アーリヤ人は白人ではない:修正版
こんにちは。お久しぶりです。
やっとこさ本ができたので復活します。

今回は申請から出版まで1日もかからなかったようで、気がついたら販売されていました。審査早すぎ。
題名『ニムロデの系譜』
古代イランの王の歴史を叙事詩として記したフェルドゥシーの『王書(シャーナーメ)』に、考古学によって明らかになりつつある歴史をすり合わせながら、古代アーリヤ人の歴史を追っています。
フェルドゥシーはファンタジーを書きあげたわけではなく、古い文献を参考にして詩の形式にしたようです。発掘された粘土板の歴史に内容が一致します。
古代アーリヤ人の歴史はかなり広範な文明に影響を与えましたから、これを読んでいただけたら、ユーラシア各地の代表的な神話が単なる作り話ではなく史実をもとにした話であったことがご理解いただけるかと思います。
日本もアーリヤ人と関わりが深いですので、日本についての話も少し載せています。

この本でまず伝えたかったことは、「アーリヤ人の北方起源説」「アーリヤ人白人説」はファンタジーだということです。
この先入観があるために、いろいろなことが洗濯機のようにぐるぐると空回りして、古代史の研究が発展しないという部分があります。本当は、当のアーリヤ人である東のイラン人やアフガニスタン人やインド人が「それ違うよ」と言ってくれればいいのですが、なぜか彼らは白くなりたがっているようで、欧米の学者が唱えた学説を受け入れている状態です。
インドなんか黒人が多い国家であるにもかかわらず、映画の主要人物たちのほとんどが白に近い褐色です。テレビの中と現実世界とでもはや人種が違うタイほどではないにしろ、色黒の美女がトップスターにでもならないかぎり、黒のプライドを取りもどすことは難しいでしょう。
アーリヤ人の神話によれば、彼らの先祖は長いことメソポタミアとその周辺に暮らしていました。インド入りしたインド・アーリヤ人は陸路と海路の両方からインド入りしています。つまり、陸路は北側のカイバル峠を越えて、海路はインド洋あるいはインダス川を渡って移住しました。比較的遅い時代にインド入りしたグループのDNAも、彼らがイラン側からやって来たことを示唆しています。神話も同様です。
イランから移住したインド人の多くが黒人であるとするならば、イランにも黒人がいたということになります。ヘロドトス先生の言うとおりです。
ヘロドトスはペルシア領ハリカルナッソスの出身で、ほかのペルシア領内を旅行しています。彼はアケメネス朝ペルシアの都があったスサを「いわゆるメムノンの都」と呼びました。メムノンとは、トロイア戦争に駆け付けたエティオピア人の将軍です。
「エティオピア人」は黒人の代名詞でもあります。
もし、彼が知るペルシア人が色の白い人々であったなら、ヘロドトスは「ん?」と思ってなにか一筆コメントを添えていたことでしょう。
彼は伝聞に関しては正確ではないものを残しているかもしれませんが、自分の目で見たものに関しては見たとおりに書いたと思われます。
アケメネス朝の王たちはアーリヤ人の血統にあることを主張していました。彼らは白人ではありません。

「ぼくたち黒いし髪アフロだよね」
昔、「300(スリーハンドレッド)」という映画を見たときに、ペルシアの王クセルクセスを黒人の血が混じった背の高い俳優さんが演じていたのを見て、「ほー、勉強したんだなぁ」と感心したものです。
でも、王様がパンツ一丁はあり得ない。世界の頂点に立つ文明国の王を自認する人物がパンツ一丁で戦場に現れるなんてことはあり得ない。天皇陛下がパンツ一丁で前線に現れることくらいあり得ない。
アジアにストリーキングの思想はない。裸を見られることは単に恥であって、パンツ一丁では部屋からも出てこないでしょう。
パンツは置いておくとして、古代アーリヤ人が有色人種であった証拠はいろいろと残されています。でも、みんな古代のアーリヤ人がシベリア方面にいたと思っているから、目の前の証拠が見えなくなっています。アーリヤ人は紙にも粘土板にもちゃんと歴史を残しているのに。
その中で現代にまで残っているものの一つがフェルドウシーの『王書』なわけです。
神話の内容はちゃんと考古学の歴史に合致します。
それを解説しているのがこの本です。(目次はこの記事の末尾に貼ってあります。)
日本だけでなく、世界各地で神話に描かれた先祖の故郷が忘れ去られています。
戦乱や気候変動が起きるたびに、古代の人々は故郷の神話を携えたまま、かなりダイナミックに移動してきました。
そして、新天地に故郷と同じ地名をつけたり、故郷で祭っていたのと同じ神々の寺社を新しく建立します。
時がたつにつれて、子孫たちは神話にある地名や神々ゆかりの地を、自分たちが暮らす土地に見つけることになります。
こうして神話のルーツが見失われてしまう……。
このようなことが世界のあちこちで起きています。
ちょっとした名称の類似や部分的な文化の類似でルーツを探ろうとすると、トンデモ理論が生まれてしまいます。的を射た答えにたどり着くには体系的な理解が必要だと思っています。
そのためにも、とくに日本のルーツに興味のある方には日本に関係する部分だけではなく、全編読んでいただけたらなと思っています。
Saka.先生の記事で気づかされましたので追記しておきますが、こちらの本は古代史が好きな方にとってはかなり充実した内容になっていると思います。その代わり、古代史を学んだことも『王書』を読んだこともない方にはちょっと小難しいかもしれません。
もっとわかりやすく軽い感じで書けるように、このブログを使って鍛錬していきます。。
古代アーリヤ人の歴史はオカルトとも親和性が高い内容ですので、今後しばらくは、本の内容をもとにオカルトに絡めたシリーズを軽い感じで書いていきたいと思っています。
よかったらお付き合いくださいませ🌸
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『ニムロデの系譜』
目次
Ⅰ 伝承におけるアーリヤ人
アーリヤ人とは誰なのか
正統な王の起源
シュメール王ニムロデ
カシュ人とエティオピア人
Ⅱ アーリヤ人の起点 ペーシュダード王朝
カユ―マルスとは誰か
シュメールの正統な王
ウルの一族
悪魔の使役と疑惑の死
輝けるイマと黄金時代の終焉
クーデターによる失脚と神話
神の嵐と諸民族による侵略
Ⅲ 大いなるバビロンと 蛇王ザッハーク
アムル人の王
人身御供を要求する王
バビロンの陥落
Ⅳ シュメールの復活と ジャムシードの末裔
鍛冶屋カーヴェの反乱
王の帰還
二つの拠点
Ⅴ サルム・トゥール・イーラジ 派生3か国の興亡
三人の息子と民族の分離
サルムの王国
イーラジの王国
トゥールの王国
復讐の王マヌーチフル
Ⅵ アフラースィヤーブ 暗黒時代の幕開け
バビロンの破壊
ザヴによるバビロンの復興
カタストロフのはじまり
新たな王朝
カイヤーン朝の諸王
Ⅶ カシュヤパの子孫たち
アーリヤ人の分裂
アスラ
デーヴァ
大貴族スーレーン家
トゥーラーン人とトルコ人
ナーガ
Ⅷ 天と龍の民
黄泉へ向かうカッシート
アラッタと高天原
龍と知恵の神
参考文献

モーセは古代アーリヤ人帝国の地理を記録していた。⇩
こちら⇩のシリーズも時々更新する予定です。
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