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恋愛小説:マシーン・ガン(3)Machine Gun #創作大賞2025

1

静寂を切り裂くように、彼女の指先がギターの弦を強く叩きつけます。

その瞬間、轟音がアンプから爆発しました。それは、音というよりも、空気そのものを揺さぶる衝撃のようでした。ギターアンプのボリュームが、明らかに大きくなっていました。

まるで雷鳴が密室に響き渡る破裂の爆音。低音が床を伝い、教室の古びた窓ガラスが震えるほどの力強さ。ギターの弦をはじく彼女の手は強く、鋭く、研ぎ澄まされていました。

轟音は単なるノイズではなく、明確な意思を持ったサウンドとして、リズムを刻み始めていました。荒々しく歪みきったトーンが、重く、鋭く、銃声のように連続して空気を撃ち抜いていきました。僕には教室がモノクロの暗闇に見え、彼女はそのスポットライトを浴びていました。

彼女の演奏は、何かを切り裂くような激しさを帯びていました。怒り、悲鳴、爆発、混乱――それらすべてを、ギターという一つの楽器で描き出すように、フレーズは次第に音の密度を濃くしていました。

僕は瞬きもせずに立ち尽くしていました。僕の目の前で鳴り響いているのは、もはや少女のギター演奏ではなく、「人間の叫び」でした。

心の奥底に閉じ込められていた怒りや哀しみ、痛み、そして祈りのようなものが、音という形で激しく吐き出されている。それは美しさとは違う、しかし圧倒的な真実の熱を持った、彼女の”声”そのものでした。

音楽室の空気は張りつめ、夕陽の光も、まるでその熱に押し返されるかのように淡く、色を失っていました。彼女のギター演奏は、静かでもあり、そして激しく、怒りを秘め、深い悲しみに満ちていました。

機関銃のような連打音はリズミカルに、執拗に繰り返されます。その音の渦に巻き込まれながら、僕の中で何かが揺さぶられていくのを感じました。

耳に響くフレーズと共に、僕の目の前に、曲名がまた浮かび上がってきました。

「Machine Gun」

ジミ・ヘンドリックスの伝説的な反戦歌です。

彼女の指先から放たれる音の一つ一つが、弾丸のように空気を切り裂いていきます。

時折、演奏の中には一瞬の静寂が挟まれます。しかしそれは、より激しい音が来る、嵐の前触れに過ぎません。再び始まる弾丸のフレーズは、前よりも強く、より執拗に空間を満たしていきます。

彼女の身体が音楽と一体となり、小刻みに震えています。その姿は、まるでギターという楽器を通して、何かと激しく対話をしているかのようです。

目の前にでた曲名「Machine gun」のタイトルバックがフェードアウトし、また違う映像が差し込み、ゆっくりと再生を始めました。

これは新しい記憶なのか、感情なのか、別の何かなのか──まだ形を成さない塊のようなカーテンの分厚い布が、ゆっくりと剥がれていくようでした。

不意に、僕の意識がぐらりと揺れました。現実と夢、眠る直前の混沌のような、まるで目の前の空間そのものが波打ったかのように、教室の景色がぼやけ、歪み、音が遠ざかっていきます。耳の奥でギターと共に誰かの声が反響し、遠いエコー音になっていきました。

すると、違う舞台が目の前に広がっていました。

そこは、やはり教室でした。けれど、今いる音楽室とはまるで雰囲気が違う。空気が重く、冷たい。これまでみた「記憶」とも違う。

ギター演奏を背景に、色の抜けたその映像の中に「あの時の彼女」がいました。

2

教室の一番後ろの席。彼女の机の上には、無数の紙切れがばらばらに撒かれていました。何枚ものその紙には、黒いマジックで殴り書きされた言葉がありました。

「死ね」
「消えろ」
「くさってる」

感情のない文字の羅列が、机の上に広がり、彼女の存在を否定していました。

さらに、彼女が引き出しを開くと、中からは泥だらけのタオルや上履きが転がり落ちてきました。白かったはずの布は、もう何色とも言えないほど汚れ、濡れていました。

そしてその周囲では、他の生徒たちが何事もなかったかのように談笑し、教科書を開き、授業の準備をしていました。まるで、そこに「彼女」が存在していないかのように。

誰一人、彼女を見ようとしない。誰一人、目を合わせようとしない。

それは、無関心などではない。意図的な「無視」でした。

彼女だけが、その空間から排除されている。

彼女はゆっくりと立ち上がりました。

誰にも気づかれないように、机の横から静かにカバンを引き寄せ、音を立てないように席を離れました。

廊下へ出ると、しばらく壁に沿って歩き、誰にも見られないように、校舎の一番奥――
窓もない、薄暗い角のスペースにたどり着き、そこに膝を抱えて座り込みました。

腕の中に顔をうずめるようにして、小さな体を丸めて。

言葉も、涙も、そこにはありませんでした。
ただ、自分が誰の目にも映らない存在であることを、静かに、黙って、受け止めようとしているように見えました。

──その瞬間、僕の胸の奥に、何かがざわりと触れました。

……知っている。

この景色を、僕は知っている。

いや、違う。これは「知っている」のではなく――「覚えている」感覚でした。

これは、記憶。

でも、僕の記憶ではない。

誰かの――彼女の記憶だ。

そう思った瞬間、胸が軋むように痛みました。
肺のひび割れが透明に見えるように、ひどく息苦しくなりました。

なぜならその記憶は、直視できないほどに鮮明で、生々しく、そして──、切実だったからです。

……違う。

これは僕の記憶ではない。


私の──記憶でした。

3

体育の授業後、更衣室で私の制服が見当たらない日がありました。結局それは、体育館の裏で泥まみれになって発見されました。でも、誰かが持ち去ったとは証明できず、ただの「うっかり」として処理されました。

給食の時間は苦痛でした。グループでの食事を強要され、でも誰も私に話しかけることはありません。ただそこに座っているだけの存在。全く味がせず、時には、わざと私の分が他の子に配られてしまうこともありました。

清掃時間。私の担当は いつも最も重労働な汚れた場所でした。他の生徒たちは早く切り上げて帰ってしまい、結局一人で掃除を終えるまで残されることになります。真っ暗な場所で、ほうきを握っていました。

下駄箱にはいつも「消えろ」「死ね」「気持ち悪い」—様々な言葉が書かれた紙切れが、靴の中から出てきました。それでも私は、誰にも言わず、黙々とそれらを丸めては捨て続けていました。

教室に、廊下に、学校にいる私の周りを、他の生徒たちは無関心に通り過ぎていきます。誰一人として私に目を向けることはありません。私はまるで透明でした。

私は涙を決して流すことはありませんでした。その代わりに、深く呼吸をして、震える手で制服のスカートのしわを伸ばしました。私には感情が押し寄せてきます。孤独感。絶望感。そして、何よりも強い無力感。教室に戻るたびに繰り返される嫌がらせ。机の中に入れられる意地の悪い手紙。隠される上履き。消しゴムのかすが散らばる机の上。

それらすべてを、私はただ、見ていました。

これは私のことではない。そんな風にも思っていました。

そのうち、その毎日は、まるで誰かの夢を見ているようになりました。学校で過ごす自分の姿を、後ろから自分が見ているようになったのです。

私が、私をみている。そして、そのうちに、誰かの姿と、眼球を借りて――私自身の記憶を再生させた。


最初に聞いたジミ・ヘンドリックスの曲は、「Machine Gun」でした。

あの日も、雨が降っていました。校舎の窓に打ちつける音が、静かな図書室の中に鈍く響いていて、誰もいない背表紙の並ぶ空間の奥で、私は音楽雑誌を一冊、手に取りました。表紙は擦れていて、すこしページが波打っていた。開いた先に、突然目を奪われました——燃えるような背景、狂気すれすれの集中力を秘めた瞳、そしてまるで腕の一部のように構えられたギター。

その人の名前は、ジミ・ヘンドリックス。

ページの下部には「Machine Gun」とだけ書かれた紹介文がありました。

「ジミの真髄──戦争の叫びを、怒りのように、祈りのように、ただ音で撃ち続けた曲。」

ただそれだけの言葉に、心がざわついたのを覚えています。

帰り道、びしょ濡れになった制服のまま、スマートフォンでその曲を検索しました。

モノクロの音。ライブの前奏。何かを誰かがしゃべっている。最初は、雑音のようなギターのうねり。けれど、それは遠くで爆撃が鳴っているような音に変わった。銃声のようなピッキング。悲鳴のようなチョーキング。

そのすべてが、私の心の奥にずっと沈んでいたものに触れてきたました。

傷つけられたこと。無視され続けたこと。存在ごと否定されたような沈黙の重み。

「Machine Gun」は、その全てを代弁してくれているように聞こえました。

私は「Machine Gun」を聴きながら、ベッドで一晩中泣きました。あんなに出なかった涙が出た。感情を破裂させるように泣いたのは、あの日が初めてだったかもしれません。

その翌日、学校が終わると、私は楽器店の前に立っていました。

何度も前を通ったことのあるその通りで、初めて足を踏み入れた店でした。

湿った空気、金属と木の混ざった匂い、壁にずらりと並ぶギターたち。その中で、ひときわ強く目を引いた一本がありました。

深い黒に、赤みがかったピックアップ。やや焼けたような白いピックガード。

それは、まさにジミが抱えていたギターと同じモデルでした。

“ジミ・ヘンドリックス・モデル”とタグに書かれていたそれを、私は恐る恐る手に取りました。

重みが、ずっしりと腕に伝わる。けれど、不思議と怖くなかった。まるで、このギターは、私が来るのを待っていたかのように、しっくりと手に馴染んだのです。

店員さんに声をかけ、簡単なコードを教わり、ピックを借りて、アンプにつないで最初に出した音——

そのとき、空気が少しだけ震えた気がしました。

私にはギターの経験がない。でも、音が出た瞬間に、小さな爆発のように、私の中で何かが始まりました。


それから、私はひとりで、ギターを、ジミのブルースを毎日練習し続けました。

最初はコードすら押さえられなくて、指先が痛んで、血がにじんだこともありました。
それでも、「あの音」が出したくて、毎日放課後に図書室で「ブルース」とは何かを読み、家に帰ってからはヘッドフォンでジミの演奏を何度も聴いて、朝まで耳で覚えていきました。

レジェンドと言われるギタリストの曲もたくさん聞いた。でも、ジミは違う。彼の音は、ただ速いとか派手とか、そういうものじゃなかった。たった一音に、人生が詰まっていた。

だから私は、同じように、一音に私の全部を込めようとした。ジミの曲はたくさんあるけれど、私にとってブルースが全てだった。

チョーキング、ビブラート、スライド、ハンマリング、それぞれの技術が、単なる演奏ではなく、自分の感情の言語になっていくのを感じました。

ブルースは、私の現実を、過去を抱きしめる音楽。痛みを隠さず、誤魔化さず、まっすぐ音にする音楽。

私は、どうしてもそれがやりたかった。私を終わらせる前に。

彼が見に来ることを信じて。

誰かのためじゃなくて、私自身を確かめるために。

これを誰かに見て欲しかった。

4

あの時、私はたしかに感じていたのです。

音楽室にギターを鳴らした轟音のあと、すべてが静かになったその一瞬に、世界の空気が、時間の流れが、ほんのわずかに軋むような感覚を。

確かに“何か”が私の中で揺れました。消したかった記憶を、封印したままにしようと思っていた扉を「僕」が開けてくれる。

そして私は、気づいたのです。この音は、ただの演奏ではない。「私」が、最後に彼に向かって放つ声だったのだと。

彼女は——私は、自分で自分の人生を終わらせました。

けれど、本当は、終わらせたかったんじゃない。

終わらせるしかなかった。

誰にも気づかれず、誰にも触れられず、消えていく以外の道を、もう見つけられなかった。

でも……それでも、私は、誰かに「知ってほしかった」のです。

孤独だった。
痛かった。
それでも、私はここまで生きていた。
たしかに、ここにいた。
そんな声を、誰かひとりでいいから、受け取ってほしかった。

その「誰か」になってくれたのが、「僕」でした。

最初は、それがどういうことなのか分からなかった。

「僕」を見たとき、私はただ惹かれただけでした。ただ見つめている人。寂しげな背中。音に溶け込むような存在。でも、私の全てをわかってくれている。

それは当然だったのです。
だって、「僕」は、私自身だったから。

「僕」は、私の願いが生んだもう一人の“私”。

もしも別の形で生き直せたなら、という小さな祈りが、この世界に記憶を形を持って現れた——それが僕。もう1人の私。

「僕」は、私の記憶を見てくれました。

あの記憶は、私のものじゃないはずだった。こんなはずじゃなかった。

でも、私ははっきりと知っていた。
あれは、私の人生だった。

ずっと、誰にも言えなかった。
言葉にできなかった。
でも、私の中で、たしかに生きていた。

そして今、こうして私はようやく「僕」を通じて、声を届けることができました。

音楽という形で、私が最後にこの世界に遺していったもの。

それは怒りでも、絶望でもなく——

ただ「誰かに聞いてほしい」という、静かな祈りでした。

できればもう少し生きていたかった。

もう少し我慢すれば違う明日があったかもしれない。

私は、もう戻ることはできない時間を背負って、今ここに立っています。

もう苦しくありません。
私は忘れません。
自分が確かに生きていたことがわかった。音楽室で、夕暮れの光の中で、たしかにここにいたことを。

私は最高の演奏をした。ブルースっていう音楽と出会った。私の悲しみと魂を、ジミははっきりと表現してくれた。

そしてそれを見届けてくれた「僕」。

夕陽が差しこむ教室の中で私は笑えた気がしました。

彼に、「ありがとう」と言いたかった。

5

──「マシーン・ガン」を彼女が弾いている間、視界の揺らぎは、夜の池に映る月の光のように不確かで幻想的でした。音楽室の輪郭が溶け出し、その向こうに過去の教室の光景が浮かび上がってきます。蛍光灯の白い光と窓から差し込む夕暮れの光が混ざり合い、現実と記憶の境界線が曖昧になっていきます。

その揺らぎの中で、僕は彼女との一体感を強く感じ始めます。彼女の呼吸が僕の呼吸と重なり、心臓の鼓動までもが同じリズムを刻んでいきます。

それは突然の衝撃ではなく、長い間心の奥底に隠されていた真実が、ゆっくりと水面に浮かび上がってくるような静かな気付きでした。

目の前の光景は、古い8ミリフィルムの二重露光のように、現在と過去が幾重にも重なり合います。

その重なりの中で、僕はついに理解しました。目の前でギターを奏でる彼女は、実は僕自身の別の姿だったのだと。

彼女を守りたいという思いは、失われた自分自身を取り戻したいという願いだったのです。

ギターの音が響く中、僕は彼女の存在に引き込まれていました。彼女の呼吸が耳に届くたび、僕の呼吸も自然とそのリズムに合わせられていく。指先の震えは、まるで電流のように僕の体を伝わり、その一つ一つの動きが僕の神経を震わせる。心臓の鼓動までもが、彼女のそれと完全に同期していくような、不思議な一体感に包まれていく。その感覚は確実に強まっていく。彼女の姿を見つめれば見つめるほど、まるで鏡に映る自分自身を見ているような感覚に陥る。その瞳の奥に映る痛みや孤独が、どこか懐かしく、そして切なく感じられる。この音楽室で彼女が奏でる音の中に、僕自身が溶けていくような、そんな不思議な感覚だけが、静かに、しかし確実に広がっていく。ギターの弦を震わせる指の動きは、まるで僕自身の手の延長のように感じられ、その一音一音が僕の心の奥深くまで染み渡っていく。

そして今、その記憶と現実が重なり合い、すべてが一つの真実として紡がれていく。目の前で演奏される「Machine Gun」の轟音は、まるで長年封印されてきた記憶の扉を打ち砕くように、激しく、そして執拗に響き渡っている。その音の波が、僕の中の何かを少しずつ、でも確実に解き放っていくのを感じる。

すべての視点が一つに収束していきます。

僕の目に映る世界が、彼女の目に映る世界と完全に重なり合います。それは単なる共感や理解を超えた、魂の融合とでも呼べるような体験でした。

彼女の記憶が僕の記憶となり、彼女の痛みが僕の痛みとなり、やがて和らいでいく。それは本来あるべき姿を取り戻していくような、不思議な安堵感に満ちていました。

「マシーン・ガン」は、ジミ・ヘンドリックスが1970年に『バンド・オブ・ジプシーズ』のために録音したベトナム戦争への抗議曲です。12分におよぶ演奏は彼の最高傑作の一つとされ、ギターの技巧を駆使してヘリコプターや爆発、機関銃、人々の叫び声など戦場の音を再現していますライブでは10分から20分まで様々な長さで演奏されました。戦争で戦う兵士の視点から描かれた曲で、ヘンドリックスは「戦っている兵士たち」と「心の中で現実を直視していない人々」への思いを込めてこの曲を演奏しました。

Machine Gun (Jimi Hendrix song) - Wikipedia

Edited by REI / with support from ChatGPT , Image generated with Canva

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