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揺れない天秤 第三話

「ケイさん、ここにいたんすか」

倉庫のコンテナの前、先日と同じ茶色のスーツを着た俺は、やはり昨日と同様、ゴンに発見されて声をかけられていた。

このコンテナは自宅からはやや遠い、港に併設された倉庫の一つだ。普段は漁業関係者くらいしか人が近寄ってこないため、昔から考え事をする際によく立ち寄っていた。ある意味お気に入りスポットと言っていい。さあっと引いては返す波の音が耳に心地良く、何か気がかりや心配があっても、そのゆったりとしたリズムが心に落ち着きをもたらしてくれるのだった。

俺は昨日と同様、睨むような目でゴンを出迎えながら、どうした、と声をかけてやる。

「なんか新しい発見でもあったか?」
「どうしたじゃねえっすよ、俺には聞き込みを命じておいて、自分は何してるんすか?」

サボるならまぜてくださいよ、とかぬかしながらゴンは俺の方へと近付いてくる。それを睨みやりながら、俺はコンテナからわずかに身を離す。

「サボりじゃねえ、考え事だ」

なにせ、面倒事が一つ増えちまったからな。一緒に見ていたのだから、それはこいつだってわかっているはずだった。

ーー今朝。俺とゴンは、いつものように8時には出社し、まだ誰も来ていない事務所で、レイラに昨日の続き、宇津木の製薬会社での交友について、調査をさせていた。

大学時代に殺人を犯すような怨恨がないというのなら、それは現在の仕事先である、製薬会社の中にある可能性が高い。ただの刺殺程度ならともかく、通り魔で首を落とす、なんて暴挙を働く人間がいるとも思えないから、それだけでも、全くの部外者による犯行、という線は消していいはずだった。

そのため、宇津木と不仲な相手として挙げられていた会社内部の八名については、今朝からレイラに詳細を発掘させ、大学での喧嘩相手以上に慎重に精査した。不仲になった原因や、そう判断された理由についても深く考察していき、その大半は、既婚にも関わらず、大学時代と変わらない異性関係によるトラブルだった、ということまでは発掘したわけだがーー

ゴンは俺の隣に並び、頭の後ろに手を回して、ガタン、と音を立ててコンテナに寄りかかると、ニラハラっすよそれ、と口を尖らせて文句を言いながら、俺の言葉に合点がいったように軽く頷く。

「殺人の最有力候補が佐久間葵じゃ、ケイさんも落ち着いてらんねーっすか、さすがに」
「まだ候補でもねえ。まだレイラに調べさせた動機しか見てねえからな。路上を歩いてた野郎の首を飛ばした方法、なんてものがわからなきゃ、容疑者でもなんでもねえだろ」

言いながら俺は、だが佐久間葵が事件と無関係ではないことは、ほとんど確信していた。女癖の悪い宇津木の素行だ、見る前から想像は付いていたが、佐久間の妹に対しても、奴は色々とアクションを起こしていた。それも、ほとんどストーカーの域に到達するほど頻繁に、しつこく何度も連絡をして。

レイラの手にかかれば、この佐久間葵の当日の動きは、大部分は把握することができる。持ち歩いている携帯端末にはGPS機能が付いていて、履歴を見れば、その事件の日の夜に、長く製薬会社に留まっていたことも、明け方近くなって、ようやく自宅へと帰っていったことも俺たちにはすでに、調べがついていた。他の七名の社内の連中にはそれらしい、不自然な動きがなかったこともだ。

この動きを、携帯端末を忘れて自宅へと帰り、明け方に思い出して取りに帰っただけーーという、偶然と考えられるほど、俺も楽観的ではない。佐久間葵の出退勤記録は定時でカードが切られているが、製薬会社の出入り口にあるセキュリティ通過記録は、佐久間葵の分だけ、忘れ去られたように空白となっていたのだから。

これはすなわち、佐久間葵は事件当夜、明け方までずっと製薬会社を出ることなく、敷地の中に留まっていた、ということに他ならない。何をしていたのかまでは、わからなくとも。

この、事件当夜、佐久間葵は製薬会社に丸一晩留まっていた、、という事実。どんな理由であれ、これが佐久間葵の無実を証明する材料になる可能性は、決して小さくはない。宇津木帯人が殺されたのは、その製薬会社から700メートル近くも離れた路上だ。どうすればそんな距離のある路上での首切り殺人になど関与できるのか、という話だ。普通であれば、そんな殺人は佐久間葵にはまず不可能だ。

だから、一見すれば佐久間葵は事件とは無関係、と言いきれるようにも思うのだがーーそれを素直に頷けない理由が、佐久間葵の、崇拝にすら近い姉、佐久間楓への信頼、ーーある種の依存癖だった。

佐久間楓は一課の敏腕刑事、警察のデータベースにも当然アクセスができる。宇津木のことにしても、ストーカー紛いの付きまといに迷惑していたことは、SNSの履歴でも二人の間の通信内容でも確認している。

姉として刑事として、当然佐久間楓は宇津木についての相談はされていた、、となると、事件当夜に佐久間楓が妹の葵に何か制約をかけて、製薬会社に留まらせ、その夜のうちに、本人が手をかけたのか、あるいは他の人間に手を下させたのか、他になんらかの方法で宇津木帯人を葬ったのか、、そんな想像だって、できなくはないのだ。俺個人にとっては、それが本意ではなくとも。

勿論、佐久間楓は堅物で、信頼できる警察官ではある。実際には別の何かが関与しているのだとは思うが、この露骨なアリバイ作りにも見える佐久間葵の動きを、無関係として看過するわけにはいかない。位置関係からすれば、葵には犯人に何か合図を送る役割があった、という可能性だってなくはないからな。

と、ゴンは、なにやらニヤつきながら、したり顔で思案する俺の顔を見てきやがる。

「すぐに現場に向かわねーで、先に聞き込みをした理由はそれっすか? 佐久間の妹のこと、気にかけてるんすね?」
「こう見えて俺は慎重派でな」

それと何を期待してやがるのかは知らないが、俺が気にかけているのは佐久間の姉の方であって、妹ではない。佐久間葵について言えば、元々がただの知人の妹だ、思い入れを持つほどの面識もない。

昨日、現場を見に行く前に周りの道路を確認していたのもそうだが、俺は何か行動をする前に、その外堀から見る癖がある。現場に行って本格的な行動を始める前に、事前に用意できることは用意し、調べられることは調べておく。そうしないと、なんとなく気が落ち着かないのだ。

それはおそらく、一度事件が始まってしまえば、その動きの中で最善の動きを取らなければならないから。その、取るべき行動の範囲を、事前に最小限に絞るためだ。突っ込むだけ突っ込んでから臨機応変に完璧な対応ができると思うほど、俺も自惚れちゃいねえ。

そう、、これは殺人だ。暴力事件でも傷害事件でもない。もし動きをしくじれば、身内の誰かがーーそれは俺かもしれないし、こいつかもしれないし、あるいは、他の誰かなのかもしれないがーー死ぬことも、十分にあり得る。今俺たちが相手取ろうとしているのはそういう手合いだ。

俺はーー、あいつとは、違うからな。好奇心の赴くまま事件に首を突っ込み、洞察と推理で何でも解決しやがるあいつとは、根本から違う。
もしそんな動きができていたなら、今俺はこんなところにはいない。

「とはいえ、じっとしてても始まらねえしな。行くぞ、ゴン」

俺がここに来ていたのは、あるいは、単に事件へと関わる前に心を鎮める、儀式のようなものだったのかもしれない。殺人なんて犯すような奴が相手なのだから、これから先、何が起きてもいいように。

ゴンはコンテナから身を離し、けれど数歩進んだところで、軽く眉を寄せてくる。

「あの、そういえばケイさん、いつもここにいやすが、そのコンテナ錆びてるんだから、あんまり寄りかかんねー方がいいっすよ?」

服が汚れちまいますよ、とゴンは俺に心配そうな目を送ってくる。

いきなり何を言うかと思えば、、濃い茶色のスーツにちょっとやそっとの錆び、目立つような汚れにはならないだろうが、ひとまずは俺も頷いておいた。目立つ目立たない以前に、スーツってのは高えからな。確かに、大事に扱うに越したことはない。

俺とゴンは、一度駅前まで戻り、改めて、再び殺人のあった工場の敷地まで足を運ぶことにする。駅前まで移動すれば、そこから二駅だ。あとは徒歩で十分もかからない。

こいつとの付き合いも、ずいぶん長くなってきたな、と俺はゴンの横顔を見て、こいつとの将来についても、なんとなく思いを馳せーー、駅ビルが見えてくる、その途中で、

「はい、では気を付けてくださいね、この辺りでも詐欺事件は起きていますから」
「ああ、ああ、ありがとうね、婦警さんも頑張るんだよ」

おい、、なんでこいつがここにいるんだ?

まだ俺たちからは数十メートルの先、駅の目の前、屹立する商業ビルの手前には、薄紫色の被り物をした背の低い婆さんと、その婆さんに笑顔で手を振る一人の婦警がいた。

婦警は、切れ長の目に高い鼻と、凛とした横顔が印象的な正統派の美人で、身長で170センチ弱、スラッとした細身の体格で、モデルが警察のコスプレをしているだけ、と言われれば信じてしまいそうな、清冽なオーラがある。潔癖な印象と言ってもいいかもしれない。

そいつが、路上で婆さんの手を引いてやって、道路を渡してやっているーー、その風景自体は別に珍しくもなんともない。道路交通課の姉ちゃんが、横断歩道を渡る園児に黄色い旗を振ってやるようなものだ。

だが、こいつの役職は警視、泣く子も黙るエリート警察だ。それも普段なら殺人事件を追っているはずの、一課の猛者である。

「あ? あれ佐久間のねーちゃんじゃねーっすか。何してるんでしょうね?」
「さてな。少なくとも、道交課に転属ってわけじゃねえとは思うが」

この婦警の名前は、佐久間楓ーー少なくとも、こいつはこんなところで、婆さんの世話をしてやっている暇などないはずだった。妹が関わっているかもしれない、大事な事件だ。油を売っている余裕なんてあるのか。

俺はどこか苛立ちを抱えながら、早足で佐久間の前まで歩き、まだ十数メートルは離れている、横断歩道上で、俺と佐久間の目が、ばちっと正面から合う。

さっき婆さんに向けられていたときとはうって変わった、ナイフのように鋭い目付きは、一瞬だけ俺を睨みやって、すぐに横へと逸らされてしまう。ここで何か用事でもあるのか、それでもここから動こうとはしていない。

「佐久間のねーちゃん、なんか様子が変っすね。やっぱ身内が容疑者で」
「黙ってろ! こんなところで大っぴらに話してんじゃねえ!」

俺は思わずドスの利いた声でゴンを強く叱りつけ、その大声に、周囲からは不審げな目が向けられる。ヤンキーの喧嘩とでも思われたのか、潮でも引くように周囲からは人が離れていく。

そしてーー必然と言えば必然だが、その人だかりの目は、自然と婦警の格好をした佐久間へと注がれていた。ならず者がいると思えば、目の前にいる警察を頼るのは、それこそ当たり前すぎる対応だ。

そして、そんな市民の期待の目を簡単に裏切ろうと思えるほど、佐久間も擦れてはいない。やれやれと、露骨に肩を竦めて、佐久間はようやく、こちらへ向かって歩を進めてきた。

「お前たちは、、こんなところで、いったい何をしている? 市民の皆さんが驚くような真似はよせ」
「悪いな、騒ぎにするつもりはなかった。お前こそなにやってんだ?」

問いかけた目が、恐らく普段より鋭かったのだろう。責めるような口調にはならないよう、気を付けたつもりだったが、俺たちが宇津木の事件について察知していると、その問いかけだけで察したのか、佐久間は渋い顔で、いや、、とだけ答え、そっぽを向いてしまう。

「どうした、歯切れが悪いじゃねえか。何か困ってるなら手を貸してやろうか?」

俺はこれまで、佐久間とはいくつかの事件で協力し、情報を提供してきている。レイラの存在についてはさすがに明かしていないが、凄腕ハッカー並に情報収集能力があることは、すでに佐久間には知られていた。

警察ってのはメンツが大事みてえで、それを知っていて尚俺の力を借りようと思う奴は少ない。だが、この佐久間楓だけは、実利を重視し、早期における事件解決のため、俺を手を取ることも躊躇うことはしなかった。だからこその、俺の提案だったわけだがーー

「手を、か、、お前のことだ、最近起きた事件、工場の事件を知っていての発言と見て良いんだな?」
「ああ、こいつが拾ってきてな」

ここで隠し立てするようなことは何もない。俺はゴンを親指で指差し、事件の顛末を知るに至った経緯を教えてやる。といっても、普段からゴンには新聞記者よろしく世間の動向に目を光らせ、目ぼしいネタがあったら俺に報告するよう指示しているだけだ。

それを、ゴンはどこから仕入れてくるネタなのか、なにかと事故なり事件なりを発掘しては、俺に報告を上げてくる。こいつについては、知恵も知識もない青二才で何の取り柄もない、と断じたこともある俺だったが、こうしたネタ集めについての才能だけは、決して低くはない評価をしていた。

俺が、情報を集めたのはこいつの力だ、と佐久間に教えてやると、ゴンは急に胸を張って、へへん、とか得意気にドヤ顔を決めやがる。

「まー俺の手にかかれば? 事件の証人だろうと手がかりだろうと? ちょちょいのちょいで、目の前に持ってきてやりやすよ!」
「事件の、か、、? お前、まさか今までの事件、この子の力で情報を?」

ーー佐久間は、そのこいつの上辺だけの虚勢をどう捉えたのか、急に何かに気付いたように顔を上げ、何か期待するような、切実さと希望の光を湛えた目で俺を見上げてくる。

なんだか、、嫌な予感のする目だ。だが、俺は一応、それに頷きで返してやる。

「あー、、違うこともねえ、が」

実際に情報を集めているのはレイラだが、警察から見ればレイラのやってることは良くて違法捜査、ハッキングに等しい行為だ。俺はそれも仕方ないと割り切って活用しているが、警察たる佐久間が、それを知ってしまった時、見逃すわけもない。

今まで佐久間からは、事件解決のための情報を提供しただけ、協力者として頼られていただけで、情報源を明かしたことはなかった。だが、もしその情報源の開示を求められたなら、それをごまかすための弾除けが必要になることもあるだろう。

だからこの際、ここでこいつを矢面に立たせて、その弾除けとして、表向きゴンを情報源にしちまう手もあるんじゃないかーー、と。そんな小狡い思考に捕らわれたのも一瞬、何を思ったのか、俺がそれ以上を答える前に、佐久間は唐突にゴンの両肩を掴んで、大きく揺さぶってくる。

「情報だけでいい、ぜひ協力してくれ! 私には君の力が必要だ!」

そして真正面から、ゴンの両目をしっかりと見つめて、切実に訴えかけてくる。それから、ゴンをフリーズさせたと思うと、急に一転、気弱な風に瞳を揺らがせ、視線を落としたりもする。

「ダメ、、だろう、か?」
「、、、」

いや、、相変わらずえげつねえコンボだな。ゴンのやつ、完全に固まっちまった。

女がそんな必死に、か細い声で自信なさげに目線で訴えてきて、これでノーと言える男なんてものは存在しない。佐久間の場合、単に持ち前の生真面目さと、実は意外とプレッシャーに弱く、事件解決という責務への重さに気弱になっているだけで、決して意図した演出ではないのだがーー、それは今の若者世代の朴念仁、ゴンであっても例外ではない。

ゴンは、遅れて、何やら顔を赤らめて、え? へ? は? とか、言葉にならない様子で呆気に取られていたが、やがてその、自分の肩を掴む佐久間の背に、ぎくしゃくとした動きで自分の手を回そうとして、

「お前からもこの子に言ってくれないか、橘? お前の部下なのだろう?」

ーーすっ、と。ゴンの手が触れる寸前に佐久間はゴンから身を離し、俺へと向き直ってくる。中空で手を空振りしたゴンから、何やら恨みがましげな目線が向けられてくるのは感じるが、いや、俺のせいにすんな。知らねえよ。

「ああ、、事件の捜査だろ? 協力はしてやるよ。元々そのつもりでいたし、俺もお前には世話になってるからな。いいな、ゴン?」
「ちぇー、、ケイさんがいいって言うなら良いっすけどね、協力しても」

ただし、とかどこか下心を感じさせる笑みを浮かべて、ゴンが言葉を続けてくる。今ので、明らかに何か勘違いしたな、こいつ。常套手段というと語弊があるが、これがいつもの佐久間だってのにな。

信念に生きる警察を目指し、実際心も芯も強い佐久間だが、クソ真面目がゆえに融通が利かず、壁にぶつかることも多い。今回もそれだけのことだ。そしてそういう時、時おり現れる不安や弱気さが、見ている男の心を振り回すのだ。それも、本人は決して意図しているわけではなく。

俺はゴンがバカな条件とやらを持ち出す前に、それに被せるようにして、それで、と佐久間に話しかけてやる。

「お前、結局何でこんなところに? 別に婆さんを助けに来たわけじゃねえだろう?」
「あ、ああ、そうだった。実は、ここを離れることができなくてな」

あれだ、と佐久間は首だけで駅ビルからやや東寄り、ロータリーで車線を跨いで立ち往生するトラックと、その傍らで倒れる顔色の悪い、運転手らしい中年の男性、そしてそれを介助する年若い警察官に注意を促してくる。

パッと見では事故現場のようにも見えるが、トラックに何かと衝突したような跡はない。ハンドル操作を誤った様子は見てとれるが、幸いトラックに追突した車もないようだった。

つまり、事故というよりは、トラックの運転手が急に体調不良を起こし、とっさに止まることはできたが、ハンドル操作を誤ってか、道を塞いでしまった、ということだろう。そして応援でも呼びに行っているのか、この場にいる警察は佐久間とあの若いのの二人だけらしい。そのどう見ても新米の警官は、心臓部を押さえて苦しげに呻く中年の男に、大丈夫ですか、と繰り返し声をかけていて、その周囲では、トラックに往来を止められた車たちが、長々と列を成していた。

「、、確認するが、どういう状況だ?」
「ああ、交通事故ではないんだが、見ての通り、トラックが車線を塞ぐように立ち往生してしまってな。移動させなければ交通の妨げになってしまうのは承知しているが、あいにく私は大型免許を持っていない。かといって、あの新米一人にこの状況を任せて、立ち去るわけにもいかないだろう?」

だから、状況を見守りながら、医者だかレッカー車ーーいや、この場合牽引車かーーが現れるまで現場監督をしてる、ってわけか。仕方ねえな。

俺はついでだ、と着ていたスーツを脱いで、ゴンへと押し付ける。

「ゴン、ちょっと持ってろ」
「、、橘? 何をする気だ?」
「一つ貸しにしておいてやる。あれだけ堂々と路面を塞がれてたら、牽引車だって入ってこられねえだろう」

かといって、最近需要が増えているとはいえ、大型免許持ちなんてそうそういねえだろう。そんな希少種を探してたら、いつまでも道は塞がれたままだ。俺は、借りるぜ、と蹲る中年に声をかけ、新米君に止められないうちに、さっさとタラップを踏んで、トラックへと乗り込んでいく。

「ちょっと、あんた、、!」
「佐久間に許可はもらったぜ。文句ならあの上司に言いな」

実際は許可なんてもらっちゃいないが、不可抗力ってやつだ。俺はトラックの状態、周囲を確認すると、ギアを切り替え、手早くハンドルを操作し、とりあえずロータリーを抜けて、わずかに道路を進み、近場の空き駐車場へとトラックを放り込んでおく。

駅前ってのは案外混雑していて、あんまりでかいトラックは出入りにも難渋するし、そもそも通り抜けもできないケースが多い。放置できる場所が限られているから、苦肉の策ってやつだ。いつ出ていけるかはわからないが、料金は警察にでも請求してくれ。

俺はギアを切り替え、トラックのエンジンを止めると、徒歩でさっさと佐久間の下へと戻っていく。一応佐久間の位置からも見える範囲に止めたから、自動車窃盗の疑いは持たれちゃいないはずだ。

往来は無事再び流れ始めていて、目の前に帰ってきた俺に、佐久間は感心した様子で姿勢を整え、ピシッとした敬礼で挨拶をしてくる。何故か隣でゴンまで一緒に。てめえは関係ねえだろうに。

「交通課の人間に代わって礼を言う。お前、案外器用だな。伊達に何でも屋は名乗っていないか」
「伊達じゃなくても名乗ってねえよ。どっちかっつーと名乗ってんのはトラブルシューターだ」

手に職ってのは大事だからな、と俺は肩を竦めて言う。特に、俺みたいな見た目のやつは、普通に会社員ってのは難しいもんだ。

警察が迷宮入りしそうな事件を解決したことは、過去にすでに四回ほどある。ドラマや漫画なんかと違い、大半の警察は、素人の民間人が余計なことを、くらいにしか思っていなかったが、佐久間だけは俺たちの能力を買ってくれていた。

だからこそ、佐久間とは協力関係を築いて事件に当たったこともあったし、それが縁で、今もこうして話ができている。この先も長い付き合いになるだろうし、この際佐久間に対しては、恩は売っておいて損はない。純粋に善意だと信じてくれている佐久間には悪いが、俺にはそんな打算もあるのだった。

佐久間は苦笑して、新米君に指で何か合図をすると、それじゃあ行くか、と俺とゴンに呼び掛け、目立たないよう路肩に停めてあったパトカーへと促してくる。

「さて、では早速トラブルシューター様に働いてもらおうか。毎回民間人を巻き込んですまないが」

捜査に協力してくれ、と言いながら既に佐久間の中では了承されることが決定されているようで、佐久間は振り向きもせずパトカーへと乗り込むと、同時に後部座席の扉が開き、俺たち二人を待ち構える。

なんというか、、自然と言えば自然ではあるし、今更言うのもなんだが、ここから現場までパトカーで行く気なのか、という思いがないではねえな。

「ケイさん、俺たち連行されるみたいっすね」

ゴンの嫌そうな言葉に、渋々俺も、だな、と同意して頷く。

悪いが、柄も人相も悪く育った身としては、パトカーに良い思い出は全くない。だが、佐久間は当たり前のように俺たちが乗り込んでくるのを待っている。場所が駅前で、何人もの歩行者が往来にいるこの状況で。

ちっ、、しくじったな。変に目立つ行動をとっちまったせいで、駅前の人間たちはすわ何事かとこちらに注目し、事の行く末を見守っている。会話内容が聞こえた人間、佐久間の敬礼を見ていた人間は、これが悪しき意味の同乗ではないとわかるはずだが、後から来た人間、たまたまそれらを見ていなかった奴らは、また事件かと言わんばかりにざわつき始めている。どんだけ俺たちは犯人顔なんだか。

このままじっとしていても、駅からは乗降客たちが次々と吐き出されてくるし、注目は増すばかりだ。ただでさえ人相が悪い自覚があるのに、わざわざ誤解する人間を増やす必要はない。

俺はゴンに、行くぞ、と声をかけ、佐久間の乗るパトカーへと歩を進めていく。宿敵の待ち構えるアジトにでも出向くような心地だったが、パトカーでは、佐久間が爽やかな笑顔で出迎えてくれていた。

「どうした? 初めてでもないだろうに、そんなに緊張するな」
「無理言うんじゃねえ。俺たちは制服を着た警官じゃねえんだぞ」
「そうっすよ、俺たちがパトカーに乗ったら逮捕されてんのと変わんねーっす」

どう見ても連行されるヤクザと舎弟っす、と嘆くゴンだが、俺の心中もこいつと大差はない。実際にやったのは人助けのはずだが、レイラを抱えている違法意識もあってか、逃げ場のないパトカーの中というのはどうにも落ち着かないのだった。

#ミステリー小説部門

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