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20代の挽歌


29歳の誕生日。午前0時を過ぎた瞬間、スマホの通知がひっきりなしに届くかと思いきや、メッセージはたったの2件。母親からの「おめでとう」と、飲み屋の友人からの「明日、飲みいこうぜ」だけだった。

「…まぁ、こんなもんか」

私はひとり暮らしのアパートのベッドで、天井を見つめてため息をついた。

私の20代は、まるで鳴り物入りのロックバンドの初ライブだった。派手なライトと轟音、熱狂的なファンに囲まれて、これからの未来は無限だと信じて疑わなかった。大学を卒業して、誰もが羨む大手企業に就職。すぐに部署の先輩と恋に落ちた。

彼は優しくて、仕事もできて、本当に非の打ち所がない人だった。私たちは週末には小旅行に出かけ、平日の夜は彼の部屋で未来の話をした。30歳までには結婚して、2人でどんな家に住もうか、何人子どもがほしいか。そんな話をするたびに、私は自分の人生が輝かしい未来へと向かっているのだと確信していた。

しかし、その輝きは突然消えた。

彼が転勤になったのだ。海外への長期赴任。

「ごめん、待たせてしまう」

彼はそう言って、涙を流した。私は「大丈夫だよ、待ってる」と精一杯笑顔を作った。でも、知っていた。私たちの未来はそこで終わったのだと。物理的な距離だけでなく、心の距離も開いていく予感がした。連絡は徐々に減り、そしてある日、彼は「新しい出会いがあった」とだけ告げて、私たちの関係は終わった。

そこから私の20代の後半は、まるでライブ後の静寂だった。残されたのは、鳴り止んだ轟音の余韻と、空虚なステージだけ。

仕事は順調だった。いや、順調にしようと必死だった。彼との別れを埋めるように、私は仕事にのめり込んだ。終電まで働き、休日も会社に行っては企画書を書いていた。誰にも弱みを見せたくなくて、辛い時も無理に笑った。周りの同僚からは「仕事の鬼」と呼ばれ、同期は次々と結婚していく中、私はただひたすらに走り続けた。

28歳になった頃、体調を崩して入院した。働きすぎが原因だった。

白い病室のベッドの上で、私は初めて立ち止まった。何のために、誰のために、こんなに頑張ってきたんだろう。ふと窓の外を見ると、桜並木が見えた。満開の桜が、風に吹かれて舞い散っている。その光景が、まるで私の20代の終わりを告げる挽歌のように見えた。

退院後、私は会社に辞表を出した。自分のやりたいことを見つけるために、何もかもリセットしようと決めたのだ。

そして今日、29歳の誕生日を迎えた。

あの頃の熱狂はもうない。でも、今はとても静かで穏やかな気持ちだった。

スマホをベッドサイドのテーブルに置き、私は窓を開けた。冷たい夜の空気が部屋に入り込んでくる。見上げると、満月が煌々と輝いていた。

「…20代の私、ありがとう」

私はそっと呟いた。

「そして、さよなら」

もう後悔はしない。誰かがくれた輝かしい未来じゃなく、自分で作る新しい人生を、30代は歩んでいく。静かで、優しい、私だけの挽歌を胸に。

窓から吹く風が、そっと私の頬を撫でていった。

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