「愛してる」なんて言葉はいらない
20代の頃付き合ってた人とは、毎日電話して、「愛してる」と言い合ってた。ずっと一緒にいたくて、いないと不安で仕方なかった。結局、その人とは8年間つきあった後、結婚することなく、別れてしまった。もうこれ以上好きな人なんて訪れないだろうし、本気で人を好きになると別れが辛くなるから、もう嫌だなと思った。
だから今の夫とつき合い始めた時は、本気になりすぎないぞ。と構えていた。でも彼はすっとわたしの心に入ってきて、自然でいられる気がした。「好き」とも「愛してる」とも言わないけれど、すごく大事にしてくれてるのだけは感じる。不思議だった。どうして感じるのだろう。何も言わないのに。
夫と結婚して、子供が産まれた時、もうこの子のためなら何でもできると思った。自分の命さえ惜しくないと思えるなんて、こんな感情初めてだった。子供はわたしに全てを与えてくれる。赤ん坊は「好き」とも「愛してる」とも言わないのに、わたしに全てを委ねてくれる。キラキラした眼差しを向けてくれる。不思議だった。
夫とは毎日のように喧嘩するけれど、大事にしてくれていると感じる。わたしを邪険にしたりしない。相変わらずお互いに「好き」とも「愛してる」とも言わないけれど、言わなくても、言わないからこそ、深まる何かがあるような気がする。
思春期になった息子2人にはもう、「好き」とか「かわいい」とか気持ち悪がられるので、言わないけれど、2人がわたしのことを大好きなのは、すごく感じる。それは愛なのか。もっと深い何かのような気もする。
言葉になんてしなくても、わかり合えていれば、心は満たされるのだ。20代のあの頃、わたしは不安で不安で、言葉で聞いても不安だった。それはもう執着だったのではないか。本当にそこに「愛」があれば、言葉なんて必要なかったのに、それに気づかなかった。
言葉は不思議だ。言葉にすることによって陳腐になるような気がする時がある。「愛してる」じゃ足りない。夫に、息子たちに、その言葉だけでは言い切れない深い思いがある。
これからも夫や息子たちに「愛してる」って言わないし、言われないと思う。でも全然寂しくない。お互いに感じていれば、何も問題はない。心が繋がっていれば、言葉なんて必要ないのだ。
今日もわたしたちは感じ合っている。意識せずとも、愛情に揺らぎがないことを理解し合っている。日常的な生活で何かを伝える時はもちろん言葉は必要だけれど、深いところで繋がっていれば、さほど大きな問題にはならない気がする。お互いが寂しくなければ、孤独を感じなければきっと大丈夫。思い合っていれば、それは伝わる。
みんなも同じ気持ちでありますように。
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