セム・ハム・ヤペテ 誰が長男?
これはノアの息子、セム、ハム、ヤペテの歴史である。
(創世記10章1節)
諸民族の系図が書かれた創世記10章の冒頭にこのように書かれているため、この名前の順番が年齢の順であるとの誤解がある。
しかし、よく読めばわかるように、歳の順に並べると、
ヤペテ ⇒ セム ⇒ ハム
となる。
今回は、誤解の原因となっている翻訳を分かりやすくするために、新改訳聖書からの引用とヘブライ語聖書からの直訳の両方を使用する。
それでは、なぜヤペテが長男になるのか?
その理由を見ていこう。

①
ノアが5百歳になったとき、ノアはセム、ハム、ヤペテを生んだ。
(創世記5章32節)新改訳
ここでわかるのは、ノアは5百歳になったときに子供をもうけたということ。
しかし、3人いっぺんに生まれたわけではない。
同じ文章をヘブライ語聖書から直訳するとこんな感じになる。
そしてノアは5百歳になった。そしてノアはセムとハムとヤペテを生ませた。
あくまで、5百歳になってから子をもうけたという情報しかないのだ。
では、つぎを見てみよう。
②
セムにも子が生まれた。セムはエベルのすべての子孫の先祖であって、ヤペテの兄であった。
(創世記10章21節)新改訳
おっと? セムがヤペテの兄であると書いてあるではないかい?
……そうなのだ。書いてある。
しかし、この文章には訳者による思い込みが含まれている。
ヘブライ語ではこのように書かれている。
ו:ל:שםウ・レ・シェムילדユッラドגם־ガムהואフーאביアヴィכל־コבני־ベネイעברエベルאחיアㇰヒーיפתヤフェトה:גדולハ・ガドール
(ヘブライ文字は右から左に読む)
そしてセムにも(子が)生み出された、さらに彼はエベルの息子たちすべての父であり、一番大きいヤペテの兄弟である。
ヘブライ語の文章の最後の「ガドール」が「大きい」を意味している。
このガドールがヤペテを指しているのか、セムを指しているのかという問題なわけだが、素直に読めば直前のヤペテにかかる言葉であると認識するはずなのだ。
אחיアㇰヒーיפתヤフェトה:גדולハ・ガドール
この部分を英語に当てはめると、
ブラザー・ヤペテ・ザ・ビッグ。
その辺にいそうなくらい自然である。
途中で文章が途切れていることもあり、文末のハ・ガドールが文頭のセムにかかるとするのは少し無理がある。
「(セムが)ヤペテの兄である」という訳は、セムが長男であるとの思い込みから無理に絞り出されたアクロバット翻訳のように感じる。
では、つぎに行ってみよう。
③
セムは百歳の時に、すなわち大洪水の二年後にアルパクシャデを生んだ。(創世記11章10節)新改訳
ここで、セムが百歳になったのが大洪水の2年後であることがわかる。
では、大洪水が起きたとき、ノアは何歳だったのか?
ノアの生涯の六百年目の第二の月の十七日、その日に、巨大な大いなる水の源が、ことごとく張り裂け、天の水門が開かれた。
(創世記7章11節)新改訳
大洪水が起きたとき、ノアは6百歳であった。
セムは大洪水の2年後に百歳になるのだから、大洪水当時は98歳。
そして、ノアは5百歳の時に子供を生んだわけだから、大洪水の年に百歳になっている子供がいなければならない。
それは誰か?
④
ノアは葡萄酒を飲んで酔い、天幕の中で裸になっていた。
カナンの父ハムは、父の裸を見て、外にいる二人の兄弟に告げた。
それで、セムとヤペテは着物を取って、自分たち二人の肩に掛け、うしろ向きに歩いて行って、父の裸を覆った。彼らは顔をそむけて、父の裸を見なかった。
ノアが酔いからさめ、末の息子が自分にしたことを知って、言った。
「のろわれよ、カナン。
兄弟たちのしもべらのしもべとなれ。」
(創世記9章21~25節)新改訳
「父ちゃんがフル〇ンだ~♪」と触れまわった挙句、預言者でもあるノアに子孫が呪われるはめになったハムは、この時百歳以上であったものと思われる。
何やってんだ、ハム……。
ここで、カナンの父であるハムは「末の息子」であると書かれている。
ヘブライ語でも「末の」の部分はה:קטןハ・カタン(最も小さい)となっており、先ほどのה:גדולハ・ガドール(最も大きい)と対になっている。
ハムは末っ子である。
とすると、セムより年上で、大洪水時に百歳だった兄弟というのはヤペテしかいなくなる。
***
この話のつづきで、ノアはセムとヤペテを祝福する。
セムを先に、ヤペテをあとに。
のちにイサクが長子エサウを弟ヤコブより先に祝福しようとしたように、また、ヤコブが子供たちを祝福するときに長子ルベンからはじめたように、祝福は歳の順にするのが習わしであったのだろう。そのほうが誰の心証を害することもない。
しかし、同じヤコブがヨセフのふたりの息子を祝福するときに、右手を弟のエフライムの頭に、左手を長子のマナセの頭に置いた。目がよく見えないヤコブが間違ったのだと思ったヨセフはヤコブの手を取って直そうとしたが、ヤコブは「わかっている」と言って拒んだ。
「……私にはわかっている。彼もまた一つの民となり、また大いなるものとなるであろう。しかし弟は彼よりも大きくなり、その子孫は国々を満たすほど大きくなるであろう。」
(創世記48章19節)新改訳
ヤコブは預言者であった。
未来を預言して、祝福の優先を変えたのだ。
ノアに関しても同じことが言える。
ノアも預言者であった。
また(ノアは)言った。
「ほめたたえよ。セムの神、ヤハウェを。
カナンは彼らのしもべとなれ。
神がヤペテを広げ、セムの天幕に住まわせるように。
カナンは彼らのしもべとなれ。」
(創世記9章26~27節)
ここで預言されていることは、ヤハウェ信仰を引き継ぐのがセムであるということだ。
ヤハウェ信仰はモーセからはじまったのではない。
ヤハウェの神はアダムも知っていた。
セムの子孫、イスラエルから出たメシアが神の国の、全人類の王となる。
そうして、ノアがセムを先に祝福したことの預言が成就するのだ。
ノアはセムが年上だから先に祝福を与えたわけではない。
預言が介在するとき、祝福の順序を故意に変えることもある。
だから、セムが先に祝福を受けたからといって、彼が長子であるという証拠にはならない。
まとめ
◆父ノアは5百歳の時に子供をもうけ、6百歳の時に大洪水が起きている。
◆セムが百歳になったのは洪水から2年後のことだ。だから2歳年上の兄弟がいる。
◆そして、ハムは末っ子と書かれている。
◆聖書によっては「(セムが)ヤペテの兄であった」と翻訳されている部分は、ヘブライ語聖書から素直に翻訳すると「長子ヤペテの兄弟」と読める。
◆先に祝福をされるのが長男であるとは限らない。
以上の理由から、ヤペテが長男、セムが次男、ハムが三男となる。
※この記事はヘブル人の故郷を探るシリーズを書いている途中に補足として書いた脱線記事です。
シリーズ本編もよろしくお願いします🌷これから随時Up予定。

いいなと思ったら応援しよう!
もし記事を気に入ってくださいましたらサポートいただけますと励みになります。いただきましたものは資料の入手に使わせていただきます。