海に沈む『アダムス・ブリッジ』
スリランカには「アダム」と名のつく地名が多い。
アダムの墓に、アダムス・ピーク、アダムパーンに、アダムスブリッジ。
『アダムス・ブリッジ』とは、15世紀頃まで徒歩で渡れたのではないかと言われている、インドとスリランカをつなぐ陸橋である。
地図を見てみよう。


Wikipediaには長さ48kmと書いてあるが、どこからどこまで橋なのかがわからない。
現在、明らかに陸地ではない部分の距離はこんな感じである。⇩

もともと、現地では『ラーマの橋』と呼ばれていた。
インドの叙事詩『ラーマ―ヤナ』において、ランカ島にさらわれたシータ姫を助けに行くためにラーマ王子がかけた橋であるとされているからだ。
『アダムス・ブリッジ』という呼び名が地図上に現れるのは、19世紀に入ってからのことだという。
スリランカ側からアダムスブリッジの突端まで行ってみたが、もう何もない世界の果てという雰囲気だった。



歩いていると、足元は砂浜であるため、人造物だという気はしない。
ラーマの物語では、大量の土砂でもってこの橋を造成したのは、ハヌマーンと彼が率いる猿の軍団だとされている。

ハヌマーンとは風神ヴァーユが天女アンジャナとの間にもうけた猿神である。体の大きさを自由自在に変えることが可能で、空を飛ぶこともできたという。
ハヌマーンと配下の猿たちは、巨大な石山をひっくり返して、海に土砂を積み上げた。
作業は5日ほどで終了した。
かなりのスピード感である。
現代の技術と重機の大きさではまず不可能だ。
もし、アダムスブリッジが精巧な石積みであったなら人工物とわかりやすいのだろうが、土砂積みでは答えを出すのは難しそうだ。
事実、NASAもこれが人造物であるかどうかは断定できないとしている。
神話でのハヌマーンは、山一つを持ち歩けるほどのパワーと巨体の持ち主であるため、陸橋をかけるくらい朝飯前だろう。
しかし、それを可能か不可能か証明しろと言われても、本人が死んで土にかえってしまえばもう証明は不可能である。
はたして、アダムス・ブリッジは、巨猿化したハヌマーンたちの作品であったのか否か───。
それはわからないが、スリランカには巨人の足跡とされるものが残されている。
アダムスピークの頂上と、スリランカ北部のジャフナから船で行けるデルフト島。

それから、アダムの墓として観光地になっている巨人の墓がある。
全部うそっぱちで作り物だと言ってしまうのは簡単だが、こういった巨人関連アイテムが、何の素地もないところから出てくるのかどうか、という疑問は残る。
日本の九州には『伐株山』という、大きなクスノキを大男に頼んで切ってもらったとの言い伝えが残る山がある。
言い伝えが事実なら、せいぜい遡っても2千年くらい前の出来事なのではないだろうか。
そのころの日本には、巨人や巨木がまだ存在していたのかもしれない。
スリランカにも、大男が切った大木の切り株のような形状の岩山がある。


日本にはダイダラボッチの伝説がある。
インドには巨猿ハヌマーンの伝説がある。
それどころか、巨人の伝説は世界中にある。
イスラム教徒はアダムを巨人として認識し、巨人の墓を預言者の墓として守っている。
彼らは過去の人間たちは巨人であったと認識しているが、それはなぜだろうか?
聖書にはそのような記載はない。だから、古代からセム系民族に共通する概念というわけでもない。
彼らは何を見たのだろう?
彼らが守る巨大な棺の中にはほんとうに巨人の遺体が納められているのではないだろうか?
そして、思いのほか最近まで、巨人たちは生きて活動していたのかもしれない。

***
インド考古学調査局は2007年、アダムス・ブリッジ(ラーマの橋)がラーマによって建設されたことを示す歴史的証拠は存在しないという内容の宣誓供述書を提出した。
では、ラーマによって建設されていないという証拠は?
それもない。
どのようにしてこの地形が出来上がったのかはいまだ不明である。
インド政府は、アダムス・ブリッジの一部に当たる浅い海底を浚渫して、スリランカをぐるりと回らずにインドの東と西をつなぐ運河を造ろうと計画し、工事を進めていた。
しかし、インドのヒンズー教徒からの反対の声が強く、工事は中断されている。
上の宣誓供述書はインド政府と共同で提出されている。反対勢力の主張の根拠をつぶして早く工事を進めたいという政治的な理由で出されたものだろう。
しかし、ヒンズー教徒はラーマの物語を歴史的事実と捉え、その痕跡とされるものは彼らが信じる歴史を証明するものとして、崇拝の対象になっている。
宗教に歴史と遺物はつきものである。
その宗教が真実として伝える歴史が嘘であれば、その宗教と信仰は瓦解する。
だから、インド政府とインド考古学調査局のしたことは、一種の宗教戦争なのである。
インドの海運省の職員も、工事を請け負っていたヨーロッパの企業の幹部も、メディアの取材には匿名で応じている。……そういうことである。
一方、仏教が優勢でイスラム教徒も多いスリランカ側は、インドの浚渫工事を意外とあっさり受け止めている様子だ。
スリランカ側のアダムスブリッジの付け根の町、タライマンナル。
何もない辺境感がただようのどかなところだ。
スリランカはシンハラ人のエリアならばだいたいどこでも英語が通じるので、非常に旅行しやすい国であった。路線バスの運賃も非常に安く、食事もおいしい。つい長く滞在したくなる国である。



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