与えられまくりだった話
私は、「優しさ」みたいなものを
あまり持っていないと感じている。
与えることが、とても苦手だ。
与えることで
何かを押し付ける気がしたり
相手にお返しを強要させちゃうんじゃないか、
本当に喜んでもらえているのか
与えた瞬間から
以後その相手にとっての私は
そういう相手になってしまうんじゃないか
みたいなことが頭をよぎってしまう。
ケチなのか、計算高いのか…
一つの理由としては
与えられることに対して
自分も何かを返さなきゃいけない
そんなふうに思いながら
ずっと生きてきたからだと思う。
あえてすごく汚い言い方をすると
そういうのがなんだかすごく気持ち悪くて
私は何も欲しくないし、
だから何かを与えることもしないのだ。
ってスタンスで生きてきた。
自分の欲しいものが言えない私は
言うことがかっこ悪いと思っていたし
甘えだとも思っていた。
実際、他人に対しても
そんなふうに思っていたと思う。
だから昔から
子どもという生き物が嫌いだった。
私は、子どもの頃から我慢ができた。
私は、強いから我慢できる。
それに比べて、みんなわがままだ。
みんな自分勝手だ。
私は、ちゃんとしてる。
ちゃんとしてない自分なんて
価値がないと思っていたんだと思う。
子どもなんてうざいだけだと
思っていたんだと思う。
でも本当は羨ましくて仕方なかったんだと思う。
そんな私の
人生の過ちであり大成功だったのは
子どもを産んだことだった。
私は、赤ちゃんの扱いがわからなかった。
育児は全て、マニュアルを確認して準備しないと
何もできなかった。
初めてお風呂に入れる時は
落として死んじゃうんじゃないかと
怖くて、泣きながら入れた。
可愛いと思えなかった。
子どもという生き物に対して
何一つ期待していなかった。
あの頃の私が
産後うつのような状態にならなかったのは
逆にそれがよかったのかもしれない。
私は自分の時間など0に近い
目まぐるしい日々の中で
子どもと向き合っているうちに
だんだん自分が人間になっていった。
そんな感覚だった。
子どもが産まれて
初めて人に与える人間になれた。
自分以外の誰かのことで
心から喜べるようになった。
怖いものなんて1つもなかった私が
感動なんてすることのなかった私が
いろんなものに心を動かされるようになっていた。
子ども嫌いだった私が
子どもを産んだなんて
正直クソみたいな話だけど。
私はたぶん
子どもが欲しかったんじゃなくて
家族が欲しかったんだと思う。
それもエゴだよね。
でも、それ言うたら
なにもかもエゴだよね。
子どもってなんだろうね。
家族ってなんだろうね。
血が繋がってなくても
夫のことを心から大切に思ってるし
そんな大切に思える存在がいるだけで
あー幸せーー。っていつも思う。
子どもを育てながら、
私は人に与えることを覚えた気でいた。
でも今こうして振り返ると、
私が与えたものなんて
そんなに大したものじゃなかったのかもしれない。
むしろ私は、
子どもからも、夫からも、
たくさんのものをもらってきた。
何が言いたいのかわからなくなってきたけど
私は与えられることが嫌で
何ももらってないと思っていたのに
実は、与えられまくりだったって話だよね。
そして、noteでも。
最初は人見知り(?)してたけど
いろんな方と関わるようになって
たくさんの繋がりができて、
いつも返しきれないほどに
たくさんのものをもらってる気がする。
なんだ。
与えられまくりじゃん。
みんなが笑顔になれるように
想いが込められたみーさんの素敵な企画
「みんなで広げよう笑顔の輪」
初めて投稿させていただきました。
そして、笑顔の輪のテーマソングを歌ってみたので、聴いてもらえると嬉しいです。
いろいろな想いが込められている気がして
私も歌いながら込み上げる想いががあり、
それをこの記事に綴りました。
笑顔の輪が広がっていきますように。
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みーさんの記事↓
曲を作ったコハクシスさん↓
原曲↓
