揺れない天秤 第八話
葵の研究室は、いわゆる自分の居室として企業に割り当てられたもので、主に研究内容の記録を取ったり、休憩がてら勉強をしたりするのに使われるらしかった。
研究者ってのは自分の世界に没頭したり、神経質な人間も多いからな。普通の企業のようにデスクではなく、個室そのものを割り当ててやっているってわけだ。
個室とは言え、部屋には大量の書籍の収まった本棚の他、複数人が集まって議論できるテーブル席や、トイレなども併設されていて、そこから換気扇の回る音が鳴っている。印象的には大学教授辺りの部屋に近い。窓も固定はされているが広く大きく、例の生活道路もよく見える位置だ。
佐久間は慣れた様子でテーブルの奥の席に座り、俺とゴンはその左右に分かれ、対面する形で席に着く。葵は佐久間に程近い、自分の研究机へと移動した。それから、自然と佐久間が仕切る形で、さて、と声を上げる。
「では早速、ここで話すべき話題なんだが、、」
佐久間はそこで言葉を切り、やや遠慮がちに俺を見てくる。
本当であれば、ここへは宇津木の事件について、二人に話を聞くために来たわけだが、、事故めいた失態だったとは言え、一瞬で葵からの信頼を失った身としては、ここは不本意だが、自分の話からしなければならないのだろう。真実がどうあれ、殺人鬼相手じゃ、話なんかしたくないだろうからな。
いいぜ、と俺は頷き、3年前の当時、俺に何があったのかを解説してやる。ざっとなぞる程度にな。
「といっても、有名な事件だ、聞いたことくらいはあるんじゃねえか? さっきあいつが言ってただろ、一家三人が皆殺しにしされ、家の金庫のあった現金200万が奪われた、強盗殺人事件ーーしかも、一家全員が首を切られて大量出血し、家中が血の海になったことから、スプラッターハウス強盗殺人と言われた事件だ」
世間様はその名前から、お化け屋敷の一部で強盗殺人が起きたのだと思って、事件の規模のわりに大した話題にならなかったけどな。幸か不幸か、だから俺も捕まった当時、二十云才の容疑者が確保、くらいしか報道されずに済んだわけだ。勿論実名は上げられたはずだが。
名前に覚えがあったのか、葵は口に手を当て、俺の顔を凝視してくる。その目線からは、はっきりとした恐怖と、気の毒そうな思いを感じとることができた。
、、俺だって、自分が捕まったんじゃなきゃ、葵と同じように被害者に同情したり、その残忍な手口に恐怖したりくらいはしただろうがな。生憎俺には、自身の最悪と言ってもなお足りない、苦い記憶しか思い起こされない。
3年前とは言え、当時まだこんな世界も知らず、20代と若く未熟だった俺は、事件の家の近くで目撃された証言があったこと、ルート上の防犯カメラに俺以外が映っていなかったこと、そして何より、顔つきや目付きなど、不良じみた見てくれの悪さによって、明け方に突如やって来た警察に容疑者として捕まり、取り調べを受けたわけだ。
「そしてその時、俺を担当したのがあのクソ刑事だったってことだ」
あいつはまだ、警部補でもなかったんじゃないだろうか。当時はとにかく手柄を上げようと躍起になっていて、取り調べでは四六時中怒鳴り散らして当たり前、髪を掴まれたり、頭を机に叩きつけられた回数など数知れない。それくらい、あいつの取り調べは群を抜いて劣悪なものだった。
何十時間にも及ぶ取り調べの末、ところが事件は思わぬ展開を呼ぶことになる。
証拠として挙げられていた防犯カメラの画像から、実は当時免許だけで車も持ってなかった俺には、どうあっても時間内に事件現場には辿り着けない、ということが発覚したのだ。俺は当時から大型免許も持っていたし、これから大型特殊も取ろうと言う段階だったため、あのクソ刑事は、そんなことすら調べずに俺を犯人だと決めつけてた、ってわけだ。
これによって、一転俺はこれが証拠と言われ、さんざん責められてきた一枚の映像によって、逆に無罪を、正確に言えば、不起訴処分を得て解放されることが決まったのだった。
詳しく語ろうとすれば、まだ色々と語るべき話はあるだろうが、、これがおよその事件の概要、俺の、三年前の苦い記憶という奴だ。ちなみに、この事件の犯人はその初動捜査の遅れもあって、今現在もまだ捕まってはいない。
「不起訴は決まったし、だから形上はこの件は冤罪ってことだ。ーー『この殺人鬼が。まだ起訴を見送ったにすぎんからな、新たな証拠さえ見つかればいつでも捕まえに出向いてやる。それを覚えておけ』、、これがあいつの捨て台詞だったぜ」
「ケイさん、それって、、」
「そう、さっきあいつが言ってた台詞だ。一事不再理っつってな、一度その事件について訴訟を起こして、裁判所からの判決が出ると、二度とその事件について訴訟を起こすことはできない、っていう原則があるんだよ」
だから、あいつは不起訴で見送ったのだ。俺を改めて、いつでも逮捕し、起訴できる余地を残すために。
そして、何故佐久間がこの件に関わっているかと言えば、俺がこの一件を片付け、冤罪を晴らしてあのクソ刑事の鼻を明かしてやるために、佐久間にそのスプラッターハウス強盗殺人の真相究明を依頼していたからだ。そのために、こいつの時間を捻出するためにこそ、俺はマサキに協力し、警察に力を貸しているのだった。
だが、俺はてっきり、佐久間は刑事なんだから、橘啓という人間から依頼を受けた時点で、その冤罪を晴らしてほしいって話だとわかってると思ってたんだが、、どうも、さっきの反応を見る限り、そこまでわかってたってわけじゃなさそうだな。その点だけは意外という他なかった。
そこまでを語り終えた俺に、佐久間は、何やら思案するように口に手を当て、まさか、、と言葉を濁す。
「どうした?」
「いや、確かその事件、犯人もそうだが、被害者たちの首を切ったという凶器は、、」
「見つかってねえな。遺体たちの首はずいぶん深くまで切り裂かれていて、おそらくは斧のように大きく、重い凶器だったという話だ」
その特徴も、ガタイの良かった俺には合致していたから、あそこまで疑われた、というのもあるんだろう。9割以上は、蓼沼のクソの性格の悪さのせいだとは思うが。
だが、凶器か、、思い返すのも拒否していた事件だが、言われてみれば、何か引っ掛かるような感覚はある。宇津木の首を切った刃物も、重量感のある物だって話ではあったしな。
これはつまりーー、、
「つまり、、3年前に啓さんに罪を擦り付けた誰かが、今回も同じような刃物を使って、事件を起こした可能性がある、、っていうことですか?」
口を開いてきたのは、自分のデスクで不安そうに顔を曇らせている葵だった。
その意外な言葉に、思わず俺も葵を見返してしまう。犯人が捕まっていない以上、今の簡単な説明程度では、葵の俺への疑いは晴れていないと思っていたからだ。
その言葉に、俺が反応をする前に、佐久間が、そうだな、と合いの手を入れてくる。
「殊更に首を狙って殺人を行う人間や、首を切り落とせるような刃物が何本もあるわけなし、可能性だけならあり得ないわけではないな。今回の事件と合わせて、3年前の関係者たちについて、少し詳しい捜査をすべきかもしれない」
その点は後で署で調べてやる、と佐久間は葵から俺に目線を移し、少しだけ頬を緩めて言う。その瞳にはわずかに愉快げな色と、呆れたような色、悩ましげな色が混ざっていた。
ーー理由は、わかりやすい。もしこのスプラッター事件を起こした人間が今回宇津木を殺害した犯人なら、そいつを捕まえることすなわちイコールで、俺を冤罪に陥れた人間を捕まえることになる。
そいつが捕まれば、俺の冤罪も晴れる。同時に、蓼沼の俺への冤罪もまた確定する。起訴こそしていないが、それを理解して、佐久間は俺へは愉快げな、そして蓼沼への呆れを、更には、それはある種の警察の不祥事でもあるという、悩ましさを交えた反応を返したってわけだ。
、、確かに、そううまくいけば御の字ではあるんだが。ここに蓼沼がいた、という事実が、なんとなく俺の心中に暗雲を落とす。あいつがまた、ろくでもねえことをしでかしそうな気がしてな。
「さて、それじゃあそろそろ葵の話も聞かせてくれねえか? その、宇津木に関する話で、思い出させちまって悪いんだが」
俺は、もういいだろ、と話題を変え、気遣うように、いくつか言葉を選んで葵へと問いかける。ストーカー被害、って話だったからな。それがトラウマ級なのか、単に迷惑男ってだけだったのかで、触り方にも差が出てくる。
幸い、葵も心得ていたようで、はい、と両手を足の上で丁寧に揃えて小さく頷き、答えて良いのかを問い返すように佐久間を見上げる。
佐久間も心得たもので、ああ、と頷き、背中を押してやる。
「そいつらが聞きたいというのは、お前の宇津木殺害の日の動向についてだ。こいつらも自分達なりに色々と情報源を持っているようだが、その調査の結果、お前にも話を聞く方向で行き着いた、ということらしい」
そうだろう、と佐久間はゴンへと問いかける。その口調には何やら敬意みたいなものが交えられていて、こいつ、いったい佐久間にどんな話をしやがったんだか。
葵は、やや不本意そうに、そうですか、と頷き、俺に何か不満を訴えるようにちらっと目線を向けた後、ゴンへと向き直る。
ーー今のは、、あなたからの質問じゃないんですね、の意味か? アイコンタクトは、悪いが苦手だ。よくわかんねえな。
「お姉ちゃんにも聞かれて全部答えましたが、宇津木さんとは、確かに仲は悪かったと思います。私が一方的に嫌ってただけですけど、、」
「あー、宇津木のヤローが一方的に好きだの惚れただのほざいてた、って話っすよね?」
「はい、私お姉ちゃんより頭が悪くてお姉ちゃんより性格が悪くて、お姉ちゃんより情けないお姉ちゃんよりダメな男の人となんて、絶対付き合いたくありませんから」
いや、遠慮ねえな。葵は躊躇いのない口調でスパッと言い切る。相変わらずお姉ちゃんっ子なのは結構だが、聞きようによっちゃ佐久間のことディスってるからな、それ。
佐久間は呆れたように額を押さえ、葵、と注意を与える。全力で比較対象に挙げられていた身としては、さすがにやめろ、と言いたかったのかもしれない。恥ずかしがる佐久間ってのも珍しいもんだが。
それから、だって、という葵の反論、お姉ちゃんの方が絶対強いしカッコいいし、と続く力説に、俺はテーブルを指でとんとん、と叩き、ゴンにフォローしてやれ、の合図を出す。無駄に時間がかかるし、佐久間や葵と近付きたいんなら、こういう場で割り込むくらいしろよ、と。
「ええっと、さーせん葵ちゃん、じゃあ、宇津木の殺されたっつー日に、葵ちゃんがどうしてたのかを聞きたいんすけど、、」
「それもお姉ちゃんに話しましたが、普通に一日仕事してました。夜の記憶はないんですけど、、」
「記憶がない、、っていうのは?」
そんな、夜のことだけ忘れるような都合の良い記憶喪失でもあるのか、とは思ったが、葵へはやはり、遠慮して問いをかけてみる。なんか、、なんか知らないが、なんとなく、葵にはいつもの調子じゃ聞けないのだ。別に、特別何か意識しているつもりはないんだが、、
葵は、少し躊躇いがちに目線を外した後、思いきって、なにやら気恥ずかしげな様子で、あの、、と切り出してくる。ただし、声だけはどこか、ふわふわと浮いたような危うさを交えて。
「信じてもらえないかもしれませんが、私、来た覚えもないのに、この部屋でいつの間にか眠っちゃってて、、しかも、誰にも気付かれないまま、鍵も閉められちゃったみたいで」
「この部屋から出られなかっただけ、ってことか?」
「いいえ、出られた、んだと思います。起きた時には、ちゃんとここからも出て、門も通ることができましたから」
この辺りで転がってたんです、と葵は入り口からは見えない、机の下辺りをどことなく震える手で指差す。ただ、部屋には鍵がかかっていて、普段鍵をかけない扉だから、そこを出るのに戸惑った、と。
「え、普通、鍵ってかけるもんじゃねーんすか?」
「お姉ちゃんのいない自宅ならかけますけど、研究室だから。貴重品は鍵のかかるロッカーに入れてあるし、出入りするのにいちいち面倒でしょ?」
その葵の話では、そもそも最初にセキュリティゲートを通って敷地に入り、研究棟の中にもセキュリティを通って入ってくるのに、そこまで厳重な警戒なんて必要ない、って話らしい。むしろ仕事終わりの友人に部屋で待機しててもらうため、開けっ放しにしている方が普通なんだとか。
「何故か、一人で机の下にねえ、、」
俺は頬杖を付き、その言葉を反芻してみる。しかも部屋に普段かけない鍵までかけていたという。無意識の行動、というには、普通の一日だった、という葵の言葉が気にかかる。それが意味することは、いったいなんなのか?
それにーーそれを語る葵の、俺に向けられる、意味ありげな、姉に向けられるのと同じような、恩人めいた視線の意味は、、? ただの自意識過剰、俺も姉妹の必殺スキルに揺らされてるだけなのか?
「記憶というよりは、単に意識がなかったのか、、」
ここで俺は、ひとまず頭を切り替え、先にレイラに確認させていた、研究棟の内部のネームプレートを翳す、セキュリティチェックの履歴を思い返す。
この研究棟のセキュリティの多さから、レイラには改めて、佐久間葵の当日の動向は調べ直させてあった。当初はそこまでセキュリティがあるとは思わず、正門しか調べさせなかったが、それだけ細かくセキュリティがあるというのなら、もっと細かな葵の動きが探れると見て。
結果、正門のセキュリティゲートをくぐっていないだけでなく、どの部屋の通過記録が葵にあり、どの時間にどの部屋を行き来していたのかを、俺は知ることができていた。
結果はーー、葵の今の証言通り。研究室への通過記録が17時7分、それ以降、実に11時間もの間、葵の通過記録はここから動くことはなく、その後帰宅していたことがわかっている。
研究室とは言え、各部屋にトイレは付設されているから、確かに最悪外に出なくとも、一晩くらい過ごすことはできるだろうが、、年頃の女が風呂も入らず食事もせず、深夜の4時過ぎまでただ部屋に籠っているというのは明らかにおかしなことだ。その時間、眠っていたというなら、その動きのなさも理解はできる。
そして、佐久間葵が部屋を抜けたのが28時10分、セキュリティゲートを抜けたのが28時23分。ゲートを抜けた以上、葵は製薬会社の敷地からは外に出たということ。つまり、この後は帰宅したものと考えることができる。ここまで、葵の話との間に食い違いはない。
対して、発覚している宇津木の殺害時刻は、24時から26時の間。当初は葵の事件への関与も疑っていたわけだが、これはつまり。
少なくとも一つ言えるのは、佐久間葵の話が本当であれば、葵は宇津木の殺害には関与していないということは、間違いない。部屋から合図を送る役割なども、眠っていたのでは出しようがないからだ。
つまりーーこれで製薬会社から宇津木殺害の犯人へ迫る道は、途絶えたに近いか、、レイラの調査では、あと製薬会社内に宇津木を殺害しそうな人間はいないように見えた。少なくとも、SNSで嘆いたり、友人にメールなどで相談するようなレベルの人間は。
ここ数日、紙の資料で過去のプロジェクトなんかも探ってみたが、仕事には真面目な奴だったらしく、そちらの方向で揉めたような形跡もない。取引先なんかには出向記録もない。
あと可能性があるとしたら、、そうだな、ゴンの調べている異性関係か、コンピューターネットワークの外で、誰にも相談したり投稿したりせずに、悶々と一人で抱え込むような人間がいたかどうか、くらいか。いわゆるぼっちであれば、レイラが追えない可能性は出てくるだろう。
ーーと、俺が今後の方針を考えていると。
「!?」
突如、パスン、というどこか気の抜けたような音に続けて、ガシャン、というガラスの割れる音と、ぶおん、という奇妙な重低音が上の階から鳴り響く。それから、人の悲鳴と、警報らしきピー、ピー、という機械音。
俺と佐久間の反応は早かった。そこで待ってろ、と二人へ言い残して上の階へと駆け上がる。事前に構造は全て把握しているから、迷うことなく二人で同時に7階へと辿り着いた。
「どっちだ!?」
「あっちだ! 人がいる!」
こういう時は、人の流れに逆らうのが鉄則だ。俺は研究員たちが外に集まっている部屋に向かって一足先に駆け出す。それから、入り口にいた男の腕を掴まえて問いただす。
「どうした!?」
「いや、あの遠心分離機が急に誤作動を起こして、、」
中は、研究所らしく何に使うのか、素人目にはわからない機械が実験室らしい室内に並べられている。その研究員らしき男が指差す先には、何やら水車のような機構の付いた銀色の機械が、煙を上げているのが見えていた。
つまり、今のは機械が壊れた音だったらしい。ーーだが、それで終わりなわけがない。ならガラスの割れた音はなんだったのか。
「ドローンか!?」
そうーー割れた窓ガラスの外には、小型のドローンが何か銃口めいた筒をこちらに向けて、蜂や小蝿のような動きで、高速で浮いているのだった。
「伏せろっ!」
遅れてきた佐久間が指示を出し、同時に俺は研究員を引き倒すようにして地に伏せる。
佐久間が瞬間で取り出した銃口を向け、だが、佐久間が発砲する前に、そのドローンは急に上空へと旋回し、一瞬で視界の外へと消えてしまう。
それから、ドローンの飛行音も徐々に遠ざかりーー
「、、逃げられたか、、」
「おい、明らかに素人の動きじゃねえぞ。あいつ、お前の銃口を避けるために上に逃げやがった」
普通の人間であれば、逃げるためには相手から距離を置いて遠ざかろうとするものだ。だがあいつは、窓と建物の内部という、視界に制約の付いたこちらの視野の狭さを理解していて、最短距離でドローンを射線から避けられる上空へと移動して視界から消え、その後で遠ざかる手順を選んだのだ。そんなとっさの判断が、ただの素人にできるはずがない。
「くそっ、なんだったんだ、、?」
「それは、わからないが、、被害を受けたのはこの機械一つ、なのか?」
ひとまず応援を呼ぶ、と佐久間は一度廊下へ出て通話を始めながら、外の研究員たちへしばらくこの部屋へ近づかないよう手早く指示を出して、すぐに室内へと帰ってきて、その機械周辺の地面などを探っていく。この辺りの動きの早さは、さすがのプロフェッショナルだ。
なんだか知らねえが、急に何やら動いてきやがったな、、俺もさすがにドローンには詳しくないが、ここにいても佐久間の邪魔になることはわかるので、外の音に気を払いながら、ひとまず研究室の外へと退出する。ドローンが帰ってくるようなら、対応を考えなければならない。
「遠心分離機、、か」
そういや、宇津木の研究は遠心分離機を使ったバイオ製薬の研究とか言ってたような気がするが、、あれは、宇津木と関係ある機械だったのか?
廊下に出ると、心配そうなゴンと葵が、やや研究員から離れたところで俺のことを窺っていた。俺に近づいてきて、大丈夫ですか、と声をかけてくる。
「ケイさん、今のはなんだったんすか、、?」
「よくわかんねえが、、どうも、あの遠心分離機とやらを狙ったらしいぜ。ドローンが飛んできやがった」
「遠心分離機を、、」
「ドローンっすか、、」
二人とも一様に驚き、そう呟いたきり絶句する。そりゃ、いきなりこんな事態が起きれば驚くのも当然だ。誰の仕業かも知れないが、ひとまずは、狙われたのが機械で良かったと喜ぶべきだろう。人間が撃たれていたら洒落じゃ済まない事態になるところだった。
ーーその、ゴンが後ろ手に何かを持っている気がして、俺は首をかしげる。
「ゴン、お前何か拾ったのか?」
「や、そんなことはねーっすよ?」
、、なんだか、嘘くせえな。両手を開いて見せてくるが、明らかに後ろのポケットに何か隠しただろ。俺は一歩ゴンへと迫り、
「橘! まだいるかっ?」
そこへ、何やら佐久間が慌てた様子で廊下へ飛び出てくる。そして、葵とゴンもいるのに気が付き、二人を連れてきてくれ、と声を上げて、再び中へと帰っていく。
「お姉ちゃんっ?」
「何か見つけたらしいな。行くぞ」
他の研究員だろう、少しずつ増えてきた野次馬たちを退かして、室内へと戻る。佐久間は地面と、銀色の機械から延びている排気筒のような部分を覗き込みながら、俺たちを手招きする。
「どうした?」
「これを見ろ」
佐久間は、排気筒の先、微かに地面へと付着している赤い水滴跡と、排気筒自体の口の表面部分に付いた、これまた紅色の跡を指差す。そして、そこに触れてみたらしい、指先に付いたその紅の跡を。
「これは、、血痕、か?」
「まさか、、なんでこんなところに?」
指先をじっと見つめるが、ただの鉄錆や、溶剤の色のようには見えない。といって、こんなところに血痕がある理由もまた、思い付きはしない。
「ひとまず、研究員たちに話を聞く。この跡は血液鑑定に出す。結果が出たら、お前たちにも報告してやる。だから今日のところはこれで帰れ。身の回りに、十分注意してな」
険しい目付きで宣言し、命令を下す佐久間は、そこから窓の外を振り返り、工場の敷地と、十字架のように延びる生活道路を眺めやる。
ここから遥か先にある、宇津木の死体のあった現場を、そしてさっきまでドローンの飛んでいた中空を、猟犬のように爛々と輝く瞳で、睨み付けるように。
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