【藤原道長⑥】ライバル自滅で道長がトップの座に!
奥深くめっちゃ面白い歴史のエピソードを「人物相関図」で分かりやすくご紹介するnoteです!
今回のシリーズは藤原道長です。まとめマガジンはコチラ↓
前回の記事では、道長の長兄・藤原道隆と次兄・藤原道兼が相次いで病死してしまう流れを書きました。記事はコチラから↓
三男坊で「いつも出世は兄たちの後」だった道長がいきなり大きな権力を手にする可能性が出てきました!
1000年前の出来事ですが、いつの世も人生というのは何が起きるか分からないですよね…。昔も今もそれは変わらない。それを知るのも歴史を学ぶ奥深さの1つかな、と思ったりします。
さて。
今回の記事は道長のライバル・藤原伊周(これちか)がトンデモ事件を起こして自滅してしまうお話です。
母・詮子が一条天皇に道長を激推し…!!
藤原道隆、藤原道兼という関白だった兄弟が相次いで病死したことで、権力トップの座が空席になりました。
次の候補は藤原道長、藤原伊周の2名。
若い2人ですが、この2名以外の上層レイヤーはみんな病死しちゃっている異常事態。
道長VS伊周のガチンコ対決となっていきます。

次の権力者を任命するのが一条天皇なワケですが、一条天皇 めっちゃ悩んでます。
自分の母親である藤原詮子(せんし)の弟が道長。
自分の正妻である藤原定子(ていし)の兄が伊周。
母と妻の兄弟同士がライバル関係なわけです。
「どっちを選べばいいんだよー!!!」
と頭を抱える一条天皇。
ですが、一条天皇は知性と教養に満ち溢れる定子を心の底から愛しています。なので伊周を推してあげたい...。
そんな気持ちもあったかもしれません。
そんな一条天皇に母・詮子がグイグイ迫ってきます。
ゼッタイ!ゼッタイ!ゼッタイ!
道長ー!
み・ち・な・が!!!!
お母さん、ド迫力すぎるっす。
なかなか納得しない一条天皇を一晩中かけて説得したとか。
母の圧もあってか次の権力者は藤原道長となります。
こうして道長は その時点で権力トップの右大臣に就任します(後に左大臣に就任)。

一条天皇が伊周ではなく道長を選んだ理由は、お母さん・詮子の説得だけが要因ではなく、伊周の父である道隆が強引な政治をしていたことや 伊周が傲慢なところに周囲の貴族たちが反感を持っていた ということもあったようです。
どうすんの!? 伊周VS道長 バトルが泥沼化
道長がトップになったわけですが、ライバルである伊周はぜんぜん納得していません。道長に敵意をむき出しにしてきます。
会議中に伊周と道長の議論の最中に大声で怒鳴りあうこともあったとか。
おだやかじゃないっすね….。
権力争いしていがみあう。
繰り返しになりますが、1000年前の平安時代も現代も人間って変わらない
っすよね…。

伊周とその弟・藤原隆家は道長のことがどうしても許せない。
都の中で従者同士が争うこともあったようです。
完全にヒートアップしちゃっている状態です。
道長も一条天皇も頭を悩ませたでしょうね。
伊周&隆家 アウトー!! 法皇に矢を射るのはアカンって!!
そんな伊周&隆家がやらかしちゃう事件が勃発します。
伊周はその時、ある女性に恋をして女性の元に足しげく通っていました。
同時期に、その女性の妹にある高貴なお方が恋をしていました。
それが花山法皇。
道長の次兄の道兼に「一緒に出家しましょう」とダマされて天皇の座をおりた方でしたね。その時の記事はコチラ↓
伊周が恋して通っていたのは姉
で
花山法皇が恋して通っていたのは妹
なのですが。
伊周は花山法皇が自分の恋人(姉の方)にちょっかいを出していると勘違いしてしまったのです。
「そんなアホな!!」と思いますが、当時は女性の元に通う夜は真っ暗で顔もよく見えない。そういうこともあるのかもしれないですね。

恋敵(勘違いだけど)をゆるせない伊周は弟の隆家と共に、女性の家から出てきた花山法皇を矢で射るという荒っぽい手に出ます。
射た矢は花山法皇の衣を貫通したようで、花山法皇 めっちゃビビったでしょうね。
さて こんなことしてタダで済むわけない。
元天皇への蛮行なワケですから、一条天皇としてもこれを許すことはできない。
この法皇を矢で射る事件以外にも 禁じられた呪詛をしていたことなどが発覚した伊周&隆家の兄弟は一条天皇から厳しく処罰され、僻地に左遷されます。

道長にとっては厄介なライバルが自滅した形になりますね。
栄光から一気に転落! 悲劇の定子サマに清少納言も涙…
兄と弟のヤラカシ事件に胸を痛めたのが藤原定子(ていし)。
天皇の正妻(中宮)ですね。
定子サマは悲しみに暮れて自ら髪の毛を切り出家してしまいます。
そして、伊周、定子、隆家の母である高階貴子(きし)も悲しみのせいか病死してしまいます。

藤原道隆が関白に就任し、この世の栄華を極めた道隆ファミリー。
ですが。
父・道隆が病死
伊周と隆家が左遷
定子が出家
母・貴子も病死
と悲しみのどん底に落ちてしまいます。
これはツラいっすね。
かわいそうな定子サマ。。。
定子サマに仕える女房・清少納言もさぞ胸を痛めたことと思います。
清少納言はそんな定子や道隆ファミリーの美しさを「枕草子」に書き留めました。
「枕草子」には一家が没落していく様は一切書かれていません。
「枕草子」の中に出てくる定子はいつもにこやかにほほ笑んでいます。
悲しいはずなのに、それは一切書かずに定子の気品と知性と美しさだけを書き残し、それが1000年伝わっている「枕草子」。
清少納言はどんな思いで「枕草子」をしたためたのか。
「枕草子」 奥深すぎる作品だと感じます。
1000年間 残ってくれてありがとうございます。
さてさて。
次回はライバルがいなくなり、自らの地位を盤石にしようとする藤原道長を描いていきます。
定子サマがご懐妊というスペシャルニュースも!
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