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男性育休3ヶ月半で得たこと・気づいたこと

今日で、約3ヶ月半の育休が終わります。

3人の男の子の父親になりました。
2014年に第一子、2016年に第二子が生まれ、そして2026年3月中旬に第三子が生まれました。約9年半ぶりの赤ちゃん。

生まれた日。とっても小さかったけど、3人の子の中で一番体重は重いビッグベビー。

1人目と2人目のときは前職だったのですが、出産に立ち会うという程度の産後5日間程度の休みでした。
そして3人目の今回は、育休を3月中旬〜6月末までの3ヶ月半をお休みにして育児に向き合いました。

明日からの復職を前にして、この期間を振り返っているのですが、世間でよく耳にする「育休はとにかく大変」「毎日が戦場だった」という感覚は、不思議とぼくにはありませんでした。
何か意識高く新しいことに挑戦したわけでもなく、ただただ、穏やかでゆったりとした時間を大切にして流れていたな、というのが今の率直な感想です。

10年近く空いての3人目の子どもだというのが大きいかなと思います。

1人目のような初めての育児で「正解が分からなくて、泣いている子を前にして不安でたまらない」という悩みはありませんでした。
なんとなく泣き声を聞けば「ああ、このパターンね」と過去の経験を思い出し、久しぶりという感覚こそあっても未経験のことは少なく、次に何が起きるかも想像できて、焦りもなくどこか余裕をもって対応できました。
それが夫婦ともにという感じで、夫婦でぶつかったりわかり合えないということも1人目・2人目ではあり、全面的にボクの配慮の無さが原因だったんですが、3人目はそういうことはなくて自分たちのペースでやれたと思います。たぶん。

そうした中で振り返ってみれば、この3ヶ月は少しずつゆったりと景色が変わっていくものでした。


最初の1ヶ月目は、まず我が家の新しい生活のリズムを作ることから始まりました。
赤ん坊のお世話に慣れがあるとはいえ、家族が増えることはとても大きな変化です。
このタイミングで中1にあがる長男。小学高学年になる次男。
この2人との4人家族という形で何もかもが整備されてきた家のリズムに急にやってきてくれた三男坊。

今回ボクとして大きかったのは、ほぼ完全ミルク(完ミ)という選択をしたことです。
母乳かミルクか、医学的な良し悪しは言及は避けますが(母乳にも良さはあると思っています)、我が家はほぼ完全ミルクという選択をしたことで、夫婦で完全に交代して夜中の対応ができました。
1人目・2人目のときは母乳がメインだったので、どうしても父親が全てやりきれない部分が出てきます。
特にやはり夜中に寝ずに2-3時間おきにお腹が空いて泣く赤ん坊の対応がきつかったんですが、母乳であると母親が起きることはマストになってしまう。
ミルクと決めたことで、父親だけで担当する夜が作れ、退院後の妻の産後の体調が回復して安定してくるまでは夜を担当して妻に寝てもらったりし、母親だけが寝不足で擦り切れることもなく、お互いに交代交代で体力を残しながら乗り切りました。

おむつ交換のときに人肌音頭のお湯でおしりを洗う「ホットウォッシュ」。
過去に使っていて今回も買おうと思ったら、なんと廃盤になっていたので頑張って探した。
これもっと使われていいと思うのだけどな。

それと今回、すごく助けられたのがSNSの存在です。
いまやXやTikTokを開けば、ベビーマッサージのやり方や、赤ちゃんのちょっと気になる仕草の解説が無数に流れてきます。
1個みたらどんどんリコメンドされてくる。
それを見て、その場ですぐに試せるのが本当に便利でした。
1人目や2人目のときには、そもそもそんなに動画が無かったか、あるいはぼく自身がそこまで気にしていなかっただけなのかもしれないけれど、時代の変化を育児の足元で実感した出来事でした。
「赤ちゃんと何して遊べばいいの?」と思うことはありませんでしたね。

我が家のペースを掴んだ2ヶ月目からは、体力的にも気持ち的にも少しゆとりが生まれ、予防接種もして、ベビーカーに乗せて近所を毎日散歩しました。
朝、夕方、夜…と何度も散歩する日課になりました。

「子どもができると社会との関わりが強くなる」という言葉をどこかで聞いたことがありますが、ぼくにとってのそれは、まず半径数キロの地元が社会になりました。

車で通り過ぎるだけでは気づかなかった、知らない道。
ド平日の昼間しか体感できない街の顔。
新しく見つけた知らないお店。
今まで必要としなかったから目に入っていなかった、行政の制度や子ども向けの施設。
あぁ、こんなにごく近くの足元にも、ぼくたちをしっかり支えてくれている仕組みがあるんだな、と歩きながら実感していました。

育休中に新オープンした弥富市の図書館。
みなともまちなか交流館には目的のない散歩の終着点として何度も通った。

首も座ってきて、もっと赤ん坊が安定してくると、名古屋市内や三重県いなべ市まで出かけ、いろんな人や施設にも出会い、赤ん坊を抱っこしてもらいました。
ほんと、みなさんありがとうございました。

子育て支援施設に連れ出したり
普段働いてる場所にも突撃してみたり
いなべのまちづくり的なコミュニティに突撃してみたり
kintoneのお客様のお店に突撃してみたり


そこで気づかされたのは、子育てという場所で、熱量をもって動いている人たちが、自分の想像以上にたくさんいるということです。
社会のあちこちで、誰かが子どもたちや親たちのホッとできる場所を作ろうと頑張っています。
そのあたたかいネットワークを肌で知れたことは、ぼくにとって大きな心の支えになりました。

そうした外での気づきを家に持ち帰りながら、改めて「家族の時間」をじっくりと味わう期間になりました。
新しく生まれた三男だけに目が向いていたわけではありません。
家の中にある、普段の忙しさのなかでつい後回しにしていたものにも時間をゆっくり使いました。

例えば、夫婦の他愛のない会話。新しくお兄ちゃんになった長男・次男とじっくり向き合う時間。
あるいは、普段なら「また今度でいいか」と目を瞑っていた、家の中のちょっとした片付けや家事。

それらを、せかせかすることなく、ゆったりと大事に味わうことができました。
この心地よい余白こそが、ぼくにとっての3ヶ月のいちばんの収穫だったのかもしれないな、と思っています。

「育休どうですか?」って育休中に会った方によく聞かれましたが、正直あまり言語化できませんでした。「大変っすねー」なんて言って合わせたりもしたのですが、なんか違う。
大変ではなかった。特別になにかがあったわけではなかった。
でもとても貴重な「何もない」がめちゃくちゃありました。

コスパがどう、効率化がどう、効果は、数字は….というのがどうしても頭から離れない世界からちょっと離れて、目の前のか弱い子どもと家族に集中する。これがとても貴重な心の持ち方になりました。

何もせずただただ赤ん坊を観察してニヤニヤしてお世話させてもらう、貴重な時間

ところで。「育休」といいながらも、個人事業としての仕事は、週1回くらいのペースでリモートを中心に家で続けていました。

ちょっと正確に言うとややこしいのですが、育休前の就業状況は
・サイボウズ株式会社にて正社員(無期雇用)で週3日勤務
・個人事業にて自動車製造会社に業務委託で週2日勤務
していたところからの育休となり、
・サイボウズ分は育休にして育休給付
・業務委託分は育休制度はないので、週1日に減らして勤務
としまして、4-6月は育休ではありましたが、週1日は自動車製造会社で働いていました。
(育休給付を受けていても月10日/80時間までの稼働が申告により可能です 詳細

ガッツリ働くわけではないけれど、週に一度、パソコンを開いて外の世界の仕事に向き合う。これはこれで「細い繋がり」も、ぼくにとってはすごく良い刺激になっていたように思います。

ただ、育休中もやっぱり、サイボウズを含めた様々な動きも自然と目に入ってきます。
会社のイベントや、扱う製品のアップデート情報、社会課題の新しい動き……。
それらを見るたびに、正直なところ「あ、面白そうだな」「早く関わりたいな」と心が焦ったり、うずうずしたりする瞬間は何度もありました。

けれど、そのたびにぼくは、その気持ちを目の前の子どもへとギュッと「スイッチ」するようにしていました。

この小さな子の一瞬一瞬は、本当にあっという間に過ぎ去って、大きくなってしまいます。
それは、いくらお金を払っても絶対に取り返せない、今だけの特別な時間です。
1人目、2人目の育児を通して、ぼくはそのことを身に染みて知っていました。あっという間に赤ちゃんは歩き出すし、小さな手で握ってくれる期間は数えるぐらいしかなく、肩車をした日々はいきなり終わる。

だからこそ、巡り巡って我が家に来てくれたこの三男坊の「今」に、ちゃんと集中したかったのです。

社会や会社に関わりたいというエネルギーを、目の前の子どもへの愛情にスイッチする。
その一方で、日々の散歩や、名古屋・いなべでの家庭外との出会いのように、外の世界との繋がりを広げる動きで心のバランスを取る。そんなふうにして過ごした3ヶ月でもありました。

子どもが自分の手に気づく瞬間を見れるのとか。育休なかったら無理。


世の中には、「男性の育休なんてあまり意味がない」とか、「取ったところで何をするの?ゲームしてるんじゃないの?」という考え方を持つ人もまだまだいると思いますし、そういう男性も実際いるようです。

けれど、この3ヶ月を過ごして改めてボクは思います。
男性の育休は、やっぱり必要です。

それは、けっして「完璧に家事や育児ができるようになるため」だけのものではありません。
もちろん母親の最初の負担を分かち合うことは大前提ですが、それだけにとどまらない役割がきっとあります。

これまで外で働いてきた「仕事の目線」を家庭に持ち込むことの意味だと思うのです。
これは男とか女とかいうジェンダー話ではなく、どちらでもできることだとは思うのですが、どうしても女性は出産の負担が必ずあり、まずは自分の体を回復させなくてはいけない大切な期間がある。その分、男性は頭と体を使ってやれることがあると思うのです。

仕事の感覚を片隅にキープしながら、家の中の安心を守る一方で、一歩外へ出て、社会との繋がりやコミュニケーションを能動的に取っていく。
そうやって家庭と外の社会を繋ぎ、広げていく役割にこそ、働き手が育休を取るおもしろさがあるのではないでしょうか。

ただ家の中にこもるのではなく、足元にある地域の仕組みに気づき、外の熱量に触れて、社会のあたたかさを自分の目で確かめて家の中に持ち帰ってくること。
これこそが、父親が育休をとって外の世界と向き合う大きな意味なのではないかと感じています。

三男坊の誕生祝いにボクがプリントされたTシャツを作ってくれた変な仲間たち。
こういうヤバい人と子どもをつなげていきたい。


3ヶ月という期間は、ぜんぜん短くて、これからの長い子育て、そして家族の歩みから見れば、ほんの最初のキックオフでしかありません。
明日から仕事は始まりますが、それはぼくが育児から抜けることとは全然違います。ここが一番重要かも。

男性育休にも一定の理解が広がってきて、育休を取る人も増えたけれど、「育休期間頑張ったので、また仕事復帰したら仕事100%でやるぜー!」って、それはまた違うのではないかと思うのです(もちろんいろいろな家庭の形はあると思いますが)

育休が終わるからといって、子どもたちの成長が止まるわけではないし、家族の形も変わり続けていきます。

明日からは、自分も仕事という日常のなかに戻ります。
けれど、この3ヶ月のなかで築いた「時間と心のゆとり」、地元や社会のあたたかさに触れて得た視点、そして家族全員と丁寧に向き合うスタンスは、変わらずに持ち続けます。

育休終了はゴールじゃありません。
ここから始まる、長い長い本番に向けて、明日からも変わらず一人の親として、チームの一員として、関わり続けていこうと思います。

ひとまず、生まれてきてくれた赤ん坊と、この3ヶ月を一緒に走りきってくれた家族に、心からありがとう!!

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