わたしがドトールに通わなくなった理由
うつ病で休職していた時、クリニックの先生に近所のカフェでもいいから外に出るように勧められた。うちの近所のカフェといったらドトールしかなかったので、本当は外に出るのは辛いけれど、最初はなるべく人を見ないようにしてドトールに通った。
外に出るのが慣れてきてからも、ドトールには通った。前の仕事を辞めて、次の仕事が始まってからも、休みの日には必ず少しでもドトールへ行った。それはもう習慣になっていて、自然と身体が動いて行っているようだった。お給料も下がったから、呑気にカフェ通いなんてしてる場合じゃないのに、行かないとなんだか気分が落ち着かないのだった。
それが、今年の4月になって、念願の学校司書になってから、とんと通わなくなった。正確には1、2回は行ったかもしれないが、足が向かなくなった。
はて、どうしたのだろう。
休みは週3はあるし、行こうと思えば行けるはずなのに。休みの日は確かに予定が入っていることも多いが、行けないこともない。
もしかして、うつ病、寛解した?
たかがドトールに行かなくなったぐらいでどうして。と思われるかもしれない。でもわたしにとっては特別な意味をもつのだ。
「人」を感じる大事な空間だったのだ。わたしは、1人だけど、1人じゃない。と。
この2、3ヶ月でわたしには新しくたくさんの仲間ができた。
一箱本屋の棚主とスタッフの仲間たち、ZINE(自主制作本)を一緒に作った仲間たち、新しい仕事の学校司書の同じ地区の仲間たち、そしてnoteで繋がっている仲間(と勝手に思っている)たち。
1人じゃないと感じることがたくさん増えたのだ。心が満たされているのだ、きっと。
気づいたらわたしの周りにはありがたいことに、たくさんの仲間たちがいてくれるようになったのだ。
わたしにはもう不安な心を満たすためのドトールは必要なくなった。また行くこともあるかもしれないけど、それはただ、ちょっとひと息つくためとか、空腹を満たすためとか、目的をもって行く時だろう。
今までありがとう、ドトール。わたしの不安な気持ちを受け止めてくれて。その場に居合わせた人たちは、間違いなくその時のわたしにとって、必要な人たちだった。みんな知らない人だけど。
わたしにとっては重要な場所だった。
仕事の帰り道、ドトールを横目で見ながら通り過ぎる。
もう通わなくても、大丈夫。
そう、もうきっと。ね。
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