オセロは、焼け野原の水戸で生まれた。
ーー戦後、青空の下で授業が始まっていく。休み時間になっても、焼け野原の水戸に遊ぶものは何もない。自分たちで遊びをつくっていくしかない。そこで生まれたのが、今のオセロの原型にあたるものだった。
人生は物語。
今回は「オセロが生まれた物語。」というテーマで物語っていく。
日本オセロ連盟に取材
僕は今、謎解き制作集団「Mito Escape」の代表を務めている。茨城県内の街を舞台にした周遊型の謎解きイベントの謎制作を主に手掛けてきた。今年度から僕が代表を務めることになって、去年の4月から謎解きの人として動いてきた。
今年手掛けるプロジェクトのなかで、最も重きを置いているのが水戸の街を舞台にした周遊型の謎解きイベント。Mito Escapeと名乗りながら、拠点である水戸で大々的にやったことがなかったので、いろんな人を巻き込みながら名刺代わりになるようなイベントを立ち上げたいと考えている。
その水戸謎の題材に選んだのは、「オセロ」だ。
あまり知られていないのだが、世界的ゲームであるオセロの発祥は、なんと茨城県の水戸である。シェイクスピアに「オセロー」という作品があるし、イギリスあるいは欧米諸国だと勘違いしている人は多いと思う。僕自身、これを知る前はそう思っていた。
オセロが生まれたのは、紛れもなく水戸。
僕が周遊型の謎解きイベントの舞台に選んだ街である。
これは使わないわけにはいかないと思ったし、謎解きのギミックとしてもいろいろ探り様があるのではないかと考え、題材に選んだ。オセロを使うということですぐに僕は動いた。
日本オセロ連盟に問い合わせをした。
「取材をさせてくれませんか?」
焼け野原の水戸で
年明けに連絡を取って、アポイントを取った。その取材の日が今日だったので、午前中お伺いすることになった。取材相手は、長谷川武さん。オセロの生みの親である長谷川五郎さんの息子だ。
事前にネットや本で調べてはいたが、改めて長谷川武さんからオセロの物語を聴かせてもらえることになった。今日、明日と、その話を整理していこうと思う。
オセロは、焼け野原の水戸で生まれた。
第二次世界大戦の戦禍、アメリカによる空襲で日本は甚大な被害を被った。有名なのは広島と長崎の2か所だけれど、他にも空襲の被害に遭った場所はある。そのうちのひとつが、水戸だ。
いわゆる「水戸空襲」と呼ばれるもので、1945年の8月2日にB29が爆弾を投下し、水戸の街が火の海と化した。当時水戸に住んでいた長谷川さんは当時中学生で、その被害を目の当たりにした。
戦後、青空の下で授業が始まっていく。休み時間になっても、焼け野原の水戸に遊ぶものは何もない。自分たちで遊びをつくっていくしかない。そこで生まれたのが、今のオセロの原型にあたるものだった。
当時は「挟み囲碁」と称して、囲碁の駒を使っていた。同じ色で挿んだら、間の碁石をその色に取り換えていくというもの。オセロでいうところの「ひっくり返す」が、「取り換える」だったのだ。
簡単なルールで覚えやすく、囲碁や将棋を知らないクラスメイトとも盛り上がれたという。ただ、その盛況も長くは続かず、それ以降、「挟み囲碁」は忘れ去られることになった。
世界がひっくり返った日
大学卒業後、製薬会社に勤めていた長谷川さんだったが、あるとき、交通事故に遭い、生死を彷徨う瞬間があったという。無事に一命を取り留め、入院をすることになったのだが、ここで転換期を迎える。
他の入院患者との交流のなかで、学生時代にやっていた挟み囲碁のことを思い出したのだ。囲碁や将棋では時間がかかるし、人によってはルールを知らない。そこで、長谷川さんが挟み囲碁を紹介して、一緒にやることになった。
そしたらこれが人気を博し、瞬く間に他の入院患者にも広まった。医者や看護師にも広まって、医療的な観点からも賞賛されるほどであった。
入院患者や医療関係者だけでなく知り合いや家族にも後押しされて、長谷川さんはこのゲームの可能性を信じて、玩具会社に売り込むことにした。
名前の「オセロ」は、冒頭にも少し触れたがシェイクスピアの「オセロー」から取った。黒人の兵士と白人の美女が登場し、目まぐるしく場面が展開する物語に、オセロとの親和性を見出したのだ。『オセロー』で緑の大地を舞台に戦いが繰り広げられたことから、オセロの盤面の色が緑になったといわれている。
長谷川さんの売り込みは奏功し、1973年にオセロが発売。瞬く間に人気を博して、日本中にオセロ旋風を巻き起こした。1977年からはオセロの世界大会も始まり、その人気は世界レベルにまで達した。世界がひっくり返った。
オセロ発売からはまだ50年ほどしか経っていない。しかし、今でもなお国内外でオセロの人気は根強い。そんな世界的ゲームの発祥の地が水戸であることを、今の僕はとても尊く思っている。
春に開催するイベントの謎に、物語に、オセロの魅力をも取り入れたい。そして、水戸の街おこしの一助になってほしいと願う。
20260117 横山黎
