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【過去編/妊娠編】中絶・流産の話が含まれます。余裕のある時に呼んでください。

こんにちは!
れんたごすです!
今回は妊娠についてです!

⚠️妊娠編では、中絶流産をした具体的な経緯が含まれます。読まれる方によっては辛い気持ちになってしまう可能性があるため、お気持ちに余裕のある際にお読みいただけると幸いです。

こちらの話を見ていただいた方が
時系列的には分かりやすいので
もし見ていなければ良ければ見ていってください!
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【1回目の妊娠】

私は今までに3回妊娠したことがあります。
1度目は彼と付き合って
1年半過ぎたあたりだったと思います。
私はすぐに「産めない」と思いました。

彼とは結婚前提に付き合っていたのできっと彼は受け入れて喜んでくれるだろうと思いました。

ちょうど彼が転職活動をしていた時期。
まだ余裕はあったがお金に不安を感じ始めた時期。
そんな時に妊娠してしまいました。

入職して1年半で妊娠してしまったことに
引け目を感じました。
やっと仕事を覚えてきて、
後輩が入ってきて
業務のことなどを後輩指導なんてして
まだまだ作業療法士として何していいかわからない。そんな状況で妊娠しました。

私は妊娠がわかった時、
なんでかよく分からないですけど、
かなり冷静だったのを覚えています。
彼に言うかかなり迷いました。
仕事どうしよう…
母になんて言おう…
彼に言うべきか?

そんなことぐるぐるトイレの中で考えていました。
でも長いことトイレにこもっていても
彼が心配しだしてしまうので出ることに決めました。

彼を呼ぶと「どうしたの〜?」
なんて呑気な声で聞いてきました。
妊娠検査薬を見せると
「なにこれ?………?妊娠した?」と。
私は頷いてすぐに「おろそうと思う」と伝えました。
私は見ました。
彼が私が頷いた瞬間嬉しそうに目が輝いた顔を。
そして、中絶しようと思うと伝えた瞬間
その顔が消えたのを。

彼は「なんで?」と。
ただそれだけを発しました。
私は「入職して1年ちょっとだし、
お金ないし無理かなって思って」と。
彼はそっかとだけ答えました。

反対するわけでもなく、
怒るわけでもなかったので
意外だななんて思いました。

でも検査薬だけでは確定ではないので、
前にピルを処方してもらっていた
婦人科に行きました。

ピルは私が高校生の時に生理痛が酷くて
その頃からずっと飲んでいたんです。
でも飲み忘れちゃったり
面倒くさくなっちゃって、
お金もないし
生理も落ち着いてきたしと思い、
一時期辞めていたんです。
そしたら妊娠しました。

ピルをやめてすぐに妊娠したことで、
その避妊効果の高さを改めて実感すると同時に、
自分の管理の甘さを痛感しました。

本来なら妊娠したらドキドキしながら
病院に行くんだろうなと思いますが、
通っていた婦人科だったので慣れたものでした。
中絶するのであれば日帰りでできると
ホームページには載っていました。

彼にも一緒に来てもらいました。
たまに付き添いの男性が居たし、
ホームページにも男性お断りなんて
書いてなかったので私も彼を連れていきました。

診察番号が呼ばれ、検査結果は【陽性】。
分かっていました。
だって検査薬してから来たもの。
でも検査薬で分かった時と
改めて先生から言われるとはまた違います。

その後、エコー検査して妊娠8週目。
豆のような形の小さな何かが私のお腹にいました。
先生から
「心拍も確認できるねー。
ここがぴょこぴょこ動いているでしょ?これ心臓ね」と言われた

ほんとに居るんだ…
しかも心拍までわかるんだ…
ほんとに私の中で生きているんだ…
と思うとさっきまで何ともなかった心臓が
徐々にドキドキしてきて、
冷たい汗をかいていました。

まだ小さな豆のような形をしていて、
すぐに人間としての実感が湧いたわけでは
ありませんでした。
それでも、私の中で確実に命が
動いていることだけは分かりました。

診察用紙に日帰りで中絶する項目に
チェックを付けていたので
別室で彼と二人で説明を聞きました。

手術の種類ややり方、
中絶するのであれば12週目までに中絶しないと
費用も高くなると。
21週目までに中絶しないと
それ以降はもう中絶出来ないと。
「中絶されるのでしたらこちらにサインを。
書いた頃にまた来ます。」
と手術の同意書を渡されました。

ここに来て一瞬迷いました。
迷ってしまったんです。
陽性と診断された。
エコーをこの目で見てしまった。
ほんとに私のお腹に居るんだ!と確信してしまった。

私がお腹に居るとても小さな小さな命を
「自分の手(決断)で終わらせる」
そういう同意書の前に自分は今、居るんだと。

きっと彼は私が今迷ってしまったことに
気がついていない。
同意書をゆっくり読んでいる振りをしているから。
実際は読んでなんていなかったんです。
ただただ迷っていました。
手や背中に冷たい汗を感じながら。

「1年半しか働いてないのに職場に迷惑かける」とか
「まだ籍すら入れてない」とか
「このまま産んだとしてもきっと育てられない」とか
「お母さんになんて言おう。きっと怒られる」とか
「貯金もないのに出産なんて無理だ」とか
「彼にも中絶するって言ったから今更
迷ってるなんて言えない」とか
そう自分に言い聞かせ同意書にサインをしました。

仕事人間の母に育てられてしまったためか
なんでなのかよく分からないんですけど、
当時はかなり仕事というものに対して
真面目すぎたんです。
彼との結婚も仕事が落ち着くまではしないと思ってました。

その日はそれでお終いでした。
手術は次の日の午前中。
私はまるで執行猶予をつけられた気分でした。

次の日になり、
待ってても長くなるかもしれないし
と思ったので、
彼を置いて一人で病院に向かいました。
彼は心配そうな顔をしていました。
「ほんとに1人で大丈夫?」
と何度も聞いてくれました。

病院に着き
受付をして
案内されるまま手術室に入り
ズボンを脱いで手術用のショーツに着替えるように
と指示されました。
言われるがまま手術用のショーツに着替え
言われるがまま手術台にのり
看護師さん達がせっせと準備をし始め
点滴やら血圧計やら酸素を測る機械やらを
付けられました。

私は手術室に入った時、
手術台を見て
え?これって分娩用の台なんじゃない?
これに乗るの?
なんて思いました。

両足が開けるようになっている台
今、思えば中絶するんだから
当たり前だと思えるのですが、
当時はなんでか衝撃的だったんですよね。

全ての準備が終わった頃、先生が来ました。
先生が来たのを確認すると看護師さんから
「麻酔を入れますね。人によっては鼻の奥がスーとなるような感覚があります。」と言われた。

私が頷くとすぐに点滴から麻酔薬が投入されました。
鼻の奥がスーとするってどんな感じなんだろう?
と思っていたら、スーとと言うか…
ツーンと?と言うか…
と言う何とも不思議な感じでした。

それからは覚えてなくて、
気がついたら奥のベットの上で
まだ、頭はぼんやりしていました。
看護師さんが私の意識が戻ったことに気づいてくれて
「頭がまだぼんやりしてると思うので
しっかりしてきたなと思うまで
横になっててください」と言われました。

その後、言われた通り横になっていました。
30分か…1時間かしたころにようやく
ぼんやり感が取れ、看護師さんに言って
お会計をして帰りました。

家に帰ると彼が出迎えてくれました。
彼は私が帰ってくると
「ほんとに日帰りでできるんだね。体調は大丈夫?」
と心配してくれました。
私はあんなに手術が始まるまでドキドキして
冷や汗までかいていたのに、
いざ手術が終わってしまうと
呆気なかったな…
と思っていました。

麻酔したから痛くないし、怖くないし、
手術したことも覚えてないしで
ほんとに私の中に居たんだろうか…
と思ってしまうほど私の中では呆気なかったんです。
なので1回目の妊娠し、中絶した時は泣きませんでした。

その日だったか…
次の日だったか…
あんまり覚えてないですけど、
母にも事後報告で中絶したことを報告しました。

母は電話の向こうなのに
すごくびっくりしているのが分かりました。
そら、そうです。
娘からいつもみたいに電話かかってきたと思ったら
中絶したなんて急に言われたら
誰だってびっくりします。

母にはあれこれ聞かれ、びっくりされたけど
怒ったりとか泣いたりとかそういうのはなく、
ただ「そっか。1人で悩ませてしまったんやね」
と言われた。

彼に報告し、中絶しようと思うと言った時も
エコーを見てほんとに生きていることを知った時も
自分の決断で命を最後にすると言う
同意書にサインした時も
手術始まる前も、終わったあとも
帰ったあとも
彼と話したあとも
母に中絶したことを報告したときも
何とも思わなかったのに
母のその言葉を聞いた瞬間、
ぶわーと涙が溢れてきました。

ずっとどこかで自分で決めたことなんだから
泣くのは違うと思っていたんだと思います。

次の日は仕事休みだったのでそのまま休み。
その次の日からはみんなには知られないように
なるべく普通を装って仕事をしました。

彼には初めての結婚記念日の日にこの日の事を、
彼の意見を聞かずに勝手に中絶する判断をしたことを
謝りました。
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【2回目の妊娠】

月日は経ち、
福岡へ行く前に2度目の妊娠をしました。

2度目の妊娠の時は
1度目の妊娠した時より借金もあり、
お金に余裕がなかったけれど、
仕事も4年目に入っており、
産んでもいいかなと思っていました。
(この時点でまあ、間違えているんですけど、)

なので、彼に報告した時に
「今度は産もうかなと思う」
と言うと、今度こそ彼は嬉しそうにしていました。

彼も精神的に参っていた状況での妊娠した
報告だったので余計に嬉しかったのでしょう。

前に中絶した病院は婦人科なので
中絶はしてくれたのですが、
今度は産むとなると対応が出来ないとの事で
別の病院に検査しに行きました。

今度も彼は着いて来たがっていましたが
その病院は入口に男性立ち入り禁止とあり、
結局、私1人で入りました。

今度は初めての病院でかっても分からないし、
妊娠検査薬では陽性だったけど
ちゃんとお腹に居るのか分からないし
なんだか私よりやや年上ぽい人が多いし
なんか緊張してドキドキしていました。

問診票を書いて、
言われるがまま血圧と体重を測って、尿検査もして
待っていました。
まあまあ広い病院だったのでどこが診察室なのか
分からなくて部屋の真ん中の
なるべく目立たないところに座っていました。
モニターで診察番号が表示され、
名前を呼ばれました。

診察室に入り、
結果は【陽性】。
もちろん、検査薬してたので分かってました。
そのままエコーを取りました。
「妊娠5週目……くらいかな?」
とやや曖昧な感じに言われました。
大体、心拍が確認できるのが6週目あたりとの事で、
今は心拍は確認できないと言われました。

確かに1回目の時より小さくて
ぴょこぴょこしている物もありませんでした。
「また2週間後に来て」との事でした。

帰って彼にそのまま伝えました。
彼は「そっかー、まだ分からないんだねー」
と言ってました。

でも何故か私はその時点で
なんだか嫌な予感がしていたのです。
1回目は8週目だったけれど特になんともなく、
生理が遅れているなーと思って
検査薬をしたら陽性だったんです。

けれど今回は、
生理云々よりなんだか体調が優れなかったので
試しに検査薬を使ってみたら陽性だったんです。

せっかく今度はちゃんと産もうと思ったのに
心拍が確認出来ないって大丈夫なんだろうか?
こんなに体調悪いのにまだ5週目って……
なんて思いましたが、
自分に大丈夫!と言い聞かせることにしました。

2週間が経ち診察の日
エコー検査をして、心拍の確認が無事に出来ました。
良かった!!ちゃんと生きてた!
この2週間不安しか無かったのでただそれだけでした。

でも先生から
「心拍確認できるから6週過ぎてると思うんだけど…
なんだか小さいね」
と言われました。
先生が言うのだから余程小さいのだろう。
大丈夫なのだろうか…
と思いましたが、
心拍確認出来ているし大丈夫!大丈夫!
と自分に言い聞かせました。

帰ったから心拍確認できたことを報告しました。
とても安心した様子で「良かった!」
と言ってくれました。

ネットで職場に言うのはいつか
なんて検索し大体は安定期に入るまでは言わないが、
つわりとかが酷く迷惑かけるようであれば
言った方がいいと書かれてました。
職場に言うか…言わないか…かなり迷いました。
だってまだ6週くらいだし……

でもなー
なんだか最近ほんとに体調が悪い
いつも気持ち悪くて
血の気が引いている気がするくらい立ちくらみして
食欲なくて
仕事に集中出来なくて……

そんな感じだったので迷いましたが
言うことにしました。
まずは私が働いていた階の話しやすい副主任に…
そこから同じ階の主任に
体調の面も伝えつつ報告しました。

その数日後くらいから
スケジュールを作る役割を与えてくれました。
実労働はきついだろうからと
主任たちが気を使ってくれて
半日程、パソコン業務ができるようにと。

やはりリハビリ職で当時は回復期だったので
かなり体的には重労働だったんですよね。
全介助の人を持ち上げないといけないし
元気な人は外に歩行訓練しに行ったりしてました。

なので、半日でも実労働がないだけでも
かなり助かりました。
後から聞いた話なんですけど、
周りの女性スタッフは何となく勘付くくらい
顔色がかなり悪かったようです。

と言ってもスケジュール作りも簡単ではなく、
頭が悪い私にはかなり難しかったですね笑
体は楽だけど頭がパンクしそうって感じでした。

やっとスケジュールの土台は
何となく早く作れるようになってきた頃、
3回目の診察日が来ました。

私はなんだかとてもとても
嫌な予感がしていたんです。
診察に行く2日前からふと食欲が戻ったんです。
なんだか食べられないと思いながら
無理やり口に突っ込んでいたのに、
その日は美味しく食べられたんです。
まさか……ね
そう思いながら診察日まで待ちました。

いつものように受付をして
血圧、体重を測って
尿検査の為にトイレに行って
診察室に呼ばれるまで待っていたんです。
その日は休みの日だったということもあり
かなり人が多かったのを覚えています。
なので予約して行ったけれどかなり待たされました。

お昼近くになり、やっと診察室に呼ばれました。
先生がやや怪訝な表情をしていた気がします。
エコーに呼ばれ、お股からエコー器具を入れられ……
いつもよりちょっと長めに見られ、
先生から「心拍が確認できないね……」と。
私はやっぱり!と思いました。
どうして嫌な予感というものは当たるのだろうと。

診察室に再度戻り、
「一時的に心拍が確認できなかったのかもしれない。
でも今、心拍が確認出来ないということは
流産している可能性がかなり高い。
もし、ほんとに流産している場合、
自然に出てくるのを待つか
手術して取り出すかの2つになります。
自然に出てくるのを待つとなるといつ出てくるか
分からないし、出てくる時は激しい腹痛と
かなりの出血があることがほとんどです。
……どうしますか?」と言われました。

そんなのわかんない。
心の整理がついてないのにそんなこと言われても。
でも、仕事中に出血するのだけは困ると思い、
手術する方向で話を進めました。

次の週で仕事が休みの日に手術する事になりました。
先生からは
「今日心拍がなかったんだけど、
手術する当日にもエコー検査をして、
そこでも心拍確認出来なかったら
そのまま手術します」と言われました。

私は自分で言うのもなんですけど、
かなり我慢強いのかもしれない。

先生と話している時は、頭は混乱しつつも
返事はきちんとし、涙ひとつ見せませんでした。
しかし、お会計待ちに待合室にいると
先生から言われた言葉を何度も思い出し
段々と何かが込み上げてきました。

まだ、まだだめ。
まだ、お会計終わってない
まだ、だめ、
まだ帰りついてない
まだ、だめ。こんな所で泣くな
まだ…まだ……
とお会計から駅までの歩き、電車に乗って駅から家までずっとそう思いながら歩きました。

でも病院の外までは堪えられていた涙も
徐々に目に溢れてきて、
その日は帽子を被っていたので深く、深く被って
数滴の流れ出てくる涙を必死に堪えながら家を目指しました。

家に帰ると彼がいて、泣いている私を見て
「どうしたの!?」とびっくりしていました。

私は彼を見た瞬間、
堪えていた涙が崩壊し、わあーーーーーーーと
泣き出しました。
彼はなにが起こったのか分からないまま、
泣いている私を抱きしめて、
落ち着くまで頭を撫でてくれました。

ひとしきり泣いて落ち着いた頃に
病院であったこと、
先生に言われたこと全て話しました。
説明している間も思い出し、
次から次へと涙が溢れていました。
彼は「そっか。頑張ったね。泣いていいよ」
とだけ言ってくれてしばらくまた泣きました。
彼も彼で私を抱きしめながら泣いていました。

母にも報告しました。
母はその時もう既にお金が無いことを
知っていたので、流産になったこと、
手術費用がないことを言いました。

母は話を全て聞いた後に
「あんたよく家まで泣かずに帰ってきたね。
我慢強い子やわ〜」
と明る気に言いました。
私もその時は必死だったから
あまり思わなかったけど、
今思うと確かによく耐えれたなと思います。

次の日も仕事だったので普通に出勤し、
仕事を終えました。
考えるとまた泣いてしまうので
なるべく考えないようにしながら
手術当日まで過ごしました。

約1週間経ってたのでなんだかんだ
普通に生活できるようになってました。

手術当日、午前中の早い時間から受付を済ませ、
エコーを確認しました。
やはり心拍はなく、
そのまま手術となりました。

私は診察とかエコーとかを待っている時に
もう既に受付を済ませてその辺にいた人達を見て
この人達はみんな妊娠してみんなお腹に
子供が居るんだよな……
と思っていました。
当然、みんながみんなそうとは限りませんが
その時はそう思っていました。

病室に案内され、
「病衣に着替えてください。
着替え終わった頃また来ます。
その時にまた診察室にいって
スポンジみたいなやつを挿入します。」
と言われました。

その病院では前回の中絶の時みたいに
何の準備もなく麻酔かけて
気づいたら終わっていたとかではなく、
子宮口を開かせるためのスポンジをまず、
挿入するそこから始まりました。

病衣に着替え、看護師さんを待って
先生が消毒し、
そのままスポンジを私の中に挿入しました。
私はとても痛くて、
体が反り返りそうになるのを必死に抑えて、
手に握っていた服の裾を思いっきり握りしめて
耐えていました。

挿入した後はそのスポンジが時間とともに
水分を吸って徐々に膨らんでいって
子宮口を開かせるというものでした。
待っている間は病室で
横になってて良いと言われました。
途中で、お隣さんが来ました。

私はスマホを触るのをやめ、
診察室、妊婦の人多かったな
みんなちゃんと妊娠して産めるんだな……
どうして流産しちゃったんだろう……

自分が以前中絶を選んだからではないか、
と自分を責めるような後ろ暗い気持ちや
自暴自棄な思考がグルグルと
頭を駆け巡ってしまいました。
(先生からは初期流産は誰にでも起こることで
誰のせいでもないと言われていましたが、
当時はそう思えずにはいられませんでした。)

スポンジを挿入してから1時間~2時間程経った頃
徐々にお腹が痛くなってきました。
初めは生理痛のような…ズーンとした痛みでした。
徐々に強くなっていき、
何度も何度も寝返りをうち、
うずくまっていました。
高校生の頃の生理痛が酷かった時より痛くて、
シーツや布団を握りしめて耐えていました。

ナースコールを押してお腹痛いことを言っても、
「痛いですよね…もう少しですからね!
大体1時間~2時間くらい開くまでに時間かかるので、
手術は午後からになりますからね!」
なんて言われて
あ…耐えるしかないんだなと思いました。

もう痛みが強すぎて何度も何度も
まだなの?
いつになったら開放されるの?
と泣きそうになりながら耐えてました。

きっと前回中絶した罰なんだ。
なんて思っていました。

やっとお昼が過ぎ、13時になったところで
看護師さんが来て、
「手術室に行きましょうか」と言われ、
やっと!やっと開放される!
そう思いました。

お腹抑えながら何とか歩いて手術室に向かいました。
手術室と言ってもドラマで見るような
オペ室ではなく使われてない部屋の1部
と言った感じのところでした。
中絶した時と同じお股が開けるようになっている
ベットでした。

「ベットに仰向けで寝てください」
と言われ、仰向けで寝ました。
するとうずくまれないので
お腹の痛みを余計に感じるようになりました。

前回と同様、
血圧計や酸素測る機械や点滴など付けられました。
看護師さんが準備が整ったころ、
先生がきて、麻酔をかけました。

そこからは覚えてなくて
気がついたら病室のベットの上でした。
どうやってここまで戻って来たんだろう……
あ、もうお腹痛くない……
もう、私の中に赤ちゃん居ないってことなんだ……
と思いました。

看護師さんが来て、
「まだ横になってていいですよ。
頭がはっきりしてから帰る準備してもらって
大丈夫です。でも、もう病院自体は閉まるので
受付に声をかけてもらって帰ってくださいね!」
というと病室を出て行ってしまいました。

今、何時なんだろうと時計を見ると16時30分
確かに病院閉まる時間になるなと思いました。

30分程横になりました。
あまり遅くまで居ると迷惑になっちゃうし、
彼も心配しちゃうから帰ろう…
そう思い、帰る準備をして受付に声をかけて
帰りました。

帰って彼と話をして泣いて
その後、夜に無事終わったことを母に報告し泣いて
明日も仕事だし早く寝よと思い寝ました。

次の日、
体の方はいつも通りで、
食欲もいつも通りで
朝の準備もいつも通りで、
家出る時もいつも通りで、
職場に向かい、
着替えをした。
着替えが終わる頃、
なんだかやばいかもと思い、
トイレに向かい、
トイレの個室に慌てて入り、
鍵を閉めると段々と涙が溢れてきて、
もう始業の時間だ!早く泣き止まないと!
と思っても止まらなくて、
どうしよう……どうしよう……
トイレから出られない……
とりあえず、落ち着こう。
そう思い、深呼吸を繰り返しました。

やっとの思いで涙を止めて、拭き
今日はもうダメかもしれない
そう思ってトイレから出て、
いつも私の階のミーティングする場所に行って
1番話しやすい副主任が居たので、
みんなが集まっている隅の方まで来て欲しいと
何とか声を出し、話しかけました。
「すみません……来たんですけど
ちょっと、今日は仕事休ませてください……」
と言っている間にもまた涙が溢れて来ました。

突然、泣かれるので副主任もびっくりして、
みんなの間をくぐり抜けながら人がいない所まで
誘導してくれました。
私が「流産しちゃって……」と言葉に詰まっていると

「今日は無理だと思うからもう帰りな?
明日も仕事かな?帰って落ち着いたらまた連絡して。
そのこと○○さん(主任)に言っても大丈夫かな?」
と言われ頷きました。そしてそのまま帰りました。

トイレに寄り個室で彼に帰るから迎えに来て欲しい
ことを連絡し落ち着くように深呼吸をして、
更衣室に向かい、着替えました。
着替えてる途中でもまた泣きそうになりながら
着替えました。時短の人や遅出の人に見られながら
着替えて帰りました。
近くのセブンイレブンまで彼が迎えに
来てくれていました。

一緒に帰ってゆっくり過ごしました。
お昼過ぎた頃に職場に連絡を入れました。
明日出勤な事を伝えると
「来れそうな感じなの?」と言われ、
私が悩んでいると
「一応リハビリの予定は入れないでおくね。
来れた時また組み直す形にしようか」
と言ってくれて、そうするようにお願いしました。

次の日の朝も普段通り起きれて
ご飯も食べられて
昨日みたいになったら困るから
といつもよりちょっと早めに出て、
出勤しました。
でもやっぱり着替え始めると涙が出始めて、
トイレに向かい個室で泣いて、
でも昨日は事情もちゃんと話してないから
話さないとと思い、
涙を堪えながら主任の元に行きました。

私が「昨日○○さん(副主任)から聞いてると思うんですけど、ちょっとお話いいですか?」と言うと
個室まで誘導してくれました。
その時点でもうミーティングの時間に
なるところだったので、
またちょっと泣いている私に主任が
「落ち着いてからでいいよ。
ミーティング始まるからちょっと行ってくるね。
それまで待っててもらえる?」
と言ってくれ、私は頷きミーティングが終わるまでに
何とか泣き止まないとと思いまた深呼吸を
繰り返して泣きやみました。

ミーティングが終わった頃、
主任が再度現れて
「大丈夫?落ち着いた?どした?」
と様子を見に来てくれました。
流産したこと、一昨日その手術をしたこと
今日の朝も昨日の朝も気持ち的にも大丈夫そうで、
普段通りだったので来たけれど
着替えてる途中で急に涙が出てきてしまったこと
を話しました。

主任は「そっか、話してくれてありがとう。
きっと今日も多分無理だと思うから
落ち着いたら帰りな?泣いてる姿とか
みんなに見られたくないだろうから
落ち着いてからでいいから。
俺から課長に流産したことも言って大丈夫かな?
もし、まだ言って欲しくないなら伏せとくけど、
休みのこともあるし俺的にはね?言った方がいい
と思うけど。」と言葉を選びながら
言ってくれているのがわかりました。

私は伝えてもらって大丈夫ですと言いました。
主任が「しばらくはリハビリの予定入れないで
おくから無理そうだったら連絡せんで
そのまま休んでもらって大丈夫
もし、もう大丈夫と思った時は
来た時にスケジュール組むことにしよう。
どのくらい休むかわかんないけど、
有給にするか傷病手当とかにするかどうかは
また来れた時に課長に相談して。
傷病手当ってなると申請が必要になってくるから
また課長から話があると思う」と言ってくれました。

主任が部屋を出ていき、
その個室にお昼近くまで居ました。
早く帰ろと思っても帰ろうとすると
涙がまた溢れそうになるので、 
なかなか帰れずにいました。
途中、話を聞いた課長が来て、話をしました。

やっと落ち着き、
帰れそうと思ったので帰る準備をしました。
昨日と同じくトイレで彼に帰ることを連絡し
着替えて、職場を出ました。

それから1週間程休みました。
さすがにもう大丈夫だろうと思い
彼にも明日は出勤するといい、寝ました。

次の日、いつも通り準備し
行く時の道も
着替えている時も
涙は出ませんでした。
ミーティングの場所まで行くのに
かなりドキドキしましたが
そこに行っても大丈夫そうでした。

主任が居たので声をかけ、
スケジュールを調整してもらって
なるべく負担のかからない患者さんのリハビリで、
間もかなり空けてくれて
午後は流産なる前みたいに
スケジュールを組む係になっていました。

それを3日ほど続け、大丈夫そうだったので
普段通りのスケジュールに戻してもらいました。
スケジュール組むのは自分には向いてないので
外してもらいました。

その後は同期とかに流産したことを
話したりしたときも落ち着いて
話せるくらいになりました。
みんな1週間も休んだから心配してくれていました。
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【3回目の妊娠】

福岡に来て半年経った頃、3回目の妊娠をしました。
もう既に籍は入れてあるし、
だいぶ生活は落ち着いてきたからと
避妊はしていませんでした。
するとすぐに妊娠しました。

私はちょうど1年前の頃に妊娠したのに
もうまた妊娠してしまったと思いました。
授かりにくい方も多くいる中で、
こうして再び命を授かれたことの重みを
強く感じました。
今の職場に入って半年だしどうするかなーと
少し迷いましたが、
そんなこと言ってたらいつまでも
子供を作れないと思い、
今度こそは絶対に産みたいと思いました。

彼にも報告し、喜んでくれました。
でもやっぱり前回、
流産したことがかなり不安でした。 
産婦人科に行くと妊娠5週目くらいかなー
と言われました。

また5週目……
心臓動かなかったらどうしようとか思いながら
次の検診まで待ちました。

次の検診で心拍の確認が出来ました。
大きさも特に問題なく成長していると言われました。
でも母子手帳はまた次の検診で異常がなかったらに
しようと言われました。

また不安な時期を過ごすのかと思いながら
次の検診まで待ちました。
次の検診も特に変わったことなく
順調に育っていたので母子手帳の話が出てきました。

始めて母子手帳の話まで行ったので嬉しくて!
その日のうちに市役所に行って
母子手帳を貰いに行きました。
職場には言うか迷いましたが
もう既に体調は優れなかったので
まだ初期の段階でしたが言うことにしました。

また流産してしまうんじゃないかと
妊娠中期になっても不安は拭えないままでした。
今回はつわりというつわりはなかったですが、
つわりなのか?なんか食べてないと気持ち悪い
と言った状況になりました。 

つわりと言ったら気持ち悪くて食べられない
そんな状態がつわりだと思っていたので
私のように食べづわりがあることを
この時知りました。
でも食べづわりなら食べられる
と思うじゃないですか?
ご飯…特に油っこいものは食べられないんです。
お菓子とかさっぱりした物をずっと食べていました。

でも体調悪くても、食べづわりでも
体調悪い方が安心しました。
体調が悪いってことは
まだ居るんだと思えたからです。
むしろ時々、食べられる日もあって
その日の方がとても怖かったです。

妊娠高血圧にもならず、
何も問題なく妊娠後期まで入りました。
ただ、つわり?になるのか分からないですけど、
ひたすら眠かったです。

妊娠後期になってくるとそれまで服を着てたら
わからなかったお腹もすぐに他の人にも
わかるくらいの大きさになっていました。

それまで患者さんのこと以外で
話したこと無かった看護師さんとかにも
話しかけられるようになりました。

妊娠後期になると患者さんを
抱えあげたりするのはやはり大変でした。
主任さんから
「抱えると良くないから他の人に頼んで」
と言われましたが、周りに申し訳ない気持ちがあり
無理をして自分で対応してしまうこともありました。

でもさすがに後期になると抱えた瞬間に
お腹が張って痛くなるんです。
お腹の子にも危ないし、
痛いと思いながら患者さんを抱えるのも
私自身も患者さんも危ないと思い、
人に任せるようになりました。
皆さん快く引き受けてくれました。

貧血と先生から言われたことは無いですけど、
時々倒れそうになったりもしていたので、
毎日毎日鉄分ジュースを飲んでいました。
あとで診察時の血液データ見てみたら、
たしかに貧血の基準値には引っかかってなかった
けれど、鉄分ジュース飲んでいても
かなり低くなっていました。

お腹も頻回に張るようになってきたので
あと2週間程働く予定でしたが
早めに産休に入るようにしました。

産休入ってからは
平日は旦那も母も仕事なので最低限の家事を
しながらゴロゴロしてました。
もうずっと寝ても寝ても寝ても寝ても眠いんです。
ソファにちょっと座ると気づいたら
気絶していたかのように寝てることがほとんどで
起きてる時間の方が短かったです。

産休に入った始めの頃はやはり無理をしていたのか
10mでも歩くとお腹張ってきちゃって
家の中でも歩くがやっとでした。
家の階段なんてゆっくり上がってるのに
何度も休憩しながら上がってました。

そんな感じだったので旦那からも母からも
ゴロゴロしてても特になにも言われませんでした。

旦那は土日帰ってきた時に
「俺がするよー。寝ときな」と
色々してくれました。
ほんとに感謝しかないですね。

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【エンディング】

こんなに長くなってしまいました……
ここまで読んでいただきありがとうございます。
やはり過去編は時系列とか話した内容とか書くので
どうしても長くなっちゃいますね💦

なんだか過去編は全部作り話のような感じですが、
全部ほんとの話です。

妊娠に関しては計画性が無さすぎる
と言われてもしょうがないと思うくらい
ほんとに計画性ないなと思います。

次回は3回目の妊娠の出産編を
お届けしようかなと思います。

出産編は出産のことだけなので
そんなに長くならない……はず……

最後に、
もしこの記事を見て気分を悪くされた方が
居ましたらすみません…
それでも、ここまで読んでいただき
改めてありがとうございます!

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