「腹落ち」を使うな。せめて脳みそで考えろ
All eyes on 腹。
「腹落ち」という言葉が嫌いである。
ものすごく嫌いである。
「この方針を現場に腹落ちさせる」
「社員が腹落ちするまで説明する」
「経営理念を一人ひとりに腹落ちさせる」
「頭では分かっているが、まだ腹落ちしていない」
経営、組織開発、人材育成、研修、コンサルティングの文章で、普通に使われている。
だが、そもそも何なのか。
腹落ち。
なぜ腹なのか。
せめて脳みそで処理しろ。
人間が何かを理解し、理由を検討し、賛成するか反対するかを判断する。その仕事をしているのは、少なくとも比喩としては頭であり、脳である。
ところが、「腹落ち」という言葉は、その処理をわざわざ腹へ移す。
頭では理解した。
理屈も分かった。
説明も聞いた。
だが、腹には落ちていない。
こう言えてしまう。
ここが問題である。
「理解した」「納得した」「賛成した」なら、まだ理由を問える。
何を理解したのか。
どの根拠に納得したのか。
どの前提に同意したのか。
どの点には反対なのか。
どの条件なら実行可能なのか。
判断は、説明可能なものとして扱われる。
しかし、「腹落ちしたか」と言われると、話が変わる。
腹に落ちたかどうかは、説明できない。
何が足りないのか。
どの論証に穴があるのか。
どの事実が不足しているのか。
どの条件が受け入れられないのか。
そこを言わなくてよい。
ただ、
まだ腹落ちしていない。
で済む。
これは便利である。
便利すぎる。
論理的な説明をしなくて済むからである。
「この方針には反対です。費用対効果が合いません」
「顧客への影響が検討されていません」
「現場の人員では実行不能です」
「責任と権限が一致していません」
「評価制度と矛盾しています」
そう言われても、
理屈では分かっているが、まだ腹落ちしていないのだろう。
と返せる。
相手が出した理由を検討しなくてよい。
反対意見を論理として受け取らず、相手の身体内部にある未処理の感情として処理できる。
それは反論ではない。
診断である。
相手の内面を勝手に診断し、議論を終了させている。
「腹落ち」という言葉は、単に理解や納得を表す比喩ではない。
判断の正当性を、説明可能な思考から、説明不能な身体感覚へ移す言葉である。
頭で考えた結論より、腹で感じた確信の方が本物だ。
理屈としての理解より、身体に染み込んだ受容の方が深い。
そういう序列を作る。
なぜ、そんな序列を認めなければならないのか。
頭で分かっているなら、それでよいではないか。
説明を理解した。
目的も把握した。
命令として受け取った。
職務として実行する。
それで組織は動く。
全員が経営方針を魂の底から信じる必要はない。
全員が会社の理念を自分の人生と一体化させる必要もない。
全員が上司の判断を、自分の意思として感じる必要もない。
仕事は宗教ではない。
会社は共同体である前に、権限と契約と責任によって動く組織である。
方針を決めたなら、誰が決めたのかを明らかにすればよい。
命令なら命令と言えばよい。
反対意見を聞いた上で採用しないなら、採用しない理由を示せばよい。
実行を求めるなら、必要な権限、予算、人員、評価基準を与えればよい。
それをせずに、
現場が腹落ちしていない。
理念が浸透していない。
当事者意識が足りない。
自分事化されていない。
と言う。
ここで起きているのは、組織問題の心理化である。
制度が悪い。
権限が曖昧だ。
人員が足りない。
目標が矛盾している。
評価制度が逆方向を向いている。
上層部の意思決定が雑である。
本来なら、そうした問題を検討しなければならない。
ところが「腹落ち」を持ち出すと、問題は現場の受容状態へ移る。
仕組みが悪いのではない。
説明が足りないのでもない。
方針が間違っているのでもない。
社員の腹に落ちていないのだ。
便利な話である。
経営側の責任を、現場の内面へ移せる。
しかも、失敗した後にも使える。
施策が失敗した。
変革が進まなかった。
新制度が形骸化した。
アジャイルが定着しなかった。
理念経営が機能しなかった。
そのとき、
現場が本当に腹落ちしていなかった。
と言えばよい。
方針そのものは間違っていない。
設計も悪くない。
経営判断も正しかった。
ただ、浸透が足りなかった。
理解が浅かった。
腹落ちが不十分だった。
これで理論も施策も無傷のまま残る。
失敗の原因は、実行した人間の内面へ押し込まれる。
「腹落ち」は、反証を避けるための便利な臓器である。
英語に、そのまま対応する表現はほとんどない。
be convinced なら、納得する。
understand なら、理解する。
agree なら、同意する。
buy into なら、考え方や方針を受け入れる。
gain buy-in なら、賛同を得る。
internalize なら、内面化する。
sink in なら、意味が徐々に理解され、定着する。
どれも「腹落ち」と少しずつ重なる。
だが、完全には重ならない。
日本語の「腹落ち」は、
理解する。
納得する。
感情的に受容する。
自分の意思として取り込む。
実行する気になる。
反対しなくなる。
これらを一つにまとめる。
しかも、それを腹という臓器に処理させる。
英語に直訳しようとすれば、かなり気持ち悪い。
It fell into my stomach.
では意味不明である。
I understand it in my gut.
なら、直感的に分かる、という別の意味に寄る。
It really sank into my gut.
などと言えば、かなり奇妙である。
The strategy must be internalized at a gut level.
となると、もう経営研修か新興宗教である。
英語にそのまま移せないのは、単に日本語固有の美しい身体感覚だからではない。
意味が曖昧だからである。
understand なのか。
agree なのか。
accept なのか。
be convinced なのか。
commit なのか。
internalize なのか。
obey なのか。
そこを分けていない。
分けていないから、一語で訳せない。
そして、分けないこと自体に機能がある。
理解したが反対する人間を認めたくない。
反対しているが職務として実行する人間も認めたくない。
納得していないが命令には従う、という普通の組織関係も認めたくない。
会社の決定を、社員が自分の意思として受け入れたことにしたい。
命令ではなく共感だったことにしたい。
服従ではなく自発性だったことにしたい。
そこで「腹落ち」が使われる。
「腹落ち」は、理解と同意と服従を混ぜる。
そして、それを身体感覚として語ることで、境界を見えなくする。
この言葉が日本の経営や組織運営で好まれるのは、偶然ではないと思う。
日本の組織は、権限を明示するのが嫌いである。
誰が決めたのかを曖昧にする。
命令を命令と言わない。
責任者が責任を引き受けない。
正式な決定より、根回しを重視する。
反対を投票や権限で処理せず、空気の中で消す。
その一方で、決定後には全員が納得していたことを求める。
形式的には決定済みなのに、心理的には全員の自発的同意を要求する。
だから「腹落ち」が必要になる。
決定者は命令していない。
現場は服従していない。
皆が十分に対話し、最後には腹落ちした。
そういう物語を作れる。
だが、実際には、反対意見が採用されなかっただけかもしれない。
上司の方針に従わざるを得なかっただけかもしれない。
評価や配置への不利益を恐れて黙っただけかもしれない。
説明会を何度も繰り返され、反論する気力を失っただけかもしれない。
それを「腹落ち」と呼ぶ。
気持ちが悪い。
論理的に説明しろ。
方針が正しいなら、根拠を出せ。
反対意見を退けるなら、理由を示せ。
命令するなら、命令と言え。
従わせるなら、権限と責任を明らかにしろ。
実行を求めるなら、資源を渡せ。
失敗したなら、制度と意思決定を検証しろ。
腹の状態を問題にするな。
社員の胃腸は、経営資源ではない。
そもそも、「腹落ちしていない」と判断しているのは誰なのか。
本人が、
私は説明を理解しました。
ただし、この方針には反対です。
と言っている。
それに対して上司が、
いや、君はまだ腹落ちしていない。
と言う。
何を根拠にしているのか。
テレパスなのか。
内視鏡でも入れたのか。
腹のどこを見たのか。
本人の明示的な判断より、上司が推定した本人の腹の状態を優先する。
かなり異常である。
「頭では分かっているが、腹落ちしていない」という表現もおかしい。
頭で分かっているなら、分かっている。
それでも反対なら、反対である。
実行したくないなら、その理由を聞けばよい。
感情的に受け入れられないなら、感情的に受け入れられないと言えばよい。
そこを「腹落ちしていない」とまとめるな。
言葉を分けろ。
理解なら理解。
納得なら納得。
同意なら同意。
賛成なら賛成。
受容なら受容。
内面化なら内面化。
実行意思なら実行意思。
服従なら服従。
反対なら反対。
全部違う。
「腹落ち」は、それを区別しないための言葉である。
しかも、区別しないことを、深みのある身体感覚のように見せる。
「頭で理解するだけでは足りない」
「腹に落ちて初めて本当の理解になる」
そんなことはない。
頭で理解したものが理解である。
それ以上を要求するなら、何を要求しているのか明示しろ。
感情的同意か。
価値観の共有か。
忠誠心か。
行動へのコミットメントか。
反対意見の撤回か。
命令への服従か。
それを言え。
腹に逃げるな。
「腹落ち」は、日本語らしい奥行きのある表現ではない。
論理的理解、感情的受容、組織的服従を曖昧に混ぜ、説明責任を身体感覚へ逃がす言葉である。
英語にそのまま訳せないのも当然である。
意味が深いからではない。
意味を切り分けていないからである。
そして、切り分けない方が、組織にとって都合がよいからである。
腹落ちと言うな。
理解なら理解。
納得なら納得。
同意なら同意。
賛成なら賛成。
内面化なら内面化。
実行なら実行。
命令なら命令。
服従なら服従。
せめて脳みそで考えろ。
腹に落とすな。
Word up.
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