんじゃないか。

そんな予感が、ずっとありました。

正直に言うと、
「今回はやめておこう」と思ったことはありません。

ロシアも、カタールも、行きたかった。
でも、1か月近くの有給を取ることは現実的ではなく、
仕事を辞めるほどの決断には至りませんでした。

だからこそ、
2026年大会は最初から違いました。

「行くなら、辞めるしかない」

そう腹をくくれたのが、このタイミングでした。

「今じゃないとダメだ」と思えた決定打は、
年齢と、仕事の区切り、
そして自分の中の変化でした。

30代を迎えて、
どこかで
「このままでいいのか?」
という感覚が強くなっていました。

根本的な価値観や人生観を、
一度ちゃんと揺さぶってみたかった。

人生は一度きり。
本当にいつ死ぬか、動けなくなるか、
わからない。
だったら、
やりたいことをやってみたかった。

それだけです。

もし、このワールドカップに行かなかったら。

5年後、10年後の自分は、
きっとこう思っているはずです。

「あのとき、体力があるうちに行っておけばよかった」
「あの大会を現地で見ていたら、
 仕事も、価値観も、
 何かが変わっていたかもしれない」

そういう後悔は、
たぶん一生残る。

それだけは、はっきり分かっていました。

サッカーを通して、
私が人生で大事にしたいと思っているのは、
熱狂することです。

楽しいことだけじゃなく、
悔しさも、苦しさも含めて、
何かに本気で熱狂できる時間。

それがある人生のほうが、
きっと後悔は少ない。

ワールドカップは、
私にとって
その象徴でした。

第4章|この決断が正解かは、まだ分からない

別に今の会社が嫌いなわけじゃない。
ただ、このまま何も変えない未来のほうが怖かった。

この決断に、不安がまったくないかと言われたら、
そんなことはありません。

ただ、意外かもしれませんが、
退職そのものに不安はほとんどありません

不安なのは、
円安と物価高の中でアメリカに行くこと。
さらにメキシコにも行く予定なので、治安の不安もあります。

海外旅行はこれまでに4回経験していますが、
今回は初めての一人旅です。
そこは正直、怖さがあります。

「これ、間違ってたかもな」と
ふと頭をよぎる瞬間があるとすれば、
それはやっぱりお金のことを考えたときです。

この先どうなるか分からない。
使いすぎていないか。
帰ってきたあと、大丈夫か。

そういう現実的な不安は、
完全には消えません。

それでも、
「まあ、なんとかなるか」と思えるのは、
これまでちゃんと準備してきたという実感があるからです。

行き当たりばったりではなく、
下調べもした。
心の準備もした。
お金の準備も、できる範囲でしてきた。

不安がゼロじゃなくても、
「無謀ではない」と思えるだけで、
人は前に進めるのだと思います。

もしワールドカップが終わって、
一人で日本に帰ってくる飛行機の中で、
自分に声をかけるとしたら。

「よくこの決断をしたな」
「これができたなら、これからの人生、大体は大丈夫だよ」

きっと、そう言うと思います。

この章で一番伝えたいのは、
とてもシンプルなことです。

人生は一度きり。
楽しんだもん勝ち。

きれいな言葉じゃないけれど、
今の自分には、これが一番しっくりきます。

この決断は、
誰かに評価されるためのものではありません。

「すごい」と言われなくてもいい。
「もったいない」と言われてもいい。

自分がやりたいからやる。
自分の人生なんだから、
自分で決めたい。

それだけです。

最終章|あなたは、どうする?

このnoteを書いてみて、
あらためて思うことがあります。

退職とW杯を通して、
自分が一番得たものは何か。

それは、お金でも、肩書きでもなく、
「自分の人生を生きている感覚」でした。

まだ途中です。
これから不安もあるでしょう。
想定外もあるかもしれない。

それでも今、
純粋に「楽しい」という感情がある。

楽しいことを、自分で選んでいる。
その感覚が、何より大きい。

今回の決断は、
私にとっては
夢を追ったという表現が一番近いです。

大きな夢かどうかは分かりません。
でも、自分にとってはずっと心にあったもの。
人生で必ず叶えたい夢の一つでした。

後回しにせず、
ちゃんと向き合った。

それだけです。

もし今、
あなたに「やりたいけど怖い」ことがあるなら。

一度、人生の残り時間を考えてみてほしい。

何歳まで動けるか。
あと何回チャンスがあるか。

それでもやりたいと思うなら、
いきなり大きく動かなくてもいい。
少しずつでいいから、向き合ってみる。

やらなくてもいい。
でも、一度は真剣に考えてみる。

それだけでも、
人生の見え方は変わると思います。

これから私は、
「サッカー好きの理学療法士」として発信していきます。

サッカーという好きなこと。
理学療法士という仕事。

その両方を通して、
背伸びしない、等身大の人生と言葉を届けたい。

完璧じゃなくていい。
迷いながらでもいい。

そんな姿を、そのまま出していきたいと思っています。

最後に、

私は今年で34歳です。
自由に動ける時間は、思っているより長くありません。

時間は、本当に有限です。

だから私は、今を全力で楽しむことにしました。

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