君色オセロ。
――今回の謎解きと物語はオセロを題材にしようと考えている。それは、オセロが生まれた場所が、水戸だからだ。
人生は物語。
今日は「君色オセロ。」というテーマで話していく。
「水戸謎」のタイトル
僕は今、謎解き制作集団「Mito Escape」の代表を務めている。茨城県内の街を舞台にした周遊型の謎解きイベントの謎制作を担当している。これまで石岡、つくば、笠間などで手掛けてきた。去年の11月には、ご縁があって金沢での周遊謎の制作も手掛けた。
僕が代表を引き継いだのは今年度からなんだけれど、そのときからずっとやりたいと思っていたことがある。水戸謎の開催だ。Mito Escapeの拠点でありながら、水戸の街を舞台にした周遊型の謎解きイベントを大々的に行ったことはなかった。
水戸の街の魅力を再発見できるような、名刺代わりになるような、そんなイベントをいろんな人を巻き込みながら開催したいと考えている。

今もゆっくりと静かに動いていて、毎日のように少しずつ前進している。今週末には観光協会の方や協力してくれる町おこしの団体の運営の方との打ち合わせが入っている。来週末にはコンテンツのために必要な取材のアポを取った。
企画書も作成して、協力していただける方には今後共有していくつもりでいる。企画書ができたということは、プロジェクトの名称も決まったということで、今回はそれについて語っていこうと思う。
水戸の街を舞台にした周遊型の謎解きイベントのプロジェクト名。
『君色オセロ』
きっとこの先、紹介をするときには「水戸謎解き街歩き『君色オセロ』」と伝えるだろうし、もしかしたら副題が添えられたりするかもしれない。ただ、メインタイトルはこれでいこうと思う。
実は水戸がオセロの誕生地
今回の謎解きと物語はオセロを題材にしようと考えている。それは、オセロが生まれた場所が、水戸だからだ。そう、意外と知られていないのだけれど、あの世界的ゲームの誕生の地は茨城県の水戸なのだ。
歴史もそう古くない。戦後に考えられ、開発が進んで商品化したのは1973年のこと。そこから瞬く間に普及して、今では誰もが知っているゲームのひとつとなった。たった5、60年の話なのである。
みんなが知っているものこそ正義の僕からしたら「オセロ」ほど魅力的な題材は水戸にない。確かに、納豆や水戸黄門、偕楽園といったキーワードはあるけれど、オセロには勝らないと思った。
いい意味で、水戸らしさがそこにないからだ。
歴史的で文化的な街であるけれど、わざわざ県外から足を運んでいこうとする人は多くないし、若者にとって目的地になるような場所があまりない。これはMitoEscapeだけでなく、謎解きを楽しむ層は20~30代(特に女性)が多い。
今回の水戸謎で、そういった層を呼び込めたら最高だ。

君色オセロ
タイトルに「君色」と添えたのは、この謎解きで発信するメッセージを込めたかったから。
水戸謎の物語をどんなものにしようか考えたとき、せっかくなら僕の人生を下地にしたいと考えた。その方が愛着を持てるからだ。
僕は東京で生まれ育った。18年東京で暮らしていたけれど、大学受験に失敗して、茨城大学に転がり込んだ。望まない進学だったし、コロナ禍だったし、希望を見出しにくい時代を過ごしていた。
それでも僕は、自分らしさを見つめ直し、自ら動き出すことで何かを変えることができるかもしれないと信じることにした。僕にとって、自分らしさとは本だった。自分の小説を本にして、ひたすら手売りして、イベントを開いて……。
就活は全くしていない。それでも僕は水戸で仕事を見つけた。日本一の民泊企業を目指す会社で仕事をしている。また、こうして謎解き作家としても活動を始めた。




全ては運と縁だと思っているのだけれど、たまには声を大にして言いたい。
自分の手でひっくり返したから、世界の色が変わったんだ、と。
どれだけ誰かの色に染められても、とっておきの一手で自分の世界を自分の色に変えることができる。オセロと同じように、一発逆転の一手が、一度ひっくり返してしまえばとんとん拍子でひっくり返すことができるような一手が、きっとあるはず。
その一手はどこに眠っているか分からないけれど、自分の手でひっくり返さないことには始まらない。見つけるまでは、それを探すように生きなければいけない。でも、きっといつかは見つけられるはず。だからこそ、動き続ける必要がある。
そんなメッセージを『君色オセロ』には込めている。謎解きと物語で、たくさんの人にそれを伝えにいこうと思う。
20260108 横山黎
▼大学4年間を下地にした物語にする。
