「ぽこあポケモン」すら「タスク化」してしまう僕がゲーム内の労働から学ぶこと
ぽこあポケモン(ぽこポケ)の世界に、相変わらずどっぷりと浸かっている。
僕が一番会いたいカビゴンには未だに出会えていないのだけれど、今は大好きな草ポケモンたちを相棒にして歩き回っている。(早くフシギバナにも会いたい。)
さらに、拠点となる部屋には植物系のインテリア家具をたくさん揃えたいという野望もある。ストーリーも進めたいし、仲間になったポケモンたちのための「すみか」も綺麗に整えてあげたい。やりたいことが山積みで、嬉しい悲鳴を上げている😌
だが、ここでふと我に返った。
終わらないToDoリスト
「やりたいことだらけで困る」
この感情は、果たして「スローライフ」なのだろうか?
ゲームを立ち上げると、頭の中には「今日はゆめしまで素材を集めて、あの家具を作って、そのあとにクエストを進めて…」という、見事なToDoリストが出来上がっている。現実の仕事よりも精緻なタスク管理かもしれない。
「自由にのんびり生きていいよ」と言われた世界で、僕は自ら進んでタスクを作り出し、せっせと「労働」に勤しんでいるのだ。これではスローライフどころか、ただのファストな作業ゲーになってしまう。
なぜ私たちはゲーム内で働いてしまうのか
なぜ、私たちは休むためのゲームでまで働いてしまうのだろう。
それは、私たちが現実の「見返りの遠い、複雑な労働」に疲れているからだと思う。現実の仕事は、頑張ったからといってすぐに評価されるわけではないし、理不尽なことも多い。
しかしゲームの中の労働は違う。木を切れば確実に木材が手に入り、それを使って家具を作れば、フシギダネが嬉しそうに反応してくれる。努力と報酬が一直線に結びついた「手触りのある労働」なのだ。
僕たちは労働そのものが嫌いなのではなく、「見返りのない理不尽な労働」が嫌いなだけなのだと、改めて気づかされる😌
効率を手放す、という贅沢
とはいえ、やっぱりこのままではただの「作業」になってしまう。
だから僕は、ゲームの中くらいは「効率化」を手放すことにした。
最短ルートで素材を集めるのをやめてみる。意味もなく海岸を歩いてみる。家具の配置も、効率度外視で「なんとなく心地よい」という感覚だけで決めてみる。
全部を無理に終わらせる必要はない。明日に回せるものは明日に回す。
タスクに追われるのではなく、ただ「そこにいる時間」を味わうこと。
それこそが、本来のスローライフの醍醐味のはずだ。

現実の働き方へのヒントとして
そしてこれは、現実の働き方にも通じる話だと思う。
何もかもをタスク化し、生産性ばかりを追い求めていると、心はどんどんすり減っていく。時には「無駄」や「非効率」を愛し、ただそこにいる時間そのものを楽しむ心の余白が必要だ。
在宅エンジニアとして、いつかFIREやセミリタイアを目指す僕にとって、このゲームは「本当に心地よい働き方、生き方とは何か」を教えてくれる、良い反面教師なのかもしれない。
