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どちらも本音〜母への気持ち

私の母は認知症で昨年の2月から老健に入っている。
その頃は面会が制限されていて1ヶ月に一回会えるかどうかだった。
その母が11月に大腿骨を骨折して入院手術となった。病院は、人数制限、時間制限はあるものの病院の休み以外は毎日面会できたので、私は毎日母の顔を見に行った。私が行くと満面の笑顔で迎えてくれて、そして私が差し入れたプリンやゼリーを美味しそうに食べていた。

退院して老健に戻り、その後インフルエンザの流行で12月に予約していた面会ができなくなり、1月に面会に行くと母の様子がとても変わっていた。
顔を前に向けることもできず笑うこともなくなった。急激に認知症が進んだのか痩せ細り、入院していたときは私の名前を呼んでくれたのに名前も言えなくなっていた。

我が実家は、祖先が田舎侍だったらしく、母はよく辛いことがあっても私は武士の子だ、とプライドを持ってここまでこれた、と、よく話していた。
家にいるときもいつも身なりは整えて、生花、書道を嗜むような人だった。
その母が、老健では家では着たことがないようなトレーナーとジャージ姿だ。

ずっとプライドを保ってきた母は今の自分をどう思ってるんだろう。ふと、武士の子だからとプライドを持っていた母の気持ちを考えると母にとって屈辱なのではないのだろうか…と思ってしまった。

今は言葉もうまく話すことができず、トイレも1人で行くこともできなくなった母だけどそのプライドだけは今でも持っているのではないのだろうか…。
そんなことを想像すると、この状態で生きることを母は望んでいるのだろうか…と,私は考えてしまう。

今日は、6日遅れで叔父の月命日のお墓参りに行ってきた。叔父のお墓は、実家の祖先が眠る墓地にある。
叔父の眠るお墓のお花をかえ、お線香をあげたあと、実家のほうのお墓のお花とお線香をあげる。
その時に、祖母(母の実母)に母のことを報告した。
「おばあちゃん、お母ちゃんはもう自分で自分のことができなくて、言葉もあまり喋ることもできなくて、笑顔もない。こんな状態でお母ちゃんは生きていたいって思ってるんかな…。あのプライドの高くて気品高いお母ちゃんやから今の自分の状態は耐えられないんじゃないかな…。おばあちゃん、もう迎えにきてあげてもいいんじゃないかな…」
そんなことを祖母のお墓の前で話をした。
「お母ちゃんがいなくなるのは悲しいしまだ生きてて欲しいと思う気持ちもあるけれど、お母ちゃんが生きてることが辛いのならもういいんじゃないかな。」
そんなことを祖母のお墓の前で話していたら急に涙がボロボロと溢れた。
生きてて欲しい気持ちと笑わなくなった母は生きてることが辛いんじゃないか、と思う気持ちが私の中でせめぎ合う。

母は94歳で戦争も経験した。父親が流行り病で早くに亡くし、家族で苦労もしたようだ。父親が亡くなってたせいでよからぬ差別も受けたような話を聞いた。
だからこそ、先祖は武士であるというプライドに縋るしかなかったのかもしれない。

どんな母であっても生きててほしい。
こんな姿になってまで母は生きたいと思っているのだろうか。もう楽になってほしい。
真逆の気持ちが私の中で混在する。
どの気持ちも私の本音である。

一番は母が穏やかな時間を送ってくれること。
そう願う時、私に何ができるのかと
ずっと問いかける日々が続いている。

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