家庭内暴力だけが虐待ではない。毒親とは何か。
私は大手企業の父、専業主婦の母という、一見恵まれた家庭に生まれ育った。
子どものころ、人並みにおもちゃは買い与えられたし、本に関しては「欲しい」と言えば、ケチらずに買ってくれた。
「こんなに何でも買ってもらえるのは、クラスでもレイナくらいだよ」
と何かを買ってもらう度に母から言われていたのを覚えている。大人になった今思えば、教育の観点からは決して褒められたセリフでは無いし、自分が親になることがあれば絶対に言わないと断言できるが、当時の私は
(私って他の子より恵まれてるんだ!)と信じて疑わなかった。
雲行きが怪しくなってきたのは、中学生になってから。
中間テスト、期末テストという制度は全国共通だろう。国語・数学・理科・社会・英語と、5教科の合計点が500点満点中、450点を越えることが、中学生時代の私の生きている価値であり、存在意義であった。
越えないことがあると、何時間でも説教された。決して暴力を振るわれることは無かったけど、未だにあの時のくすんだ景色、行き場のない感情は忘れられない。学校でテストを返却されるときは、都度その時点での合計点を計算し、(最後の英語が88点以上なら、450点を越えられる・・・)などと考え、数字に追われていた。
当然、そんな親なので高校受験は地獄だった。毎日毎日、自分のキャパ以上の勉強を求められ、叱責され、中3の後半の頃は毎朝吐いていたのを覚えている。
努力の甲斐もむなしく、第1志望は不合格。周りの優秀な子は漏れなく塾に通っている中、一人で問題集と向き合っていたんだから仕方ないと今でも思っている。あれだけ勉強にうるさい一方、決して娘の教育にお金をかけようとはしない歪さは、今も私の心にトラウマとして深く根差している。
幸か不幸か、高校受験に失敗したことで親からは見放され、少し解放はされた。とはいえ一度、包丁を持ち出されて
「そんなに勉強ができないなら死なせてあげようか?」
と母に言われたときは本当に殺されるかと思ったけど、それ以外は平和だった。
大学の学費も当然払ってくれなかったが、成績優秀者として2年目からは給付奨学金を貰えるようになった。それは就活でも、大人になってからの転職活動でもアピールになっているので良かったけれど、当時の私は本当に頑張っていたと思う。
暴力を振るわれてるわけじゃないから、誰も助けてくれないし、助けを求めるわけにもいかない…と当時の私は思っていたけれど、毎日嘔吐してる中学生に何らのケアもせず、勉強を強いるのは異常だ。
今は「毒親」という言葉が市民権を得て、理解も広まっている。家庭内暴力だけが虐待ではない。学校でも、児童相談所でも、どこでもいい。そういうところに相談して、心の傷を大人になっても抱えている、私のような大人が減ることを願う。
いいなと思ったら応援しよう!
くだらない記事ばかり量産中ですが、共感でも何でも、何か心が共鳴できたら嬉しいです。良ければ応援、よろしくお願いします(^^)