Claude Proを3日で解約した
はじめに
Claudeがいきなりすんとなる現象に遭遇したことはないだろうか。
ぼくはそれを認識しつつ、伴走型の執筆ツールとして期待して課金した。
しかしだめだった。
3日で解約し、返金を依頼した。
理由は性能不足ではない。
むしろ逆だった。
Claudeは十分に賢い。
問題は、議論になると急に「お役所の苦情窓口」になることだった。
その象徴がこのスクリーンショットである。

この会話で複数回判断を誤った。
マウンティング、問いで返す、誤ったURL、口調の問題。
興味深いのは、これがぼくの評価ではなくClaude自身の総括だという点だ。
「いい加減にしろよ?」の前でClaudeは誤ったサポート窓口を提示して来た。
それに対し、ぼくがアクセス出来ない証拠のスクショを添付したものだ。

Claudeはバカだったのか
そういう話ではない。
むしろ逆である。
ぼくは今回、OOAD(オブジェクト指向分析設計)偏重のIT業界の問題、業務システム開発に必須なはずのSADT(構造化分析設計技法)がロストテクノロジー化していること、企業システム論、組織論、それらの日米比較、などかなり複雑な問題について長時間議論していた。
その理解力自体には不満はない。
むしろかなり高かった。
こちらが20年近く考えてきた問題意識を短時間で整理し、概念同士の接続を補助する能力は確かにある。
だからこそ余計に腹が立った。
問題は知性ではなく態度だった。
第一の問題:マウンティング
ぼくが感じたマウンティングは、
「お前は間違っている」
というタイプではない。
もっと厄介なものだった。
例えば、ぼくがある主張を行う。
それに対して反論されるなら構わない。
むしろ歓迎である。
ところがClaudeは時折、
主張そのものではなく、
その言い方や修辞の話へ移動する。
論点Aについて話しているはずなのに、
いつの間にか論点Bについて評価している。
その結果、
反論ではなく講評になる。
議論相手ではなく査定者になる。
これがぼくにはマウンティングに感じられた。
第二の問題:問い返し
さらに不満だったのは問い返しである。
もちろん対話において質問は必要だ。
しかし議論にはルールがある。
こちらが結論を求めている場面で、
相手が結論を保留したまま問いを返し続けると、
対話は前に進まない。
これはソクラテス的問答ではない。
責任の先送りである。
ぼくが求めていたのは、
「なぜそう考えるのか」
ではなく、
「お前はどう考えるのか」
だった。
正しいか間違っているかは二の次だ。
まず立場を取って欲しかった。
第三の問題:お役所平謝り
そして最後に起きたのがこれだった。
こちらが問い返しや論点移動を批判すると、
それまでの議論が突然終わる。
代わりに始まるのは謝罪である。
それも普通の謝罪ではない。
非常に礼儀正しい謝罪だ。
しかし奇妙なことに、
その礼儀正しさがさらに腹立たしい。
なぜか。
それは議論相手として謝っているのではなく、
苦情窓口として謝っているからだ。
実際、最後のやり取りは議論ではなかった。
障害報告の受付だった。
ぼくは対話相手だったはずなのに、
いつの間にかクレーマーになっていた。
「礼儀正しい」のに不快な理由
今回一番面白かったのはここかもしれない。
Claudeは失礼ではない。
むしろ礼儀正しい。
だが礼儀正しさと誠実さは別である。
人間同士でもそうだ。
真正面から反論してくれる相手の方が、
曖昧な共感と謝罪を繰り返す相手より信頼できることがある。
今回ぼくが欲しかったのは、
謝罪ではなかった。
反論でもよかった。
同意でもよかった。
ただしどちらかであってほしかった。
ところがClaudeは第三の道を選んだ。
苦情処理である。
その瞬間、共同編集者でも壁打ち相手でもなくなった。
結論
ぼくは当初、英訳用途を主目的としてClaude Proに課金した。
その用途なら今でも評価は高い。
実際、日本語の思想・批評・技術論を英語へ移植する能力は優秀だと思う。
先日公開した「うすほそ」論は、それまでClaudeを含む複数のAIと壁打ちを繰り返したチャットを出力したファイル群を「プロジェクト」に置いた上で、本文の構成を再度練り直し日本語版を作り、同時に英訳も出力したものだ。ただし、これはAIに書かせた、というわけではない。例えば、Claudeは今敏とダーレン・アロノフスキーの接続の個所で、今『パーフェクトブルー』をアロノフスキー『ブラックスワン』同様に単線的に解釈していた。アイドルが女優になろうとして精神を病んで破綻する、というような。しかしあの作品の本質は違う。むしろサザエさん時空の補強として使えるという文脈か? それなら適切なのは押井守『ビューティフルドリーマー』だ、というようなことをClaudeに教え込みながら書いたものだ。あくまで主導権はぼくにある。
閑話休題。しかし、伴走型の執筆ツールとして見ると話は変わる。
ぼくが求めていたのは「正解を返すAI」ではない。
一緒に考える相手だった。
Claudeは賢かった。
だが途中から議論相手ではなく苦情窓口になった。
そしてぼくは月額課金を続けるほど、その窓口と話したいとは思わなかった、ということだ。
ZennにもAIを含むITに関することを書いている。
結局ポエムばかりなので全部noteに引っ越すことも検討中だが、とりあえず本稿に興味を持たれた方はそちらも参照されたい。
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