長岡花火は、エンターテイメントじゃなかった
2022年8月2日、長岡花火を初体験した。
人生で忘れられない花火になった。

「長岡花火のチケットあるけど、来る?」
越後湯沢に住む友人から連絡をもらったのは、ちょうど花火の1ヶ月ほど前のこと。
長岡花火。もちろん、聞いたことはあった。
誰かが「人生で1度は体験した方がいい」みたいなことを言っていた気もする。
そんな日本を代表する花火大会に行けるチャンスが到来した!と、友人の誘いをテンション高めに即決。両親にも声をかけて、親子3人で行くことにした。
長岡の花火に込めた想い
「長岡花火って、曜日関係なく毎年8/2と3にやるんだって」
「ふーーーん、なんでだろうね」
花火の準備をする中で、わたしたち親子は、少しずつ長岡花火のことを理解していく。
第2次世界大戦の終盤となる昭和20年8月1日10時半――。長岡は空襲により、市街地の約80%が焼け野原となり、1480余名もの尊い命が奪われた。この戦禍を経て、戦争で中止していた花火を昭和21年に「長岡復興祭」として、翌昭和22年には「花火大会」として再開させたのが現在の「長岡まつり大花火大会」のルーツだ。
これが、長岡花火のルーツだった。
長岡空襲の始まった時刻(8月1日午後10時30分)にあわせて花火を打ち上げます。
空襲で亡くなられた方々への慰霊、復興に尽力した先人への感謝、恒久平和への願いを込めて、白一色の尺玉3発を打ち上げるとともに、市内寺院の協力を得て同時刻に慰霊の鐘を鳴らします。
そして、迎える花火大会当日。
開始時間になると、まず冒頭に『「慰霊と平和への祈り」10号3発』が上がる。
長岡花火に込められた想いから、はじまる。
ここから、華やかで彩り豊かな花火が次々と上がっていく。
全ての花火には、スポンサーがついている。
花火が上がる前に、スポンサー企業や有志団体の説明と、花火に込めた想い
・タイトルが発表される。
感謝・愛・未来ーーーーーなど。
長岡への想いに溢れているプログラムがたくさん。
全ての花火に、想いが託されているんだ。




長岡の花火は、全長2キロに渡って超ワイドに上がるのでとっても迫力があり、1つ1つのプログラムがとても豪華。ダイナミックで、迫ってくるような大迫力で、本当に見事。
加えて、すべての花火に想いが込められている訳ですから、どの花火が1番だなんて選びようがありません。
全ての花火がとても美しくて、美しくて。
長岡の歴史、花火師さんの技術、スポンサーの方々の想い……それらのストーリーを想像して見る花火は、これまでの人生で感じたことがない特別なものだった。
「みんなが
爆弾なんかつくらないで
きれいな花火ばかり
つくっていたら
きっと戦争なんて
起きなかったんだな」
これは、裸の大将で有名な放浪画家の山下清さんが残したメッセージ。
2022年のいま、この言葉に出会えたのも意味があるのかもしれない。

花火を見上げている瞬間は、誰もが笑顔で空を眺めていて、
目の前に広がる美しい景色を、誰もが心で感じている気がした。
とてもピュアな一体感が、その場にできていた。
この花火大会は、エンターテイメントではなくて
人々の願い・想いのカタチなんだと思った。
もう1つの、特別な想い
今回の花火は、私自身にとっても特別なものになった。
父は80代、母は70代。
かなりの高齢の両親と、花火大会に来ることができたのだ。
これまで見た花火の話、
若かりし頃の新潟旅行の話、
この場に一緒に来なければ、知り得なかった両親の思い出トークを一緒に楽しむことができた。
そういえば、両親と花火を一緒に眺めたのは何年ぶりだったんだろう。
とても幸せだ。
今回、たくさん動画や写真を撮ったけどマイベストフォトは、こちら。

両親ごしの長岡花火。
わたしの宝物になった一枚。
長岡花火を知れて、体験できて、本当によかった。
素晴らしい場に、両親と来ることができて感謝です。
素晴らしい花火を、ありがとうございました。
