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【創作大賞2026応募作品】川沿いの秘密 第4章:呼びかけない名前

恵比寿のカフェで別れの挨拶を交わした夜から、いくつかの平日が、目立った起伏もなく過ぎていった。朝はいつも通り電車に揺られて会社へ行き、蛍光灯の下でタスクをこなし、決められた時間に会議室に集まり、決められていない時間にため息をつく。そのどの場面にも久遠蓮はいて、私も同じフロアにいるのに、あの夜の続きに触れないように、お互い少しだけ慎重に視線をそらしていた。

社内チャットでは、これまで通り仕事のやり取りだけが行き来していた。企画書の修正、クライアントとの調整、スケジュールのすり合わせ。画面上の敬語や顔文字のない文章のどこにも、カフェで交わした「ずるい作者」と「最高の読者」の話は混ざってこない。そのことに、ほんの少し安堵しながら、ほんの少し物足りなさも覚える自分がいた。

そんなある夜、ベッドに横になりながらスマートフォンを眺めていると、久遠さんから短いメッセージが届いた。

例のやつ、ひとまず最後まで書きました。
無理のないタイミングで読んでもらえたらうれしいです。

続けて、小説の原稿ファイルへのリンクが貼られていた。その文字列を開こうとして、私は一度指を止める。読み始めたら、そのまま最後まで行ってしまうだろうことが分かっていたからだ。翌朝の仕事のことを言い訳にして、その夜はリンクを閉じた。画面を暗くしても、心のどこかでは白いページに並んだ文字がぼんやりと浮かび続けていた。

そして、金曜日。街全体が週末へ滑り込み始める気配を帯びたその日の夕方、私は少し早めに仕事を切り上げた。周りを見渡せば、同じように資料を閉じたり、予定表を確認したりしている同僚たちがいる。蛍光灯の白さが、どこか機械的な安堵感をフロアに落としていた。

退社の打刻を済ませてビルの外に出ると、空はまだ暗くなり切る前の青さを残していた。ビルのガラスには、沈みきらない光と、これから灯り始めるネオンの色とが混ざり合って映り込んでいる。週末の入口に立っているような空気の揺れ方だった。まっすぐ家に帰ることもできたけれど、足は別の方向へ向かっていた。

中目黒の駅で人の流れに押し出されるようにホームを降りると、川沿いの方へ向かう人の列が、いつもより少しだけ多く感じられた。仕事帰りと思しきスーツ姿と、私服の軽さを身にまとった人たちが、同じ川を目指して歩いている。それぞれの週末の入口が、目に見えないかたちでこのあたりに集まっているのかもしれない。

やがて川が見えてくる。金曜の夕方の光は、真上からではなく斜めの角度で水面に落ちていて、欄干の影と混ざり合いながら、ゆらゆらと細長い帯を作っていた。桜の枝は葉を落とし切って、細い線だけで空をなぞる。その下を、紙コップを片手にした人や、犬を連れたカップルや、写真を撮る誰かが、それぞれの速度で歩き過ぎていく。

私はその流れから少しだけ距離を取り、あの夜に座ったのと同じベンチを探した。記憶の中の位置と、実際のベンチの場所は、ほとんど誤差なく重なった。誰も座っていないことを確かめてから、そっと腰を下ろす。木の座面は冷たく、コート越しに静かに熱を奪ってくる。その冷たさが、あの夜のぬるい川風と対照を成していて、時間の経過を身体の方が先に理解していく。

家を出る前、ベッドの上で横になりながら、私はようやく久遠さんから送られてきた小説を最初から最後まで読み切った。スマートフォンの小さな画面をスクロールする指先は、途中で何度も立ち止まった。冒頭から、都会の川沿いを歩く男女の姿が描かれていた。仕事帰りのスーツの男と、その職場の後輩らしい女。二人の会話の間合いや、視線のずらし方、並んで歩くときの歩幅の揃い方。その一つ一つに、既視感がじわりと染み込んでいた。

途中からは、あの夜の光景と、文章の中の場面とが重なり合い始める。現実と違う細部や、敢えてすり替えられた設定もちゃんとあるのに、そこに流れている空気の種類は、私が知っているものと同じだった。書かれていない部分から、あのときの彼の声の震えも、沈黙の深さも、勝手に立ち上がってきてしまう。読み終えたとき、胸の奥のどこかが、ゆっくりと痺れていた。

感想を打とうとしては消し、打とうとしては消すうちに、画面には何も残らなかった。結局、部屋を出る時間になっても、送信ボタンは押せないままだった。その代わりに、川沿いのベンチまで持ち出されたのが、小さなノートとペンだった。

ベンチに座り、膝の上でノートを開く。紙の白さが、夕方の光を受けて少しだけ黄色味を帯びている。最初のページの端に、小さく日付を書き込む。今日が金曜日であることを、わざわざ文字にして確認する。週末に完全に切り替わる手前の、この境目の時間に、自分がここに座っているという事実を、紙の上に固定したかった。

「全体の印象」と書き始めて、安直すぎると感じて線を引く。続けて、「フィクションと現実の距離感」と書くと、今度は自分が何かの論文でも書き出したような気がして、また消す。そうしているあいだにも、あの文章の中の二人が、頭の中で勝手に会話を続けていた。

結局、ページの真ん中あたりに残ったのは、短い一文だけだった。

「この物語を読んで、一番苦しくなるのは誰なのか?」

自分で書いたその問いに、真っ先に「私」を思い浮かべてしまう。けれど、それをそのまま感想として送ることはできない。あまりにも告白に近くなってしまうからだ。作者としての久遠蓮に向けた批評と、川沿いで秘密を打ち明けてきた先輩に向けた正直な気持ちと、その境目がどこにあるのか、自分でもまだよく分からない。

ノートを閉じ、代わりにスマートフォンを手に取る。ロック画面をなぞると、色とりどりのアイコンが並んだホーム画面が現れる。その中に、久遠蓮とのメッセージアプリのアイコンがある。数日前の「ひとまず最後まで書きました」という文で止まっているスレッド。下書き欄には、途中まで打っては消した感想の痕跡すら残っていない。

何か一言だけでも送ってしまえば、流れは変わるのだろう。「読みました」とか、「やっぱりずるいです」とか。短い文であればあるほど、その言葉に含まれる意味の濃度は高くなる。送信ボタンの向こう側で、彼がどんな顔をするのか、どんな呼吸をするのかを想像すると、指先の動きが固まった。

川沿いには、金曜の夜を待つ人たちの気配が少しずつ増えてきていた。仕事帰りのグループが笑いながら通り過ぎ、カップルが写真を撮るために立ち止まり、ひとりでカメラを構える誰かが、じっと川面にフォーカスを合わせている。橋の上には、すでに最初の提灯の灯りがともり始めていた。休日が本格的に始まる前の、少し浮ついた空気が、川辺にうすく漂っている。

そのざわめきから半歩だけ外れた場所で、私はひとり、ベンチの上に座っている。あの夜と同じ場所で、違う時間を生きている。そのことが、妙に現実味を帯びて胸に迫ってきた。あのとき隣にいた人は今いないけれど、あの夜の続きを紙と画面の中で受け取ってしまった自分は、ここにいる。

ふいに、手の中のスマートフォンがかすかに震えた。掌に伝わる微かな振動が、現実の側からこちらを叩く。画面の端に、小さな通知の枠が浮かび上がる。誰から、という文字まではまだ見ていないのに、胸の奥が先に反応してしまう。川沿いのざわめきが、ほんの少しだけ遠のいたように感じた。

指先を画面に滑らせるかどうか。その小さな動きひとつで、今日という金曜日の意味が別の色に変わるかもしれない。欄干の向こうで、光を受けた水面が細かく震える。頬に当たる風が、川下の方から冷たい匂いを運んでくる。そのすべてを感じながら、私はまだ開いていない通知の前で、自分の呼吸の数をひとつずつ数え直していた。

通知の枠の中に浮かんだ名前を見た瞬間、胸の奥で何かが小さく跳ねた。久遠蓮。その三文字が、川沿いのざわめきよりもはっきりと意識の手前に浮かび上がってくる。

指先で画面をなぞると、メッセージアプリのスレッドが開いた。最後の「ひとまず最後まで書きました」という文の下に、新しい文章が一行だけ増えている。

読んでもらえたかな、と思ってしまっている自分が、少し怖いです。

時刻は表示されているのに、その数字をきちんと読む前に、文の手触りだけが先に入ってきた。問いかけではなく、告白に近い文体。仕事中のチャットではほとんど見たことのない、素の文の並び方だった。

私は思わず一度画面を閉じかけてから、また開き直した。返事をしないという選択肢もあるのだと頭では分かっているのに、その選択をした自分を想像することができない。息をゆっくりと吐きながら、親指で入力欄をタップする。

さっき、ようやく最後まで読みました。

最初に打ち込んだのは、その一文だった。淡々としすぎている気がして、「ようやく」の前に別の言葉を足そうとして、結局やめる。説明を加えれば加えるほど、後戻りできない場所に向かっていく気がした。

送信ボタンを押す。小さな紙飛行機のマークが色を変え、メッセージが相手側へ滑っていく。ほんの数秒の間が、川面のきらめきよりも長く感じられた。

思ったよりもすぐに、彼からの返信が届いた。

ありがとうございます。
どうでしたか、とはまだ怖くて聞けません。

画面の向こうで、彼がどんな顔をしているのかを想像してしまう。仕事で原稿を渡されたときの、少し試すような目つきとも違う、もっと個人的な緊張の気配が行間に紛れ込んでいる。

私は膝の上のノートをちらりと見やる。さっき書きつけた一文が、紙の上でじっとこちらを見返していた。

この物語を読んで、一番苦しくなるのは誰なのか。

あの言葉を、そのまま感想として送ることはできない。それでも、そこから少しだけ角を落とせば、彼に向けて言える文になるかもしれない。

しばらく迷ってから、ゆっくりと文字を打ち始めた。

きれいにまとまっている、とは言えないと思いました。
いい意味でも、悪い意味でも。

一行目を送信する。曖昧さに逃げている自覚があって、胸の奥に小さな居心地の悪さが残る。その居心地の悪さごと見せてしまうことに、今は賭けるしかない。

少し間を置いて、彼から返ってきた。

たぶん、それが一番言われたくて、一番言われたくなかった感想です。

川の流れが、欄干の向こうでゆっくりと暗さを増していく。水面に映っていた空の色が、さっきよりも深く沈んで見えた。頭上の街路樹の枝先に、小さな外灯の光が引っかかっている。

私は、もう少しだけ具体的な言葉を探す。

フィクションとして読めるところと、そうじゃないところが混ざり合っていて読者としての距離感と、当事者としての距離感が、ページの中でも揺れている感じがしました。

送信した瞬間、胸の中で何かがきしむ音がした。あの夜、川沿いで「ずるいと思います」と言ってしまった自分と、同じ場所に立っている。違うのは、それを文字にして残してしまったことだけだ。

少し長い間が空いた。週末前の夕方らしく、川沿いの人の数がまた増えていく。ランニングシューズの足音や、コンビニの袋が擦れ合う音が、風に混ざって運ばれてくる。そのざわめきが、待ち時間の長さを薄めてくれる一方で、スマートフォンの画面は、相変わらず静まり返ったままだった。

ようやく震えた画面に、彼の言葉が現れる。

やっぱり、相沢さんに読んでもらってよかったです。
ずるさをちゃんと言葉にしてくれる人がいないと、多分、書けば書くほど、自分に酔いそうで。

それは、自己批判のようでいて、同時に救いを求める文でもあった。ずるさを指摘してほしいと言いながら、その役目を私にだけ任せようとしている。そのことに気づきながらも、完全には拒めない自分がいる。

ベンチの背もたれにもたれ、私は夜になりかけた空を見上げた。川面に映るビルの灯りが一本ずつ増えていく。欄干の冷たさが、背中越しにじわじわと伝わってきた。

少しだけ意地悪な質問を送ってみたくなる。

あの物語を読んで、一番苦しくなってほしいのは、誰ですか。

打ち込んでから、送信ボタンを押す前に指を止める。あまりにも核心に近すぎる。彼が本当のことを答えたとしても、嘘をついたとしても、どちらにしても何かが変わってしまう。私はその一文を下書きごと消して、代わりに別の文を打った。

書いていて、一番しんどかったのはどこですか。

問いの矛先を、少しだけ彼自身の内側へ向ける。感情の対象を「誰」にではなく、「どこ」に変えることで、直接触れずに輪郭だけをなぞる。

しばらくして、返事が来た。

川沿いを歩いている場面ですね。
現実と、頭の中のバージョンと、書いているバージョンが、いちばん重なってきてどこまでが嘘で、どこからが本当なのか、自分でも分からなくなってきて。

画面の文字を追いながら、私は思わず笑ってしまった。声にはならない、短い笑いだった。

それは、読んでいていちばん苦しかった場面でもあります。

今度は、ほとんど迷わずにそう打ち込む。送信したあとの沈黙は、さっきよりも軽かった。正直さと距離感の中間に、ぎりぎり立てた気がしたからだ。

ありがとう、って言っていいのか分からないけど伝えてくれて、ありがとうございます。

彼の返事は、慎重に言葉を選んだ形跡があった。仕事のメールで見る丁寧さとは別種の、個人的な照れと防御が混ざり合った文体。スマートフォンの小さな画面の中に、あの夜の川沿いでの横顔が少し重なる。

私は、スマートフォンを持っていない方の手で、ベンチの木の感触を確かめる。冷たさとざらつきが指先に残る。その感触が、現実と画面のあいだの差を教えてくれる。

今、どこにいますか。

ふいに彼から、そんな短い問いが届いた。意図を測りかねて、一瞬心臓が止まりかける。ここが中目黒の川沿いで、あの夜と同じベンチの上であることを、そのまま伝えるかどうか。ほんの数秒のうちに、いくつもの選択肢が脳裏をよぎる。

すぐには答えず、川面を見下ろす。さっきまで残っていた夕方の色はほとんど消え、街灯の光が主役に切り替わりつつあった。水面を渡る冷たい風が頬を撫でていく。その冷え方で、今日という一日の終わりが近づいていることを知る。

私は、慎重に文を打ち始めた。

さっきまで、川を見ていました。
中目黒のあたりで。

「さっきまで」と書き加える。現在地点を曖昧にする一言。半歩だけ時間をずらして、自分の居場所を隠す。その曖昧さに、自分の小さなずるさも混ざっていることは分かっていた。

彼からの返事は、少しだけ間を置いてから届いた。

やっぱり、あの辺りなんですね。
なんとなくそんな気がしてました。

「やっぱり」という一語に、どこまでの確信が込められているのか分からない。私が川沿いのベンチに座っている姿を具体的に想像しているのか、それとも、ただ文章の中の舞台として中目黒を意識しているだけなのか。その曖昧さが、かえって余計な想像を膨らませる。

週末のはじまりに、そんな場所で自分の文章の感想を考えてもらっているのは、すごく贅沢だなと思います。

贅沢、という言葉に、少しだけ胸が痛んだ。その贅沢の一部に、自分も乗ってしまっている。線を引く側でいたいと言いながら、その線の上に座り込んでしまっている自覚が、遅れて追いついてくる。

スマートフォンを見つめながら、私は一度だけ深く息を吸った。肺の奥まで冷たい空気が入り込み、内側から身体を洗い流すような感覚がする。

贅沢だと思っているのは、たぶん私の方です。

そう打ち込んでから、ほんの一瞬だけ迷って、送信した。言葉の向かう先を、自分で見届けたいと思った。彼がどんな顔をするのかまでは分からないけれど、その一文は、読者としての距離と当事者としての距離のちょうどあいだを狙ったつもりだった。

画面の中で、しばらく入力中を示す小さなマークが点いたり消えたりを繰り返す。その動きが、彼の呼吸の速さを想像させる。やがて表示されたのは、短い二行だった。

その言葉は、今日いちばんずるいです。
でも、たぶんいちばんうれしいです。

川沿いの風景が、少しだけ滲んで見えた。涙が出そうになっているのだと気づくまでに、数秒かかった。泣くような場面ではないはずなのに、胸の奥で積もっていた何かが、静かに溶け出している。

私は目元をごく自然な仕草で指先で押さえ、画面を伏せて膝の上に置いた。ベンチから立ち上がると、身体の芯まで冷えていたことに気づく。週末の入口に立つ川沿いの空気は、さっきよりも確実に温度を下げていた。

駅へ向かって歩きながら、ポケットの中でスマートフォンがもう一度震えた。

今度、相沢さんがもしよければあの物語の「続き」を、相沢さんの方から聞かせてください。

そのメッセージを読みながら、私は足を止めた。ふと見上げた空には、高架を走る電車の光が斜めに横切っていく。線路の下をくぐるたび、頭上の鉄の重みが、短い音となって落ちてきた。

続き。彼は物語の話をしているのだろうか。それとも、あの夜から今日までの私自身の話を指しているのだろうか。どちらにしても、「聞かせてください」という言葉は、私の側にボールを預ける文だった。

返事は、すぐには打たなかった。駅の改札を抜け、ホームに上がり、電車が滑り込んでくる気配を待つ。そのあいだ、ポケットの中のスマートフォンは静かにしていた。画面を開けば、さっきの文がそこにある。それだけで、今夜の空気が変わってしまう。

電車に乗り込んでドアが閉まると、窓ガラスに自分の顔が薄く映った。街の灯りと車内の蛍光灯が混ざり合うその鏡の中で、私はそっと目を細める。ガラスの向こうを滑っていく東京の夜景が、いくつもの物語の断片みたいに見えた。

家に着くころには、夜の冷え込みはさらに深くなっていた。部屋の灯りを点けると、狭い空間の中に習慣的な安心感が戻ってくる。コートを脱ぎ、テーブルの上にスマートフォンを置く。充電ケーブルに繋ぐ前に、もう一度だけ画面を開いた。

あの物語の「続き」を、と彼は書いていた。

私は、新しいメッセージの入力欄を開き、ゆっくりと文字を並べ始める。

すぐに答えられる感じではないのでちゃんと考えてから、また今度話してもいいですか。

送信ボタンを押す。数秒後、彼からの返事が返ってきた。

もちろんです。
その「また今度」を、楽しみにしておきます。

画面を閉じると、部屋の静けさが戻ってくる。窓の外では、遠くの道路を走る車の音が、一定のリズムで続いていた。カーテンの隙間から漏れる街灯の光が、床の上に細い帯を作る。その帯の手前で、私は膝を抱えて座り込んだ。

あの夜の秘密と、今日交わした言葉たちが、胸の中でゆっくりと重なっていく。戻ろうと思えばまだ戻れるかもしれないし、このまま少しずつ傾いていくのかもしれない。そのどちらにもまだ決めきれないまま、私は週末の入口に座り込んでいる。

呼吸をひとつ整え、灯りを落とした。暗くなった部屋の中で、充電中のスマートフォンの小さな光だけが、弱い星みたいに滲んでいた。その光から目をそらしながら、私はまぶたの裏に川沿いのベンチを思い浮かべる。

あの場所で、いつか本当に「続き」を話す日が来るのだろうか。考えることをいったん保留したまま、私は、少し苦くて離れにくいまどろみの中へ沈んでいった。

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