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聖書預言『エゼキエル戦争』~ハルマゲドンへの道~⑥


 『エゼキエル戦争』というワードをご存じだろうか?

 シリア内戦が起きたころからホットに取り上げられはじめた、エゼキエル書に記された聖書預言である。

 この戦争は『千年王国』の前に起きなければならないがまだ起きていない戦争として、関心を集めている。


 かくいう筆者も、二十歳のころから「この内容がそのまま起きたらもう聖書の神を信じないわけにはいかないだろう」と思いつづけている、大注目の未来の戦争なわけである。


 では、今回は『エゼキエル書』に記された預言の内容をざっと取り上げ、それから、この預言が最近になって注目されはじめた理由を解説していく。
 


 それでは、さっそく、




戦争を起こす国々



 この戦争の様子は『エゼキエル書』の38章と39章に記されている。
 
 はじまりの部分はこうである。
 

「人の子よ。メシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグに顔を向け、彼に預言して言え。神であるヤハウェはこう仰せられる。
 メシェクとトバルの大首長であるゴグよ。今、わたしはあなたに立ち向かう。
 わたしはあなたを引き回し、あなたの顎に鉤をかけあなたとあなたのすべての軍勢を出陣させる。それはみな武装した馬や騎兵で、大盾と盾を持ち、みな剣を取る大集団だ。
 ペルシャとクシュとプテも彼らとともにおり、みな盾と兜をつけている。
 ゴメルとそのすべての軍隊、北の果てのべテ・トガルマとそのすべての軍隊、それに多くの国々の民があなたとともにいる。
 ………
 多くの日が過ぎてあなたは命令を受け、その諸々の年の最後にひとつの国に侵入する。その国は剣の災害から立ち直り、その民は多くの国々の民の中から集められ、久しく廃墟であったイスラエルの山々に住んでいる。その民は国々の民の中から連れ出され、彼らはみな安心して住んでいる。
 あなたは嵐のように攻め上り、あなたとあなたの全部隊、それにあなたにつく多くの国々の民は、地を覆う雲のようになる。
 ………
 その日にはあなたの心に様々な思いが浮かぶ。あなたは悪だくみを設け、こう言おう。『わたしは城壁のない町々の国に攻め上り、安心して「住んでいる平和な国に侵入しよう。彼らはみな城壁も閂もないところに住んでいる。』
 あなたは物を分捕り、獲物をかすめ奪い、今は人の住むようになった廃墟や、国々から集められ、その国の中心に住み、家畜と財産とを持っている民に向かって、あなたの腕力をふるおうとする。
 シェバやデダンやタルシシュの商人たち、およびそのすべての若い獅子たちは、あなたに聞こう。『あなたは物を分捕るために来たのか。獲物をかすめ奪うために集団を集め、銀や金を運び去り、家畜や財産を取り、大いに略奪をしようとするのか』と。

 それゆえ、人の子よ、預言してゴグに言え。神であるヤハウェはこう仰せられる。わたしの民イスラエルが安心して住んでいるとき、実にその日に、あなたは奮い立つのだ。
 あなたは北の果てのあなたの国から、多くの国々の民を率いてくる。彼らはみな馬に乗るもので、大集団、大軍勢だ。
 あなたはわたしの民イスラエルに攻め上り、終わりの日にあなたは地を覆う雲のようになる。ゴグよ。わたしはあなたにわたしの地を攻めさせる。
 それは、わたしがあなたを使って諸国の目の前にわたしの聖なることを示し、彼らがわたしを知るためである
(エゼキエル38章2~16節)


 引用文が長くなったが、要するにここで預言されているのは、「終わりの日」にメシェクとトバルの大首長であるマゴグの地のゴグ率いる大軍勢がイスラエルに攻め込むという内容である。

 そのイスラエルだが、町は廃墟となり、長らくサボテンも生えない荒野で少数の遊牧民が暮らすだけとなっていたパレスチナの土地に、19世紀の終わりごろから移住してきたイスラエル人が土地を耕し、町を再建して住んでいる。
 彼らはロシアやヨーロッパ、アフリカや中東の周辺国のみならず、もっと遠い国々からも集められた人々である。

 現在はまだ軍事作戦が継続中だが、「剣の災害から立ち直り」とあるように、周辺地域から脅威が取り除かれて平和が訪れたあとに、ゴグの軍勢はイスラエルに攻め入るのである。


 ゴグとともにやってくる軍勢の構成は、
メシェク
トバル
マゴグ

ペルシア
クシュ
プテ
ゴメル
べテ・トガルマ
多くの国々の民

となっている。


 「諸々の年の最後」「終わりの日」というのは、人間による支配の終わりの時であろうと思われる。

 というのも、出エジプト記のエピソードは、今の時代から神の国へ移行する様子のメタファーというかサンプルであり、神の奇跡によって海に飲まれたファラオの軍勢は、奇跡によって倒されるマゴグのゴグ率いる軍勢の暗喩である、と解釈できるからだ。




 それにしても、「みな武装した馬や騎兵」という表現が気になる。

 今より未来の時代に、騎兵??

 エゼキエルが生きていた時代にも戦車はあったのに、戦車と書かず、車両と思しき描写もなく、あえて馬?

 今からのち、文明が衰退して輸送車両がなくなってしまうのだろうか?
 それとも、SDG’sが行き過ぎて、車を放棄して馬に戻るのだろうか?
 それとも、イスラエルが開発しているアイアンビームが優秀すぎて、車両は国境で破壊されてしまうために馬での進軍を選ぶのだろうか?


 しかも、軍勢の武器は剣とか槍とか、ローテクに回帰している。

 とてもじゃないが、現代国家の正規軍の装備ではない。
 しかし、世界的に見ると、銃火器をもたない民間人同士の衝突でよく用いられる武器は「ナタ」である。

 田舎暮らしには必需品である。
 インド映画のアクションシーンではよく敵のやられ役が持っているし、アフリカの小競り合いでもよく登場する。ウガンダの大虐殺にも用いられていた。

 飛び道具を持たない民間人を襲撃するだけならば、剣と槍で十分なのだ。



 UFO描写もしたエゼキエルによるローテクの描写なのだから、おそらく馬も剣も比喩ではないはずだ。

 今っぽくないからこそ、成就したときにはわかりやすいと思う。

 些細なことかもしれないが、何気に気になる部分である。



 さて、マゴグのゴグに関しては、今のところロシアの大統領のことではないかという予測がメジャーとなっている。
 というのも、ゴグは北の果ての国から来る、と書いてあるからだ。

 しかし、この「果て」と訳されている〈ירכתי〉を翻訳すると「厳しい」や「後方の」と言った意味になるため、「北の果て」の部分は「北の厳しい国」とも「北のうしろの国」とも読めてしまう。


 同じく、「べテ・トガルマ」も「北の果て」から来ることになっている。

 べテ・トガルマがどの民族であるかはわからない。
 主流の意見では、現トルコ東部の町「タガラマ」がトガルマではないかと言われている。だから、べテ・トガルマはトルコである、と。
 しかし、トルコだったら北の果てとまでは言えない。

 なので、「北の果て」の翻訳を修正するか、べテ・トガルマをもっと北の国と推定する必要がある

 「北の厳しい国」なら、冬は極寒になるトルコでもOKかな?
 「北の果ての国」なら、北極海に面した国の中から選べばよい。

 さあ、どっちだ!

 ……わからないのでつぎに行く。


 「ペルシア」はそのままである。

 「プテ」もアフリカの国だということはわかる。プテをリビアとする説もあれば、古代プント国があったエジプトの南のスーダンか、現在プントランドという地名のあるソマリア北部も候補に挙げられる。

 「クシュ」に関しては子孫がアジアとアフリカに別れたため、どちらを指しているかというのは正直不明だ。メジャーな説ではクシュはアフリカのスーダンだとされている。しかし、アジアのクシュを指している場合はインドという解釈もあり得る。インドのタミル人はおそらくクシュ系統である。

 「ゴメル」はイスラムの伝統ではイランと関連付けられている。
 でも、イランはもうペルシアとして出ている。というわけで、イランから広がったほかの国ではないだろうか。東南アジアのミャオ族には自分たちがゴメルの子孫であるという言い伝えがあると聞いたことがある。その話が古代からの言い伝えなのか、キリスト教が広まってからの話なのかが分からないので何とも言えない。だが、古代中国と古代イランのあいだには明らかな関係があるため、ゴメルの候補に中国を挙げてもいいかもしれない。


 そして、多くの国々の民

 ……なんかもう、オールスターな感じがしてきた。



 むしろ、イスラエルを攻撃する連合軍に加わっていない国を探した方が早そうだ。

 明らかに加わっていないのは、侵略に抗議するシェバとデダン、タルシシュの商人たちとその若い獅子たちである。

 シェバとデダンはアラビア半島にある地名だ。
 タルシシュはトルコのタルススを指すのか、スペインのタルテッソスを指すのか、いずれにせよタルシシュは地中海沿岸にいたものと思われる。
 その若い獅子たちというのは、タルシシュから派生した複数の国々である。

 これらの国々はゴグと軍勢に対して抗議をするが、イスラエルを助けに行くわけでもない。



 このように、軍の構成や参加しない国の構成ははっきりとはわかっていない。預言が成就するまで伏せられることだろう。

 だが、大まかな構成は見えてくる。


 イスラエルに攻めてくるのは、主にユーラシア諸国連合とアフリカの国々。
 抗議するのはアラブ諸国とヨーロッパの国々。


 では、この戦いの行方を見てみよう。


神による滅び


 ゴグがイスラエルの地を攻めるその日、主ヤハウェの宣告、わたしは怒りを燃え上がらせる。
 わたしはねたみと激しい怒りの火を吹きつけて言う。その日には必ずイスラエルの地に大きな地震が起こる。
 海の魚も空の鳥も野の獣も地面を這うすべてのものも、地上のすべての人間も、わたしの前で震え上がり、山はくつがえり、がけは落ち、すべての城壁は地に倒れる。
 わたしは剣を呼び寄せて、わたしのすべての山々でゴグを攻めさせる。主ヤハウェの宣告。彼らは剣で同士討ちをするようになる。
 わたしは疫病と流血で彼に罰を下し、彼と彼の部隊と、彼の率いる多くの国々の民の上に、豪雨や雹や火や硫黄を降り注がせる。
 わたしがわたしの大いなることを示し、わたしの聖なることを示して、多くの国々の見ている前でわたしを知らせるとき、彼らはわたしがヤハウェであることを知ろう。」
(エゼキエル38章18~23節)


 ゴグ率いる軍勢は、神の怒りによって滅びに至る
 出エジプト記が暗喩であれば、ゴグの軍勢は全滅する。

 では、神はどのようにイスラエルに攻め寄せた軍勢を滅ぼすのだろうか?

 上記から読み取れるのは、
大地震
同士討ち
疫病
豪雨
降り注ぐ火と硫黄


 これらの災害によって大軍勢は滅びに至るという。

 イスラエル軍がやっつけるわけではない。
 
 しかも、これらの災害によって大軍勢が全滅するのを、多くの国々が見ている、というのだ。

 兵士として参加していない一般市民は、ニュースの生中継やSNSの動画でその様子を見ることになるのだろう。


 ……メシェクとトバルの大首長であるゴグよ。わたしはあなたに立ち向かう。
 わたしはあなたを引き回し、あなたを押しやり、北の果てからのぼらせ、イスラエルの山々に連れてくる。
 あなたの左手から弓を叩き落とし、右手から矢を落とす。
 あなたとあなたのすべての部隊、あなたの率いる国々の民はイスラエルの山々に倒れ、わたしはあなたをあらゆる種類の猛禽や野獣の餌食とする
 ………
 わたしはマゴグと、島々に安住しているものたちとに火を放つ。彼らは、わたしがヤハウェであることを知ろう。
(エゼキエル39章1~6節)

 ゴグと亡くなった兵士たちは、野に倒れて動物のエサになる。


 そして、「マゴグと、島々に安住しているものたちとに火を放つ」と書いてある。
 つまるところ、イスラエルから遠いところにいて普通に暮らしている人々のところへ火が送られるのである。

 この「火」とは文字通りの火なのか、何かの比喩なのか?

 ここで言う火とは「聖霊の火」であるとする説もある。神のもとから聖霊が送られて、民が覚醒するというのだが、それはどうだろうか。
 「安住しているものたち」という表現がなんだか物騒なのだ。
 文学として読んだときに、送られるものが聖霊ならば「安住している」はいらない気がする。
 文字通りの「火」のほうではないだろうか……?

 そして、「島々」とはどこのことなのか?

 日本列島という島々に住んでいる身としては気になる部分である。

 自衛隊もゴグの軍勢に参加したりして。
 で、本土に火が降ってきたりして。

 ………。

 火が降ってくる場所がマゴグと島々に限定されているのも気になる。
 これも、時代が進めば理由が見えてくることだろう。



侵略軍の末路


 「わたしはわたしの聖なる名をわたしの民イスラエルの中に知らせ、二度とわたしの聖なる名を汚させない。諸国の民はわたしがヤハウェであり、イスラエルの聖なるものであることを知ろう。
 ………
 イスラエルの町々の住民は出てきて、武器、すなわち盾と大盾、弓と矢、手槍と槍を燃やして焼き、七年間それらで火を燃やす
 彼らは野から木を取り、森から薪を集める必要はない。彼らは武器で火を燃やすからだ。
 彼らは略奪されたものを略奪し返し、かすめ奪われたものをかすめ奪う。
 主ヤハウェの宣告。
 その日、わたしはイスラエルのうちに、ゴグのために墓場を設ける。それは海の東の旅人の谷である。そこは人が通れなくなる。そこにゴグとそのすべての群衆が埋められ、そこはハモン・ゴグの谷と呼ばれる。
 イスラエルの家は、その国を清めるために、7か月かかって彼らを埋める。その国のすべての民が埋め、わたしの栄光が現されるとき、彼らは有名になる。
 主ヤハウェの宣告。
 彼らは常時国を巡り歩くものたちを選び出す。彼らは地の表に取り残されているもの、旅人たちを埋めて国を清める。彼らは7か月の終わりまでさがす。
 巡り歩くものたちは国中を巡り歩き、人間の骨を見ると、そのそばに標識を立て、埋めるものたちがそれをハモン・ゴグの谷に埋めるようにする。
 そこの町の名はハモナとも言われる。……」
(エゼキエル39章7~16章)


 滅びた軍勢が残した武器は、その後7年間、イスラエルに住む人々の生活燃料となる。

 そして、軍勢の遺体はハモン・ゴグの谷という場所に埋められることになる。イスラエル人は7か月でこの作業を完了する。
 遺体の埋められた谷のある町は、ハモナと呼ばれるようになる。

 こうして、地上から軍勢の痕跡が消され、イスラエルの土地は清められるのである。




 以上が、『千年王国』がはじまる前に起きる「ゴグによる侵略」の顛末である。



近年話題にのぼりはじめた理由


 ざっと預言の内容を見てきたが、この『エゼキエル戦争』はシリア内戦がはじまってからとくにクローズアップされるようになった。

 なぜかというと、シリアにロシアとイランが軍隊を駐留させ、トルコ軍もクルド人に対処する目的で越境攻撃を行っていたからだ。

 つまり、イスラエルの北の国境のすぐ向こうに「メシェクとトバルの大首長のマゴグのゴグ」、「ペルシャ」、「べテ・トガルマ」の軍がそろったと考える人々が現れたのだ。

 ロシアとトルコは、ロシア帝国vsオスマン・トルコの時代に幾度も戦火を交えていたし、トルコは事実上対ロシア軍事同盟であるNATOに加盟しており、この二国の仲は決して良好とはいえないものであった。
 トルコとイランも仲は良くない。トルコはスンニ派の強国で、イランはシーア派の強国だからだ。
 イランは革命前までは西側についており、決して親ロシアではなかった。

 それが、シリア内戦を機に大きな変化が現れた。

 歴史的にあまり仲の良くなかった3か国が近づいて、手を結びはじめたのだ。
 

 『エゼキエル戦争』は近づいている。
 そのように発信する人々が現れたのは、こういう理由からである。


 たしかに、いずれ成就するかもしれないが、今すぐではない。もう少し先である。
 というのも、イスラエルにはまだハマスとヒズボラの残党処理業務が残っている。シリアにいるイランの民兵とイランの影響力排除もまだ遂行中だ。

 イスラエルの一連の軍事作戦が終わり、情勢が安定して平和を享受してはじめて、マゴグのゴグにGoサインが出る。

 彼らはイスラエルが平穏に過ごしているときに攻め込むことになっているのだから。


 現在、イスラエルの軍事作戦により中東が不安定化して、より大きな戦争につながるのではないかと懸念する向きもあるようだが、『エゼキエル戦争』が近づいているとすれば、戦火拡大はないと言える。むしろ、収束と安定に向かうはずだ。
 事実、ガザとレバノンはもう決着がついている。ハマスとヒズボラはもうおしまいである。シリアのイラン勢力もこのままだといずれみな排除されるだろう。


 長らくイスラエルを悩ませていた周辺の敵が排除され、中東に平和が訪れたとき、この世の終末も近づくのである。


まとめ



 聖書に記された「ほかの預言」も正確であるならば、この「預言にある終末戦争」はそう遠くない未来に起きる。

 
 新約聖書の『ヨハネの黙示録』18章で言及される「大いなるバビロン」が行う悪行はもうはじまっているからだ。

 大いなるバビロンは医療魔術で世界中の人々をだまし、その報いを受けるのである。

 ともし火の光は、もうお前のうちに輝かなくなる。花婿、花嫁の声も、もうお前のうちに聞かれなくなる。なぜなら、お前の商人たちは地上の力あるものたちで、すべての国々の民がお前の魔術(φαρμακειαファルマケイア)に騙されていたからだ。
 また、預言者や聖徒たちの血、および地上で殺されたすべての人々の血が、この都の中に見出されるからだ。
(黙示録18章23~24節)

 ファルマケイアはファーマシー(薬局)の語源である。

 すべての国々の民をだますファーマシー魔術とは、さてはて、なんだろうか。言うと叩かれるアレですかね。

 とにかく、世界中をだましていた大いなるバビロンは滅び、世界中の王たちも滅びに至る。

 その時に起きる戦争が、『エゼキエル戦争』である。



 マゴグのゴグに率いられた多国籍軍はイスラエルに侵攻し、神の奇跡によって全滅して、ハモン・ゴグの谷に葬られる。

 この出来事を見た世界中の人々は、ヤハウェの神がこれを行ったと知ることになる。

 なぜ人々はそうとわかるのか?

 ───事前に預言の内容を知っていたからである。



 これを読んだあなたも、『エゼキエル戦争』が起きればそれと気づくことになり、自分が世紀末ウォッチャーになったことを知るだろう。

 そしてこの時、あらかじめ知識があるために、イスラエルを擁護するのか、多国籍軍側に与するのか、その選択はより自覚的になってくる。

 知識があって選択した場合、あとから言い訳することはできない。


 もう後戻りはできないのである。

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