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生まれつき心臓にハンデがある僕が「頼るのが苦手」になった理由

ふと、
「頼るのが苦手だな」と思うことがある。

しんどくても、
「大丈夫」と言ってしまう。

本当は少し無理をしているのに、
「これくらい平気」と思おうとしてしまう。

誰かに迷惑をかけるくらいなら、
自分が我慢した方が早い。

そんな癖が、
今も自分の中に残っている。

もし、
少し似た感覚がある人がいたら。

もしかするとそれは、

昔から“強い子”でいようとしてきた時間と、
少しだけ繋がっているのかもしれない。

今日は、
「強い子でいようとしてしまったこと」について、
少し書いてみたい。


同じ場所にいるのに、少しだけ違った

僕は、生まれつき心臓にハンデがある。

子どもの頃から、
出来ないことがあった。

体育を見学する日。

みんなと同じペースでは動けない日。

病院に行く日。

理由を説明しなきゃいけない瞬間。

周りと同じ教室にいて、
同じ時間を過ごしているのに、
どこか少しだけ、
自分だけ違う場所にいるような感覚があった。

でも正直、
子どもの頃の僕は、
そこまで深刻に考えていたわけじゃない。

「できないんだな」

「まあ仕方ないか」

そんなふうに受け取っていた部分も大きかった。

ただ、

今振り返ると、
気づかないうちに飲み込んでいたものは、
きっとあったんだろうなと思う。

当時はうまく言葉にならなかったけれど、

小さな何かが、
胸の奥に少しずつ残っていたのかもしれない。

「無理しないでね」

「休んでいていいよ」

そう言われることがたくさんあった。

もちろん、
優しさだったと思う。

でも子どもって、

“違い”に敏感だ。

自分だけ見学。

自分だけ途中で休む。

自分だけ出来ない。

たったそれだけのことなのに、

少しずつ、

「普通にやれる側ではない」

そんな感覚が積み重なっていく。

周りは悪くない。

誰かが傷つけようとしていたわけでもない。

でも、
なんか悔しい。

というより、
胸の奥が少しだけ、
ぎゅっとなる感じに近かったのかもしれない。

同じようにやりたい。

普通に走りたい。

何も気にせず動きたい。

そう思う瞬間は、確かにあった。

ただ、

それをうまく言葉に出来なかった。

悔しいと言うほどでもない。

苦しいと言うほどでもない。

でも、
帰り道だけ、
少し静かに感じる日があった気もする。

だから、
「まあ、仕方ない」って飲み込んでいた。


「強くいた方がいい」と思っていた

それに、子どもながらに分かっていた気もする。

親が心配していること。

先生が気を遣っていること。

病院で大人たちが、
何か難しい顔をして話していること。

だからなのか、どこかで思っていた。

迷惑をかけちゃいけない。

困らせちゃいけない。

我慢した方がいい。

泣かない方がいい。

強くいた方がいい。

そんなこと、誰かに教わったわけじゃない。

でも気づいたら、なんとなくそうなっていた。

本当は不安な日も、きっとあったんだと思う。

でも、
それを言葉にすると、
誰かを困らせてしまう気がした。

少しだけ喉の奥につかえたまま、
飲み込んでいたのかもしれない。

今振り返ると、
子どもだった自分なりに、
親の不安も少し感じ取っていたのかもしれない。

でも、当時の僕には分からなかった。
親が、どんな気持ちで見守っていたのか。

大人になった今、
ようやく少しだけ想像できるようになった。

「元気に育ってほしい」

その願いの裏で、親がどんな気持ちでいたのか。

そのときのことを、
少し違う視点で書いた記事があります。


伝わらないことが、少しずつ積み重なっていった

本当は、嫌だったこともある。

「ズル休み?」

みたいに言われたこと。

元気そうに見えるから、
分かってもらえなかったこと。

頑張れば出来そうなのに、と思われたこと。

ああ、説明しても伝わらないんだな。

そんな諦めみたいな気持ちも、
少しずつ覚えていった。

言葉が、少しだけ喉の奥で止まるような感じ。

笑って流したつもりなのに、
家に帰って、ひとりになった時だけ、
胸のあたりが少し重たくなる。

そんな日もあった気がする。

だから余計に、
言わない方が楽になった。

我慢した方が早い。

期待しない方が傷つかない。

気づけば、
自分の気持ちを後回しにする癖みたいなものが、
少しずつ出来ていた気がする。


強かったわけじゃなかった

でも、
大人になって思う。

あの頃の自分は、別に強かったわけじゃなかった。

強くいようとしていただけだった。

怖いこともあったと思う。

悔しい日もあったと思う。

不安な日も、本当はちゃんとあったんだと思う。

ただ、

それをどう言えばいいのか、分からなかっただけ。

自分でも整理できなかっただけ。

だから、
「平気」って顔をしていた。

少し背伸びしたまま、
立っていただけだったのかもしれない。

今でも、その癖は少し残っている。

しんどくても無理してしまうし、頼るのも苦手。

「これくらい出来るでしょ」

って、自分を追い込む時もある。

普通に働きたい。

ちゃんとやりたい。

周りと同じように出来る側でいたい。

そう思ってしまう自分もいる。

でも同時に、

もう少し、自分に優しくしてもいいのかもしれない。
とも思う。

無理をしないって、諦めることではない。

出来ないことを認めることでもない。

自分の身体で、
ちゃんと長く生きていくための選び方なんだと思う。

もし今、
昔の自分みたいに、

「迷惑をかけちゃいけない」

「強くいなきゃ」

と思っている人がいたら。

少しだけ伝えたい。

頑張ってきたことは、
ちゃんと頑張ってきたんだと思う。

我慢してきたことも、無かったことにしなくていい。

でも、
ずっと強いままでいなくてもいい。

しんどい日は、しんどいって思っていい。

出来ない日があってもいい。

少し休みながらでも、
それもきっと、前に進む時間なんだと思う。
 
麗川れいかわアキ


今も不安はある。でも、少しだけ変わった

僕自身、
今でも、将来が怖くなる夜はある。

体調が少し悪い日。

動悸が続く日。

静かな部屋で、鼓動だけが少し大きく聞こえる夜。

ふと、
胸の奥がざわつく。

「この先、大丈夫なんだろうか」

そんな不安に、押しつぶされそうになることもある。

それでも、
昔より少しだけ、

「無理して強くいなくてもいい」

そう思えるようになった。

その中で少しずつ、
不安との付き合い方も変わっていった。

もし今、同じように揺れている人がいたら。

僕がどうやってその不安と距離を取ってきたのか、
日々の考え方や、実際にやってきた小さな工夫についてまとめています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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