私は頭の中の声を「言葉」にできない。- 自分を愛すということ -
私は頭の中の声を発信することが苦手だ。
言語化できないわけではない。自分の中から出して世界に「言葉として送り出す」ことが苦手なのだ。
だから日常の中で交わすほんの短い文字のやりとりにすら、物凄く時間がかかる。
誤字脱字はない?誤用はない?
この言葉、誤解される可能性はない?
気を遣わせる内容になってない?
これ他人が読んでも理解できる?
そもそもこれ、時間割いて読んでもらう程の価値ある…?
そのようなことのチェックを何重にもして修正を繰り返し(AIを通しても自分でチェックしないと安心できない)、ようやく送信ボタンを押す頃には1~2時間が過ぎているのだ。
この記事だって、自己校閲を始めて既に2時間は経過している。
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私の頭の中には常に、自分の「意思」とは別の声が響いている。その声の主を「左脳さん」と呼んでいる。
(なお念のために補足すると、妄想や幻聴を伴う病名の診断は受けていない。また、私の主治医は、非常に勤勉で熱心な信頼できる専門医だ)
左脳さんとは小学生の頃からの付き合いで、かれこれ25年程一緒に生きている。
と言っても実際のところ、彼は私だ。私という「自我」と繋がった「防衛本能」だ。
それを理解していて、それでも擬人化するように扱っているのは、彼が私の制御下にないからだ。
左脳さんは常に喋り続けている。
私が楽しい時も、苦しい時も、笑っている時も、泣いている時も、常に私の意思とは無関係に喋り続けている。
その内容は様々だが、主に「世間の目」の役割をしてくれている。
私が「これってどういうこと?」と思えば、左脳さんは「ggrks」と即答する。
私が「すっごく感動した…!コメント残したいな…」と思えば、「お前のコメント誰が喜ぶん?」と突っ込んでくる。
私が「この人マジおもろwwwすきwwwww」と思えば、「で、おまえのことは誰が好きなん?」と余計な一言を投げつけてくる。
その度に私は、呼吸をするようにGoogleを開き、( ˙-˙ )スン…となり、自分を蔑んでみたりする。
時々本気で腹が立って「うるさいわ!」と言い返してしまったりする(家に一人でいる時は本当に声に出る)。
正直忌々しいと感じていた時期もあって、その期間も決して短くはなかった。
左脳さんの声に納得して生きていると、結果的に、他者と上手く交流を繋げず孤立するのだ。
けれど私自身も本当は、頭のどこかで解っていて、それを望んでいる。
「独りでいればもう痛くないよ」
これは、左脳さんの「愛」なのだ。
私の痛みを一つも漏らさず一緒に感じてきてくれたからこそ、彼は私を守るために今日も「幼い防壁」を必死に展開してくれている。
それはまだ幼かった私のために、まだ幼かった左脳さんが初めて覚えた防御魔法だ。
それは幼い私を守り、私の命を今日まで繋いだ。
必死で守り愛を注いでいる対象の私から、どれだけ苛立ちや怒りを向けられても、彼は健気にその防壁を展開し続けてくれている。
それは、この世界でたった一人、私だけのために生成された、私だけに向けられた「捨て身の愛」なのだ。
彼の小言や辛辣な言葉が「愛」であることに気付いた時、私は泣いた。
いや、正確には「左脳さんが泣いた」。
そして、左脳さんの涙に気付いた私もまた、泣いたのだ。
この時初めて、私は「自分を愛すること」を知った。
そしてそれは、ようやく「幼い防壁」を「今の私にちょうどいい防壁」に作り替えていく、左脳さんとの共同作業が始まった瞬間だった。
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圧制されて育った人間には、「自分を愛すること」はとても難しい。
解っているつもりで、実は「知らなかった」りする。
知ることは痛みを伴う。
けれどその一方で、かけがえのないものを手にする瞬間でもある。
自分を許せない
気にし過ぎる
思っていることを言えない
そんな苦しみを抱えている方は、自分の中にある「自分だけに向けられたかけがえのない愛」に意識を向けてみて欲しい。
それがきっと、自己受容のはじまりになるから。
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ここまで読んでくださった方へ、愛を込めて…
もし共感する部分があったなら、是非以下の情報に触れてみて下さい。
私が自分を理解するためにとても役立った情報、「そうそうこれなんだよ!」と理解者をみつけた気分になった本たちです。
もしかすると、今よりもちょっぴり生きやすくなるためのヒントになるかもしれません。
▼ 心理学的側面から理解する ▼
▼ 詩的に柔らかく理解する ▼
▼ 心の深層で理解する ▼
