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揺れない天秤 第二話

首なし死体の写る、4枚の写真を一応手持ちのデータフォルダに納め、俺は、情報ネットワークの番人たる美人AIへと声をかける。

「出番だぜ、レイラ」
『出番とは? 指令は正確にお願いします、マスター』

相変わらず融通が利かねえな。俺は、まず何から聞くべきか迷って、無難なところから問いかけてみる。

「ーーまず、この事件の被害者は誰だ? 名前と年齢、勤務先を知りたい。あと交友だな。こっちはお前がそう判別した理由も教えてくれ、俺たちで判断する」
『被害者は不明、警察のデータベースにはまだ情報がありません』
「だからお前に聞いてるんだ。わかるだろ?」
『ーー氏名は宇津木帯人、28才、妻子がいます』

ビンゴ。レイラはものの数秒で、あの首なし死体の身元を割り出してみせていた。

レイラがそんなことを可能とする理由は、実はさほど難しくはない。レイラはあらゆる情報媒体へと接続することができる。そして現代社会において、監視カメラなんてものはそこら中に設置されている。そこから一致する当日の服の色、体格、セキュリティで用いられた指紋、会社に保存されている出退勤時刻や、役所に記録されている個人情報など、今の世は、情報同士の照合から個人の特定を可能とする程度には、記憶媒体に保管された情報で溢れている。

これら全ての情報にアクセスし、網羅し、総合したとき、レイラであれば、該当する個人は非常に狭く絞られることになる。今回の死体に関して言えば、体格や服装を特定できる写真があり、指があって、指紋が取れた時点で、個人の断定は容易だと思っていた。指紋認証様々だ。

『ーー製薬勤務、交友は大学の友人で二名、会社関係で親しい者が一名、不仲と思われる者は大学で十四名、会社関係で八名』

あー、相変わらずすげえな。レイラの場合、名前さえ割り出してしまえば、そのターゲット本人所有のスマホやパソコン、更には学校の卒業生の名簿からクレジット情報まで、あらゆる情報媒体から交友その他の個人情報を引っ張り出すことができる。レイラにとっては、人間の首から上がなかったくらいでは、捜査の妨げにはならないのだった。

「あれ、、今の製薬会社って、あの生活道路正面の製薬会社っすか?」
「ああ、、だな」

起きたのか、こいつ。そろそろと額を押さえて起き上がるゴンに、俺も頷きを返してやる。

確かに、ゴンの指摘通り、レイラの挙げた勤め先は、あの生活道路正面にあった、これまた巨大な敷地を誇る製薬会社の名前だった。しかし、それなら警察の調査ですぐにわかりそうなものだ。普通ああいう調査っていうのは、近場から聞き込むものだろうからな。

とすると、何故製薬会社の聞き込みが進んでいないかだが、、守秘義務は捜査協力の名目があれば問題になるとも思えないし、佐久間がいれば、警察の怠慢ということも考えられない。

「製薬会社か、、後で行ってみるか」

正確には聞いていないが、事件発覚が昨日今日だろうことを考えると、案外本当に捜査が追い付いていないだけかもしれない。理由はどうであれ、次に出向く先はこれで決まりそうだった。

レイラは続けて、その宇津木帯人とかいう奴の交友に挙げられた、親しい者やら大学の頃の友人やらの名前を挙げていてく。どこにでもいそうな変哲のない名前だったが、一応その名前も記録しておく。不仲な人間ってのも名前だけはメモしておくが、交友三人に対して不仲な相手が二十二人という辺り、こいつの性格が知れちまうな。

「剣持恭吾、束原周治、佐久間葵、以上二十二名が不仲とおぼしき者です」
「ーー佐久間葵?」

俺は思わず、最後に挙げられた名前を繰り返す。そいつは、、聞き覚えのある名前だ。というか、俺はそいつには会ったこともある。なにせ佐久間の妹だ。製薬会社に勤めてたとは知らなかったが、まさか捜査が進んでねえ理由はそれじゃないだろうな。

俺の懸念をよそに、レイラは更に、そいつらが何故宇津木と友好的だったのか、あるいは不仲だったのか、ネットワーク上から断片的に寄り集めた情報を基に、弾き出せる理由を順に述べていく。機械設計のAIらしく、書かれた内容が冗談なのかマジなのかの判別がつかない、という弱点がレイラにはあるから、その理由はこちらでしっかりと聞かなければならない。

まず、仲良しの奴らは三人、理由は全て共通していて、こいつらはわかりやすかった。少々他所では挙げられない趣味嗜好だが、要はその傾向が一緒なんだと。ゴン辺り、潔癖な若者には、気持ちわりい、といわれてしまう類いだ。レイラはそれを、三人の通信内容から導き出していた。

そして、不仲な人間だがーーこいつ、十四人も敵がいて、一体何をしたのかと思えば、どうもサークル関係でのトラブルらしかった。特に女性関係でだらしないやつだったらしく、女性の嘆きの声やサークル仲間からの罵声、追い出された後に更に騙された女の声まで、レイラは情報ネットワークの海から、当時の怨嗟を次々と掘り当てていく。

「なんか、、一言でいってクソっすね、こいつ」
「ああ、レイラはこの手の判別は不得手だし、比較的はっきりと不仲とわかる奴しか挙げてねえはずだが、それでもすげえな。怨恨を辿ろうとしたら無限に出てくるんじゃねえか?」

あくまでも、レイラの探索範囲はインターネットや通信端末の履歴、監視カメラの記録といったデジタルの範囲にすぎない。そういった書き込みがない範囲での事案は、いかにレイラと言えど探り当てられはしないはずだ。にも関わらず、これだけの恨み辛みが湧いて出るというのは、この男の過去がそれだけ問題だらけだった、ということに他ならない。

『以上、大学時代の交友です。次に製薬会社での話ですがーー』
「待て、レイラ」

長く大学時代の怨恨を語った後、レイラは更に製薬会社で不仲だった奴らについて取り上げようとする。それを俺は一度声を上げて止めさせた。

「どうしたんすか、ケイさん? 人の話は最後まで聞かなきゃダメっすよ?」
「うるせえな、お坊っちゃんかよ」

しかも人じゃねえしな。
俺を不思議そうに見上げるゴンに、俺は、ちょっと待ってろ、と言いつける。

「さすがに一気に情報が上がりすぎだ。全部まとめて見たって処理しきれねえ」

怨恨を辿るにしても、大学時代に仲が悪かったってだけで十四人、こっちの人手は、和希は留守担当でどうせ引きこもるだろうから、マサキを入れても三人だ。全部を聞いたところで、どのみちすぐに全員の捜査はできない。今の段階で、ある程度的を絞る必要がある。

パソコンのディスプレイには今、レイラが即興で製作したらしい、不仲な十四人のリストと、その理由が一覧でまとめられている。その中でも、特に怨恨の根が深そうなのは、、宇津木に騙された女三人、その内の一人に惚れていたらしい野郎が一人、くらいか。あとは読む限り、大体ただ仲間や友人を傷つけられて喧嘩になっただけレベルだと判断した。

「レイラ、先にこいつらの現在の状況を教えてくれ。鍵宮明里、氷雨杏樹、灘稍乃、狭間鉄也、だ」
『かしこまりました、マスター、追加で表示します』

レイラは、そいつらのSNSでも掘り当てて乗り込んだのか、一覧の表にそれらのURLが加えられていく。そして、鍵宮から順に、最近のものと思われる画像が載せられていった。

『鍵宮明里、現在は証券会社勤務、未婚』

鍵宮は、目鼻立ちのはっきりしたタイプの美人で、目や口といったそれぞれのパーツが大きく、一目見ただけでも気が強い女だということが感じられる。

載せられた画像は、喫茶店らしき場所でいわゆる映えを狙ったらしき写真で、隣には浅黒く日焼けした肌の、彫りの深い顔立ちの男が同席していた。未婚とは言うが、二人の間は親密そうで、これを見る限り、ほとんど結婚すら秒読みではないか、と思わせるような親愛をお互いに抱いているように見える。少なくとも、宇津木との関係性が現在まで続いている印象はなかった。

予想はしていたが、宇津木が28歳ということは、つまりは大学時代の話など、6年以上は前の話になる。いくら当時傷付き、ひどい喧嘩をした仲とはいえ、卒業して何年も過ぎた男への記憶など、新たに恋が始まってしまえば、そうそう引きずるようなものでもない、ということなのだろう。

続けて、氷雨、灘と女性二人を続けて見ていくが、氷雨は普通に会社員として就職して、キャリアウーマンとして現在は立派に活躍中、灘も実家の洋食屋を継いだとやらで、家族仲の良さそうな写真がいくつも掲載されていた。いずれも幸せそうな笑顔が見えていて、この分だと、大学時代の怨恨の線は消えそうだな。

「女ってのは逞しいもんだな」
「過去を引きずるのは男にありがちっすからねえ、、」

女の恋愛は上書き保存と言うが、本当にその通りなんだろう。思わず呟いた俺に、隣で同じ画像を見ながらゴンが、うんうん、と同意する。やたらしみじみ語っていたが、こいつもまだ18やそこらだったはずだ。振り返るような過去があるとも思えないが、何をしんみりしてやがるのか。

しかも、胡散臭げに見ちまった俺に、ゴンのやつは、あっ、とか言って抗議の声を上げてくる。

「ケイさん、今疑いやしたでしょうっ? 俺にだって人には語れねえ、仄暗い過去の一つ二つあるんすからね!? バカにしねえでくださいよ!?」
「あー、うるせえ、そのうち聞いてやるから今は黙って画面見てろ」

ああ、よくわかった。そういう闇を抱えてるのがカッコいい年頃ってやつだ、こいつの場合は。俺はわめきたてるゴンをぞんざいに追い払って、レイラに最後の一人、狭間鉄也の画像を表示させる。

だが、その画像は、俺からは思いもよらないものだった。

「ーー死亡?」
『狭間鉄也に現在の画像はありません。3年前に事故死が確認されています』

最後の一人、狭間鉄也に関しては、本人所有の情報端末はなし。パソコンのディスプレイには、代わりに本人の画像ではなく、警察からでも拝借したのか、事故の状況を記載した報告書が写し出されていた。

内容は、当時大学近くに流れていた川から、車が引き上げられ、中から狭間鉄也の死体が発見されたこと。怪しげな外傷もなく、アルコール反応があったことから、狭間鉄也の飲酒運転によって誤って転落、そのまま溺死したのだろうことが書かれている。

「しかもスピード超過の痕跡ありか、、一体どんなやつだったんだ?」

レイラの話では、確かこいつも最初は宇津木と懇意にしていて、後で女の取り合いになって仲が拗れた、と報告がされていた。ある意味では、宇津木と同類の人間だったのだろうが、これを本当に単なる事故死と見ていいものなのか。宇津木が亡くなっていることを思うと、素直には頷きがたいものがある。

「、、ま、考えても仕方ねえか」

少なくとも、警察の調査では飲酒運転による事故死だという。現段階ではそれ以上わかることはない。

いずれにせよ、女三人は立派に社会人をしていて順風満帆、一人は死んでるっていうなら、大学時代の交友はこれで全て外しても良さそうだな。とりあえず俺はここで意識を切り替え、次だ、とレイラに命じる。

「続けて製薬会社の人間関係も見ていく。レイラ、よろしく頼む」
「ええええ、ケイさん、もう休憩しましょうよ、てか帰りません? これ以上仕事しててもコスパ落ちますよ? タイパ悪いっすよ?」

ちっ、ガタガタうるせえなこいつは。だが時計を見るとどれだけパソコンとにらめっこをしていたのか、時刻は既に17時を回り、和希辺りは着ていた白衣を脱いで、もう帰り支度まで始めていた。

さすがに、十四人分の過去を総ざらいすると時間もかかるか、、普通の会社の定時の感覚なら、確かに上がりでいいんだろうが。こいつらには、残業をしてまで仕事を片付けようという意欲はないらしい。

そういえば、と俺は、その一応俺たちの上司に当たる人間が、いまだに職場たる事務所に姿を見せていないことに気付く。

「、、マサキは来ねえのか。休みだなんて聞いてないぜ?」
「えっ、マサキさんなら今日は睡眠休みだって言ってましたよ?」
「なんだそりゃ? いつ報告があった?」
「確かお昼前、お二人が事件現場から帰ってくる前でしたっけ? それじゃ、お疲れ様でしたあー」

和希は軽く会釈をしてパソコンを閉じ、言葉の爽やかさとは裏腹に、うふふふ、とこれから墓場にでも化けて出そうな、じっとりとした笑顔を浮かべて帰っていく。アフターでどんな楽しみがあるのかは知らないが、足取りは軽く、スキップでもしそうな雰囲気だった。ちなみに口紅は昼間の吐血状態のままだ。警察呼ばれんぞお前。

「行っちまったか、、本当よくわかんねえな、あいつ」

和希はすたすたと足音を鳴らしながら、そのまま躊躇いなく事務所を出ていった。念のため、レイラに事務所当ての電話には留守電で応対するよう命じておく。特に警察から来る電話には最速で応じるよう言っておいた。たぶんお叱りの電話が来るだろうからな。こんなもん外に放出すんなってな。

「マサキさんまた睡眠休みっすか? いいっすねー」

その、和希の言葉を受けて、憧れるっす、とゴンは羨ましそうな声をあげる。

睡眠休み、なんて聞いたこともない休暇だ。俺にはそれがどんな休みなのか想像もつかない。今俺が思うのは、そんな早くにマサキが休みだと知ってたんなら早く言いやがれ、くらいのもんだった。ったく、無駄に土産を買っちまったじゃねえか。

「で、その睡眠休みってのはなんなんだ?」
「えっ、ケイさん知らねーんすか? 時間に寝坊したらそのまま休みにするっていう、マサキルールの一つじゃねーっすか」
「、、、」

いや、小学生かよ。
呆れて声も出ないとは、まさにこの事だった。

いや、あいつの立場からすれば、責められた話ではないのかもしれないが、、そんな奴が上司で、これ以上モチベが上がるわけもない。仕方ねえなあ、、こいつも帰る気全開だし、気合いもやる気も駄々下がっちまった俺は、椅子の上で一旦伸びをすると、予定を切り替え、レイラに、今日は終わりだ、と告げてパソコンを閉じる。買っておいたチョコレート菓子は、マサキのデスクへと放り投げておいた。こいつは明日食わせてやる。

さて、俺も席を立ち、ーー自分の中だけで、少し今日のことを振り返っておく。

工場の敷地にある生活道路上で起きた、首なし殺人、被害者は製薬会社の妻子持ち、死亡推定時刻は一昨日の夜。レイラに調べさせて判明した被害者の名前は、宇津木帯人、、とりあえず、現場入りはできなかったが、今日発覚した事件について、概要は理解した。

明日からは、もう一度、今度こそ現場入りして、、それから製薬会社だな。今日聞きそびれた製薬会社の交友もレイラに確認させて、佐久間にはできたら妹の話も聞いておきたいところだ。どんな事情があって調査を控えているのかはわからないが、警察の中では協力的な奴だ、あいつの邪魔をするのはできれば控えたい。

その後は、おそらく今度こそマサキも交えて、またレイラに情報を探ってもらうことになるのだろう。それで犯人に行き着くのか、どうか。それは調査をしてみなければわからないが。

「首なし死体ねえ、、」

にしてもーー、現代社会ってのは怖えな。自分で調べてて言うことじゃねえが、通信内容やらSNSの履歴やら、全部辿れる奴が見ると、こんなに明け透けに発掘されちまうものなのか。

レイラが特別仕様なだけだとは思うが、こんなのが他にいくつもあったりしたら、プライバシーも何もあったものじゃねえ。国民の一挙手一投足の全てを見透かす完全な監視社会を作り上げるのだって、こいつの力があれば容易いことだろう。特に、何をするにもコンピューター頼みの現代社会においては。

それも、今でこそ俺を主人と認めているが、こいつ自身は誰の味方ってわけでもねえからな。いつどこでマスター権限を取り上げられるか、監視している人間がいつまでこのままレイラを俺に預けておくのかは、誰にもわからない。

俺は、そのレイラの持つ性能に、どこか戦慄するような寒気を心に抱きながら、ゴンを先に追い出し、事務所を後にした。

#ミステリー小説部門

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