ワークライクバランス
やるべき と やりたい の 間を考える
仕事とは、生活のためにこなす義務なのか。
それとも、自分の可能性をひらき、誰かの人生に光を置くための営みなのか。
この問いをまっすぐ考えたとき、私にとっての「ワークライクバランス」は、単なる時間配分の話ではなくなった。
ワーク〈ライク〉バランスは、「やるべきと感じるコト(ワーク)」と「やりたいと感じるコト(ライク)」のバランスによって人生の満足度を整えていく考え方だと思うが、私の実感では、その二つは対立するものではないと感じる。
それはこれまでの体験を通し、仕事を自己実現への道として引き受けたとき、「やるべき」はいつしか「やりたい」に深くつながり始めたからです。
この記事では、私にとっての仕事観と、働くことの本質、そして「私の事業は拍手から始まった」という実体験を通して、ワークとライクがひとつに重なる瞬間について書いていきたい。
本文
1. 仕事とは何か
― 私にとっての答えは「自己実現への道」である ―
私にとって仕事とは、
単に収入を得るための手段ではない。
予定を埋めるための作業でもない。
社会の中で役割を果たすためだけの義務でもない。
何かの実績を残し、それを披露する為のものでもない。
ここまで売上を出しましたと数字を見せるものでもない。
生活を豊かにするものでもない。
可能性を信じ、あらゆる賞を取るためのものでもない。
仕事とは、
自己成長を追求し続ける場であり、
自己実現への姿勢そのものである。
人は、何も起こらない場所では、
案外大きくは変われない。
安全で、平穏で、何も揺さぶられない場所にいれば、心は休まるかもしれない。
でも、可能性は眠ったままのことがある。
仕事には、揺さぶりがある。
課題がある。
予想外がある。
通用しない現実がある。
思い通りにいかない他者がいる。
そして何より、
いまの自分のままでは届かない場面がある。
そこではじめて人は、
自分の中に眠っていた力に触れていく。
知らなかった弱さに気づき、
鍛えられていなかった部分を知り、
新しい知識や技術や視点を求め始める。
私は、
この営みそのものが仕事の尊さだと思っている。
仕事とは、
社会の歯車になることではない。
まだ完成していない自分を、
より高いところへ連れていくための現場なのだ。
2. 自己成長を追い続ける仕事だけが、人生を深くする
新しい知識を学ぶ。
新しい技術を身につける。
慣れない領域に挑戦する。
これまでとは違う人と向き合う。
そのどれもが、仕事の中では自然に起きる。
しかし、本当に大切なのは、
何を学んだかの量ではなく、
それによって自分の見える景色がどう変わったかだと思う。
成長とは、
単にできることが増えることではない。
物事の見方が深くなることだ。
人の痛みの理解が増すことだ。
以前なら反応できなかったことに、
今は応えられるようになることだ。
そして、自分の限界だと思っていた場所が、
実は通過点だったと知ることだ。
そうやって人は、
仕事を通して自分自身の輪郭を広げていく。
私は、
単なる作業で終わる仕事にはしたくないと思ってきた。
毎日をこなすだけで終わるなら、
時間は過ぎても人生は深まりにくい。
でも、学び続ける姿勢を持って仕事と向き合えば、同じ一日でも、その密度は大きく変わる。
自己成長とは、
若い時だけに必要なものではない。
年齢を重ねても、
経験を積んでも、
なお問い直し、学び直し、広がり続けること。
その姿勢がある限り、
仕事は古びない。
むしろ年々、深くなる。
3. 課題を乗り越えることは、能力ではなく存在そのものを鍛える
仕事の現場では、
必ず壁にぶつかる。
うまくいかない。
届かない。
伝わらない。
努力したのに報われない。
いい提案なのに選ばれない。
誠実に向き合ったのに、すれ違う。
そんなことは何度でもある。
でも私は、
そういう課題こそが人を成長させるのだと思う。
目標を達成することも大切だ。
成果を出すことも大切だ。
けれど、本当に人を大きくするのは、
その途中で何を乗り越えたかだ。
新しいプロジェクトに挑戦すれば、
多角的な視点が必要になる。
現場の問題に向き合えば、
机上では身につかない実践的な問題解決力が鍛えられる。
思い通りにいかない他者と向き合えば、
技術以上に、人間理解が問われる。
つまり、仕事の課題は
単なる障害ではない。
自分を次の段階へ押し上げるための入口でもある。
そして、その成長によって得られた能力を
会社や社会に還元していくとき、
人は「働かされている」のではなく、
「自分の力を使って世界に応答している」という実感を持つようになる。
この実感は深い。
自分の成長が、自分だけの満足で終わらず、
誰かの役に立ち、組織に価値を返し、
さらに自分を育て返してくる。
その循環の中に、
仕事の本当の充実があるのだと思う。
4. 私の事業は、拍手から始まった
私には、
仕事がただの義務ではなく、
人生の道になった原点がある。
それは、
「私の事業は、拍手から始まった」
という出来事だった。
まだ今のような形で事業を広げる前、
私は名もない個人事業主として、
南九州にある大手メーカーグループのホテルの扉を叩いた。
手にしていたのは、
無線で色を瞬時に変えられるLEDテーブルライト。
けれど私にとってそれは、
ただの照明器具ではなかった。
披露宴という人生の晴れ舞台に、
光と音で忘れられない一瞬を届けるための
小さな希望の種だった。
ホテルのバンケットで、
10卓ほどのテーブルにライトを並べ、
ディズニーの音楽に合わせて
3分間の光のショーを見せた。
私は商品を説明していたのではない。
その先にある未来の景色を、
誰より先に信じていたのだと思う。
そこにはまだ見ぬ新郎新婦の笑顔があり、
まだ起きていない拍手があり、
まだ始まっていない感動があった。
ショーが終わったとき、
管理職の方は静かに言われた。
「来週から、その演出を当ホテルで披露していただけませんか。」
その一言は、
私には拍手のように聞こえた。
次の週、本番の披露宴で100名を超える参列者の前に立ったとき、
会場は静まり返り、
3分間が終わると最大の拍手が起こった。
あの拍手は、私にとって単なる成功体験ではなかった。
事業とは、資本金から始まるのでも、名刺から始まるのでもなく、
誰かの心が震えた瞬間から始まるのだと教えてくれた
最初の祝福だった。
5. 人は、正しさだけでは動かない。未来の感動を見たときに動く
私はその体験から、
仕事の本質を学んだ。
人は、
スペックだけでは動かない。
正しさだけでも動かない。
未来の感動を見たときに、
静かに前へ進み始める。
これは営業だけの話ではない。
働くことそのものにも通じる。
どれだけ「こうあるべき」と言われても、
心が動かなければ人は続かない。
どれだけ義務を積み上げても、
その先にある意味が見えなければ、
人はやがて擦り切れていく。
でも、
この仕事は自分を成長させてくれるかもしれない。
この経験は、自分の可能性をひらくかもしれない。
この努力は、会社や誰かの人生に還元されるかもしれない。
そういう未来が見えたとき、
「やるべき」はただの重荷ではなくなる。
私は、
仕事とは自己実現への道だと言った。
それは、
仕事の中に自分の未来の拍手を見ているからだと思う。
まだ鳴っていない拍手。
まだ開いていない景色。
でも、確かにそこにあるはずの可能性。
それを信じられるとき、
人は仕事を義務としてではなく、
人生の一部として引き受けられるようになる。
6. 働くとは何か ― 傍を楽にさせること
そして私は、
「働く」という言葉の意味を考えるたびに、
とても静かで、しかし本質的な答えに戻ってくる。
働くとは、
傍を楽にさせることだ。
この言葉は、
ずっと昔から知られている解釈かもしれない。
でも私は、
年齢を重ねるほどに
その深さを感じるようになった。
働くことは、
自分のためだけでは完結しない。
誰かの不安を軽くすること。
誰かの負担を減らすこと。
誰かの迷いに道をつくること。
誰かの未来に、少しでも明るさを置くこと。
そうした行為の連なりの中に、
仕事の本当の気高さがある。
例えば、営業もまさにそうだった。
私は、ただ売るために歩いてきたのではない。
誰かの現場に光を入れ、
その人の未来を少しでも明るくするために歩いてきた。
だから断られても、
なお扉を叩き続けられたのだと思う。
そこに自分の利益だけではない意味があったからだ。
人の人生に光を当てる仕事でありたい。
その思いが、
飛び込み開拓40年の歳月を支えてきた。
働くとは、
自分をすり減らすことではない。
自分の力を通して、
誰かの傍を少しでも楽にすることだ。
その視点を持てたとき、
仕事は競争だけの場ではなく、
人間としての器を育てる場へと変わる。
7. ワークとライクは、分けるものではなく育て合うものかもしれない
今回のテーマである
ワーク〈ライク〉バランスは、
「やるべき」と「やりたい」をどう両立するかを考えるものだと思う。
私はこの視点に、とても共感している。
ただ同時に、
この二つは単純に分けるものではないのかもしれないとも思う。
最初は やるべき だった仕事が、
ある瞬間から やりたい に近づくことがある。
逆に、
やりたい と思って始めたことが、
責任を持った瞬間に やるべき へと姿を変えることもある。
人生は、その往復なのかもしれない。
大事なのは、
その間に自分の価値観があることだ。
私は何を仕事と呼びたいのか。
私は何を自己実現と感じるのか。
私はどんな働き方で、誰の傍を楽にしたいのか。
そこが見えてくると、
ワークとライクは対立ではなく、
互いを育て合う関係になる。
私にとって仕事は、
自己実現への道であり、
同時に、誰かの人生に光を置く営みでもある。
だからこそ、
やるべきことを背負うほど、
やりたいことの輪郭も深くなる。
この循環の中に、
私なりのワークライクバランスがあると思う。
8. やるべき と やりたい の間に、自分の人生の光を置く
やるべきことは、
生きていれば必ずある。
責任。
役割。
締切。
現実。
仕事には、避けられない重さがある。
人生にも、引き受けなければならない現実がある。
でも、その重さの中に
自分のやりたいをひとつも置けなかったら、
人はどこかで乾いてしまうのだと思う。
逆に、
やりたいことだけを追いかけて
誰の傍も楽にできないなら、
それもまた深い充実にはつながりにくい。
だから私は、
やるべき と やりたい の間に
自分の人生の光を置きたい。
自己成長を追い続けること。
仕事を通して可能性を広げること。
得た力を会社や社会に還元すること。
働くことを通して、
誰かの傍を少しでも楽にすること。
そして何より、
まだ見えていない未来の感動を
自分自身も信じ続けること。
私の事業は、拍手から始まった。
それは偶然の成功ではなく、
仕事を自己実現の道として信じ、
働くことを人のための営みとして引き受け、
その両方を手放さなかった結果だったのだと思う。
ワークライクバランスとは、
義務と願いをどう分けるかではなく、
その間にどんな意味を置いて生きるか、
という問いなのかもしれない。
やるべきことの中に、
やりたいが芽吹くことがある。
やりたいことの中に、
人を支える責任が宿ることもある。
その二つが静かに重なったとき、
仕事はただの労働ではなく、
人生を深くする道になる。
そしてその道の先には、
きっとまた、
まだ鳴っていない拍手が待っているのだと思う。
格言
仕事とは、義務をこなす場ではない。
自分を磨き、誰かの傍を楽にし、その先にある未来の拍手へ向かう道である。
岩根央
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