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アトランティスとエジプトとの関係~実在したかもしれないアトランティス③~ 

過去回⇒実在したかもしれないアトランティス①
    
実在したかもしれないアトランティス②


エジプト王女リビュエー



 さて、前回、エジプトに攻め寄せた海の民のリーダーは、エジプト人の認識では「リビア人」であるというところで終わった。

 リビアとは、エジプト王エパポスと、同じくエジプト人の妻メンフィスの娘「リビュエー」のことであろう。

 リビュエーはポセイドンと結婚し、のちのエジプト王ベーロスを産んでいる。


 これはギリシア神話の系図による解釈だが、エジプトとギリシアには密接な関係があり、ギリシアに植民したエジプト人たちがいたようなので、アフリカに関する神々の系図はエジプト由来である可能性が高い。



 ポセイドンだが、シリーズの①で解説したように、個人名ではなく、血筋を表す称号のようなものである。

 アトランティスの王はすべからくこの称号を持っていた

 リビュエーのあとにもポセイドンと結婚するエジプト王女がいることからも、そのことが察せられる。



 リビュエーはエジプトから嫁いだはじめての王女だったのだろう。

 ゆえに、以降、エジプト人はアトラスの建てた王国をリビュエーが嫁いだ土地ということで「リビュア」と呼ぶことになった。リビュエーの子供がのちのアトランティスの王になったとも考えられる。



 それを、ギリシア人は自分たちにわかりやすく翻訳した。

 リビュエーはアトラスの王国に嫁いでその地の娘となった。
 だから、アトラスの娘の土地という意味で「アトランティス」としたのではないだろうか。


 あくまでエジプト人視点の歴史をギリシア人が自国民にわかりやすく翻訳した結果が「アトランティス」の名称につながったわけだ。

 

エジプトとアトランティスの関係性



 アトラスもポセイドンの血筋であり、その子孫のアトランティス王がエジプト王女リビュエーを娶りその息子のひとりがエジプト王ベーロスとなった。

 エジプトとアトランティスの王族は姻戚関係にあったということだ。

 そして、この関係性を見るかぎり、アトランティスのほうが格上である。


 エジプトにアトランティス以上の権力があった場合、エジプトはアトランティスから王女を娶るだろう。
 もし、エジプトから王女を送り出したとしても、エジプトが格上ならば、その息子を呼び戻して王にするということは混乱期以外にはあり得ない。なぜなら、王女の兄弟が正当な血筋をつないでいるからだ。

 混乱期でもないのによそに嫁いだ娘の子を王にするというのは、アトランティス側の圧力があったためではないだろうか。

 もちろん、当時の事情が分からないので確たることは言えない。
 何らかの事情で男子がつづかなかったのかもしれない。

 いずれにせよ、一時期エジプトとアトランティスは友好関係にあったようだ。


 しかし、その後、疎遠になったのか関係が悪化したのか、アトランティスはエジプトにも兵を送ることになる。



 古代リビアは豊かな土地であった。

 北アフリカと、伝説にある大西洋の島は豊かな土壌で気候にも恵まれていたのだろう。
 やがて、人口が増え、そこから移動する人々が現れる。

 征服事業も、人口が増えて土地が足りなくなったためにやらざるを得なくなったことかもしれない。


 つづく。


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